中国では、10月24日に閉会した全国人民代表大会常務委員会第6回会議で「国債増発」が承認されました。この決定は、「中国経済」にどのような影響を与えるのでしょうか。本稿では、ニッセイ基礎研究所の三尾幸吉郎氏と三浦祐介氏が、中国経済の現状と今後の展望について解説します。

1. 中国経済の概況

中国国家統計局が10月18日に公表した第3四半期(7-9月期)の経済成長率は実質で前年同期比+4.9%と、前期(4-6月期)の+6.3%から伸びが減速した。他方、季節調整後の前期比では+1.3%と、前期(同+0.5%)から加速している(図表-1)。

前期は、ゼロコロナ政策解除のリバウンドが早々に一服して景気の停滞感が強まったが、一段の悪化には歯止めがかかっているようであり、一部には明るい材料もみられつつある。

例えば、家計部門に関して、調査失業率は、若年層(16~24歳)では依然高止まりしている可能性が高いが、全体としては年初来着々と低下している(図表-2)。また、1人当たり家計消費支出の伸びは、2023年に入ってから3四半期連続で可処分所得の伸びを上回っており(図表-3)、消費性向も上向きつつあるようだ。

他方、企業部門に関しても、業績不振は最悪期から脱却しつつある(図表-4)。工業企業設備稼働率も、水準としてはまだ十分ではないものの、前期から今期にかけて一段と高まっており(図表-5)、製造業の在庫調整も着実に進展している。

ただし、総じて力強さを欠く状況にあることは変わりない。第3四半期の消費者物価(CPI)は、前年同期比▲0.1%と、0%近傍での推移を続けており、食品・エネルギーを除いても+0.8%と低水準にある(図表-6)。

また、工業生産者出荷価格(PPI)も、同▲3.3%と、幅が縮小しつつあるとはいえ依然マイナス圏にある。こうした状況を反映し、GDPデフレーター(GDPの名目伸び率-実質伸び率)も、2四半期連続でマイナスとなっている。

輸入価格の影響などもあることから一概にはいえないものの、足元で低迷が続く不動産市場が今後一段と悪化した場合、デフレが現実味を帯びてくる可能性もある点には留意が必要だろう。

2. 需要の動向

第3四半期のGDP成長率における最終消費(個人消費+政府消費)の寄与度は、+4.6%PTであった(図表-7)。個人消費は、ゼロコロナ政策が解除された後、盛り上がりを欠いた状況が継続している。

個人消費の代表指標である小売売上高の推移を見ると(図表-8)、前年比では上海ロックダウンの反動で年初から4月にかけて伸びが高まった後、昨年のベース効果のはく落もあり、低調な伸びとなっている。

前期比でみても、7-9月は前期から水準はほぼ横ばいのままとなっている。

総資本形成(=総固定資本形成+在庫変動、≒投資)の寄与度は、+1.1%PTであった(図表-7)。投資の代表指標である固定資産投資について、前年比伸び率の推移を見ると(図表-9)、低水準ながらもやや上向いている。

ハイテク分野などの製造業の設備投資が堅調で、民間投資も上向きつつある。他方、不動産開発投資に関しては一段の悪化には至っていないものの、依然として前年比1割減の状況が続いている。また、インフラ投資が夏場以降減速している。

純輸出の寄与度は、▲0.8%PTと、前期(▲1.1%PT)からマイナス寄与が縮小した(図表-7)。輸出入の推移を見ると(図表-10)、輸出入とも、7月を底に持ち直しつつある。輸出に関しては、ASEAN向けの回復がやや遅れているものの、日米欧向けはマイナス幅が順調に縮小している。

3. 産業の動向

第2四半期の産業動向を概観すると(図表-11、12)、第1次産業は前年同期比+4.2%と前期(同3.7%増)から加速した。第2次産業は前年同期比+4.6%で前期(同+5.2)から減速した。その内訳をみると、「製造業」、「建築業」は、それぞれ同+4.5%、同+6.6%と前期(同+4.9%、同8.2%)からいずれも伸びが低下した。

第3次産業は前年同期比+5.2%と、GDP成長率を押し下げる主因となった。その内訳を見ると、「宿泊飲食業」は同+12.7%増と、高水準ながらも前期(同+17.5%)から低下した。「情報通信・ソフトウェア・IT」も同+10.3%増と、2桁は維持したものの前期(同+14.6%)から減速している。

一方、第3次産業の中で唯一「不動産業」だけは同▲2.7%とマイナス成長となった。前期の同▲1.2%から一段と減速しており、不動産市場の低迷長期化が依然として景気の不安要因となっていることがうかがえる。

なお、関連する月次指標の推移を見ると(図表-13、14)、工業生産は年初来緩やかながら回復基調にある。他方、サービス業生産は昨年の反動で年初から5月にかけて高い伸びをみせた後、その影響がはく落した6月には伸びが低下したが、再び持ち直しつつある。

4. 注目点

1|不動産市場は引き続き低迷。住宅の引き渡し促進策は長期戦となる見込み

このように小康状態にある中国経済だが、不動産市場に関しては、低迷が依然として続いている(図表-15)。

販売面積の前年同月比マイナス幅はやや縮小しており、一層の悪化には歯止めがかかっているようだが、今後も一進一退の不安定な状況が続き、景気を下押しするだろう。

低迷からの脱却ペースを見通すうえでは、デベロッパーの資金繰り改善や、政府が進める消費者への住宅引き渡し支援(「保交楼」)政策などの進捗をみていく必要がある。

前者に関しては、半期や四半期毎に開示される上場デベロッパーの決算情報や、現在散見される社債デフォルトに関する動向などが参考となるだろう。

また、後者に関しては、消費者への引き渡しの前提となる竣工面積の動向が参考となる。ただ、引き渡し遅延がどの程度解消されているかに関しては、政府等から開示される情報が不十分であり、判断が難しい1

そこで、竣工面積の過去の傾向をもとに、引き渡し遅延の規模を推計した。図表-16は、【A】竣工面積の前年同月比伸び率(12カ月後方移動平均、以下同)と【B】着工面積の前年当月比伸び率(3年先行)の推移をみたものだ。

これをみると、竣工の動向は、住宅建設のサイクルを反映し、着工の動きに対して概ね3年遅行する傾向にあったことが分かる。

ところが、2020年以降、コロナ対策の影響によりこの傾向が崩れ、恒大集団の資金繰り難が表面化した2021年9月以降は傾向からのかい離が拡大し、竣工が急速に落ち込んでいる。

【A】は22年末を底に改善が進んでおり、「保交楼」政策の効果が表れ始めているとはいえ、23年6月にようやく、経験則上想定される水準である【B】と同程度の伸び率に戻った程度だ。

こうした経緯を踏まえ、21年9月以降、【A】が従来の傾向通り【B】と連動して推移したと仮定し、21年9月から23年5月までの【A】と【B】の差分(図表-14中の赤斜線部)を竣工遅延分とみなしてその規模を推計すると、遅延面積は累計で2.4億m2に及ぶ。

22年の予約販売(延べ約1億m2)と比べ、遅延が相応の規模であることが示唆される。今後、竣工のピッチは加速するとみられるが、仮に23年1~9月の伸び率(+20.1%)を保ったとしても、遅延分が完全に解消されるのは25年後半となる。

「保交楼」政策は長期戦となる可能性が高く、この点からも、不動産市場が低迷から脱却するにはまだ時間がかかると言えそうだ。


1 23年8月の住宅・都市農村建設部の発表では「保交楼向けファイナンスプロジェクトの全体の建設再開率は100%近くで、既に165万件の物件引き渡しが完了しており、初回の保交楼向けファイナンスプロジェクトの住宅引き渡し率は60%を超えている」とされている(「“保交楼”一周年成效如何?最新数据披露」(『新华网』、2023年8月11日))。また、民間調査によれば、保交楼プロジェクトの引き渡し率は、23年3月時点で23%、同5月時点で34%となっている(「百年建筑解读:1100+保交楼交付比例仅34%,存量部分有望持续发力(『我的钢铁网』、2023年5月19日))。

「国債増発」承認によって中国経済はどう変化するか

2|中国政府は国債の増発を決定。ただし、景気押し上げの効果は現時点では未知数

9月までの情勢を踏まえ、通年の成長率目標(+5%前後)達成のハードルは下がった一方、上述の通り不動産市場の低迷は長期化する可能性が高い。そうしたなか、10月24日に閉会した全国人民代表大会常務委員会第6回会議で、国債増発が承認された。

中国政府の景気下支えはこれまで金融緩和が中心であったが、財政面でも下支えを強化する動きがでてきた。翌25日に開催された財政部による記者説明によれば、今回発行されるのは1兆元の特別国債で、その主な用途は、今年に入り多発した自然災害による被害に関する復興支援や防災関連インフラ強化などだ。

23年中に半分の5,000億元を発行し、24年に入ってから残り半分の5,000億元を発行する予定とされている。

今回の国債増発に伴い、今年の財政赤字の対GDP比は、当初予算の3%から3.8%に拡大する見込みだ(図表-17)。これは、コロナ対応で特別国債が発行された2020年の水準(3.7%)をも上回る規模となる。

財政赤字の対GDP比が長らく3%以内の水準に抑えられてきたこと、年の途中における国債増発が1990年代後半以来の出来事であること等から、これまでの財政運営のトレンドに対して特徴的な対応であり、景気下支えのスタンスは従来に比べて強まったといえる。

インフラ投資を通じた需要拡大や乗数効果が期待できることから、足元で力強さを欠く中国経済にとって好材料といえる。

もっとも、2023年は残り2カ月をきるところであり、実際の効果発現は2024年に入ってからになると見込まれる。また、今回の追加財源がすべてインフラ投資に用いられるとは限らないため、景気押し上げの程度は、GDP比0.8%という規模よりも少なく見積もる必要があるだろう。

さらに言えば、インフラ投資の財源における中央政府の予算は一部であり、それ以外には、地方政府の歳入(税収や土地使用権売却収入)や地方政府傘下の融資平台による銀行借入や債券発行を通じた資金調達が大きな役割を果たしている。

地方政府や融資平台の資金繰りが厳しいことに加え、今後、地方政府債務リスクの解消にも本腰を入れて取り組むことが予想されるなか、地方政府や融資平台の資金繰りが想定以上に悪化する可能性がある。

そうなれば、国債増発の効果が相殺されてしまう点にも留意が必要であり、地方政府債務リスク対策や金融政策など他の政策の方針と合わせて、今後その効果の有無を評価する必要がありそうだ。

なお、今回の財政出動では、上述のように従来の資金調達で主役であった地方政府や融資平台ではなく、中央政府が財源確保の役割を担うことになった。

この背景には、自然災害対応という用途の観点もさることながら、土地収入の減少や隠れ債務の問題により厳しい財政状況にある地方政府に追加の負担を求めることは難しいとの判断もあったと考えられる。

隠れ債務も含めて状況が悪化する地方財政に比べ、中央政府だけでみれば財政は依然健全であるため(図表-18)、合理的な対応といえる一方で、景気対策の財源という観点で最後の番人ともいえる中央政府が乗り出したのは、それだけデレバレッジを巡る状況が厳しいとみることもできる。

今回の国債増発は、今後の中国における財政運営の在り方という観点でも注目に値するイベントといえよう。

(写真はイメージです/PIXTA)