自動車保険は強制加入の「自賠責保険」と任意加入の「任意保険」の2段構えになっています。交通事故で人を死傷させた場合に、被害者の救済を確保するための制度とされています。ところが、この制度のあり方が、かえって被害者救済の理念を妨げているとの指摘がなされています。どういうことなのか。自賠責保険の内容と、被害者救済という観点からの問題点について解説します。

自賠責保険のしくみ

自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)は、交通事故で人を死傷させ、損害賠償責任を負う場合に備え、自動車所有者に加入が義務付けられている保険です。強制的に加入させられる保険なので、「強制保険」と呼ばれることもあります。

保険金には、被害者1名あたりの「支払限度額」が設定されています。傷害の場合は120万円、後遺障害が残った場合は4,000万円、死亡の場合は3,000万円です([図表1]参照)。

自賠責保険の対象とするのは、自動車事故のうち「人身事故」のみです。しかも、限度額が設けられているのです。このことが、加害者はもちろんのこと、被害者をも苦しめる可能性があります。

人身事故は賠償額が「億単位」になることも…自賠責保険では「全然足りない」

自賠責保険の保険金の支払限度額は、死亡の場合は「3,000万円」、後遺障害の場合は「4,000万円」です。しかし、実際の賠償事例をみると、この金額では到底まかないきれないことが多くなっています。

人身事故で人を死傷させた場合、損害賠償の対象となるのは、治療費等だけではありません。被害者が働けなくなったことによって本来稼げたはずのお金を稼げなくなったという「逸失利益」の損害(消極損害)も対象となります。また、被害者ないし家族・遺族の「慰謝料」も対象に含まれます。

これらのうち、とりわけ賠償額が高額になる要因は「逸失利益」です。損害保険会社等が逸失利益の算定に採用している「ライプニッツ方式」によれば、逸失利益の計算式は以下の通りです。

【逸失利益の計算式】

収入金額(基礎収入)×労働能力喪失率×ライプニッツ係数

細かい理論的な話には立ち入りませんが、ライプニッツ係数は、以下の2つの要素を考慮に入れて考案されたものです。

・被害者の年収

・被害者の年齢(残りの働けるはずだった期間)

被害者の年齢が低いほど逸失利益が大きくなる傾向、被害者の年収が高いほど逸失利益が大きくなる傾向があります。

実際に、過去に裁判で判決が行われた賠償事例のデータをみると、「19歳男性・大学生(後遺障害)」でも4億5,000万円以上に達しています([図表2]参照)。

被害者の年齢・性別・職業により金額に差はあるものの、損害賠償金の額が億単位に達する可能性は十分に考えられるのです。自賠責保険の死亡保険金額の上限3,000万円や、後遺障害保険金額の上限4,000万円では、到底まかなうことができないのです。

◆物損事故でも賠償額が「億単位」になることも

なお、自賠責保険がまったくカバーしない「物損事故」の高額賠償事例についても紹介しておきます。

損害賠償責任の対象となるのは、事故によって損傷したモノ自体の損害だけではありません。モノが使えなくなってしまったことによる「逸失利益」の損害(消極損害)も対象となれば、賠償金額が膨れ上がることがあります。

たとえば、自動車が店舗や工場に突っ込み、建物、機械設備、商品等を損傷して営業できなくなってしまった場合、モノ自体の損害に加え、営業できない期間の逸失利益まで損害賠償の対象となります。

過去の賠償事例をみても、損害賠償額が億単位となったケースがあります([図表3]参照)。

「任意保険」の加入は必須

このように、自賠責保険だけでは、交通事故を起こした場合の損害賠償金等をカバーすることは到底無理なケースが多いのです。したがって、「任意保険」に加入することは必須だといえます。

任意保険には人身事故を対象とする「対人賠償保険」、物損事故を対象とする「対物賠償保険」が含まれており、かつ、賠償金額は「無制限」です。

しかも、以下のような補償を「特約」で追加することができます。

【任意保険の主要な特約】

・人身傷害保険・搭乗者傷害保険:自分や同乗者が死傷した場合の補償

・車両保険:自分のクルマが事故で損傷したり盗難被害に遭ったりした場合の補償

・個人賠償責任保険:日常生活における交通事故以外の対人・対物事故の補償

「任意保険」に入らないと加害者も被害者も「地獄をみる」

もしも、ドライバーが任意保険に加入していない状態で事故を起こし、人を死傷させてしまったら、ドライバー(加害者)本人だけでなく、被害者側も地獄をみることになりかねません。

まず、加害者についていえば、莫大な額の損害賠償債務を負い、払えずに破産するしかありません。自己破産により免責されることがあるとしても、道義的・社会的非難を免れることはできません。

一方、被害者ないしその遺族は、十分な額の損害賠償金を受け取ることができません。法律上は損害賠償請求権が認められていても、加害者に資力がなければ、行使できません。強制執行をしても空振りになってしまいます。結果的に、泣き寝入りせざるをえないのです。

「約4人に1人」が任意保険不加入…自賠責保険の存在が被害者救済の妨げに!?

ところが、統計をみると、ほぼ4人に1人が任意保険に加入していないという実態があります。2022年3月末時点で、日本全国の「対人賠償保険」「対物賠償保険」の加入率は、「対人賠償保険」が75.4%、「対物賠償保険」が75.5%にとどまります(損害保険料算出機構「2022年度 自動車保険の概況」参照)。

任意保険に加入していない人のなかには、「自賠責保険に加入しておけば大丈夫」「任意保険の保険料を払うのはもったいない」などと考えている人が含まれているものとみられます。こうなると、自賠責保険の制度があることで、交通事故被害者の救済の妨げになってしまいかねません。

自賠責保険の制度ができたのは1955年です。当時は、まだ自動車が普及していませんでした。しかし、それから70年近くが経過しています。自動車は当時とは比べものにならないほど普及しており、交通事故の件数も著しく増大しています。

交通事故による損害のごく一部しかカバーできない自賠責保険は事実上あまり役に立たず、むしろ、それがあることで、被害者救済の妨げになってさえいます。自賠責保険の内容を少なくとも任意保険の「対人賠償」「対物賠償」と同レベルの補償とする、あるいは、自賠責保険の制度自体を廃止して任意保険への加入を義務化するなど、自動車保険の制度設計自体を根本的に見直す余地があるといえます。

(※画像はイメージです/PIXTA)