日本では医療保険制度が機能しているため、医療費の自己負担率は低く抑えられています。急性虫垂炎の治療を例に挙げると、自己負担額はアメリカの約20分の1です。しかし、少子高齢化が進む日本では、医療費の増加が大きな問題となっています。今後“医療費と自己負担率”の高騰を少しでも抑えるため、国民一人ひとりにできることはあるのでしょうか。小児科医の秋谷進氏が解説します。

日本の医療費は“高いが、自己負担率は低い”

日本の医療費は実際、どれくらい増えているのでしょうか?

内閣官房内閣府財務省厚生労働省が共同で作成した「2040年を見据えた社会保障の将来見通し」によると、2040年には医療費が70兆円に迫ると予測されています。2020年は約43兆円ですから、その差は約1.6倍にもおよびます。

ただでさえ給料が上がらないなか、電気代や物価の高騰に加えて税負担も増えています。ここにきて医療費も高騰となれば、生活に不安を覚える人も少なくないでしょう。

では、日本のこうした状況は、海外と比較するとどのような位置づけになっているのでしょうか。

[図表]は、国民1人あたりにどれだけの保健医療費がかかっているかを比較したものです。日本は38ヵ国中15位と、中央値よりもやや高めに位置しています。

しかし、1人あたりが自分のお金で支払う医療費(=自己負担額)は38ヵ国中22位となっており、中位に位置しています。つまり、日本の1人あたりの医療費自己負担額はそこまで高くないといえます。

医療費全体のうち、どれだけが自己負担で、どれだけが保険などでカバーされているかを比較した「医療費自己負担比率」をみると、日本は38ヵ国中27位と、下位のほうに位置しています。つまり、日本の医療費の自己負担比率は低いほうだといえます。

これらのデータからわかることは、「日本の医療費は高いけれど、自己負担比率は低い」ということです。つまり、「日本の医療保険制度がしっかりと機能している」と言い換えることもできます。

一方、[図表]を見てもわかるとおりアメリカは医療費が非常に高く、自己負担額も高いですが、自己負担比率は低いです。これは、民間の保険に入ることでカバーされている部分が大きいでしょう。

他方、カナダイギリスドイツオーストラリアなどは、医療費の金額はさまざまですが、自己負担比率が高い傾向にあります。これは、医療費については国が補填することは一般的ではなく、「医療費は自己負担するもの」という認識が一般化していることによるものです。

海外と比べると“非常に安い”日本の「入院・手術費」

医療費のなかでも、大きな費用がかかるイメージのある「手術費用」をみると、日本がいかに諸外国に比べて自己負担額・自己負担率が少ないかがわかります。

日本で急性虫垂炎になった場合、入院・手術費用は一般的に30万円ほどです(ただし、特別個室に入った場合などは追加料金がかかります)。

さらに日本では、医療費が一定額より高くなると国が負担してくれる「高額療養費」という制度があります。たとえば、集中治療室の使用や手術後のトラブルなどで、医療費が「高額療養費」に定められた上限を超過した場合、その超過分を国が負担してくれるようになっているのです。

一方、アメリカで急性虫垂炎にかかった場合、ニューヨークの私立病院での入院・手術費用は約599万5,000円〜816万5,000円、ハワイホノルルでは約337万3,000円と、なんと日本の10倍~20倍以上の値段がかかります。

手術に数百万円といった費用をポンと出すことは当然難しいため保険が使われますが、保険を利用したとしても補填できる金額には限りがあります。さらに、保険会社が契約している病院があって、「この病院ではA保険なら使えるが、B保険は使えない」なんていうこともざらです。

そのため、どの保険を使うかによって、どんな医療が受けられるかが変わってきます。さらに、初診料だけで約2万円~4万5,000円(150〜300ドル)の請求を受けることも普通。アメリカでは原則、病院が自由に価格を決定しているためです。

他方、急性虫垂炎に罹った場合の負担額について、カナダの私立病院では約93万4,800円〜133万2,500円、イギリスロンドン)では約62万円〜72万円となっています。アメリカよりは高額ではないものの、日本に比べるとかなり自己負担額が大きいですよね。

そのため、欧米では「セルフメディケーション」といって、自分自身で健康管理を行い、病気にかからないよう予防することが求められているわけです。

日本の医療費が、決して海外と比べて「高すぎる」わけではないことがわかっていただけたのではないでしょうか。

増大する医療費への「2つ」の対処法

とはいえ、医療費が高くなり生活が苦しくなる事態はなんとかして食い止めたいもの。わたしたちができることはなんでしょうか?

1.予防医療の推進

まずはじめにできることは「予防医療の推進」です。

可能な限り病気を予防し、早期発見ができれば、重症化し医療費がかさむ事態を防ぐことができます。健康な生活習慣を送り、定期的に健康診断を受けるなど、日本においても先述した「セルフメディケーション」の意識が必要です。

2.本当に必要な医療だけを享受する

また、「本当に必要な医療だけを受け取る」ことも重要です。

たとえば、みなさんは「ヒルドイド問題」を知っていますか? 保湿効果に優れている「ヒルドイド」を求め病院を訪れ、治療目的ではなく美容目的として処方してもらう人が増えた問題です。あるメディアでは、これが50~70億円もの医療費増大につながっていると報じられました。

もちろん本当に乾燥肌が強く、保湿剤が必要な人もいるでしょう。しかし、なかには不当に必要以上の処方を求める人もいます。その大半は悪気がない、もしくは悪用している自覚がないのかもしれませんが、これは日本医療制度を悪用しているともいえる事態です。こうした問題が、医療費増大に寄与しているといえます。

また、日本臨床外科学会のホームページでは、日本は諸国に比べ受診回数が多いことや医療費における医療費比率が高いことが指摘されています。

みなさんの心がけひとつで日本はもっと豊かになります。「自分だけよければいい」と思わずに、日本の医療のことを、頭の片隅に考えて受診してみてくださいね。

秋谷 進

小児科医

(※写真はイメージです/PIXTA)