アメリカ海兵隊が導入を開始した新型の水陸両用戦闘車ACV。元アメリカ陸軍将校が実車を見てきました。そのうえで、従来のAAV7とは異なるACVの特徴について独自に分析します。

アメリカ海兵隊の新型水陸両用車

イギリスに本拠を置く防衛関連企業BAEシステムズ(以下BAE)は2023年現在、アメリカ海兵隊向けの新型水陸両用車「ACV」の製造を行っています。

ACVとは「Amphibious Combat Vehicle」の略で、これを直訳すると、ズバリ「水陸両用戦闘車」になります。同車は、これまで海兵隊が使用してきたAAV7水陸両用戦闘車の後継として採用された新装備です。

では、前のタイプともいえるAAV7はどんな車両かというと、こちらは1970年代に登場し、長年にわたり海兵隊が使用してきたベテラン装備であることから、「いかにも海兵隊らしい」車両として知られています。その一方で、基本設計の古さから能力的な限界にも達していました。そこで採用されたのがBAEのACVというわけです。

すでに海兵隊への配備も開始されているACVですが、筆者(飯柴智亮:元アメリカ陸軍将校)は9月の防衛装備見本市「DSEIロンドン」で初めて実車を見る機会を得ました。私は陸軍出身ではありますが、かつてアメリカ軍に在籍したものとしての視点を踏まえて、実車を観察してきました。

驚かれるかもしれませんが、そもそもAAV7の本格運用が確立されたのはベトナム戦争の後で、その頃にはもはや大規模な敵前上陸作戦は過去のものとなっていました。ある程度の規模の上陸作戦といえるのは、1982年フォークランド戦争でアルゼンチン軍が用いたくらいでしょう。1991年湾岸戦争では、COA(作戦計画案)のひとつとしては存在していたものの、アメリカ軍独自の作戦立案についての検討方法であるMDMP(軍事的意思決定過程)をおこなったところ、得られる結果に対して予想される被害が大きいとして、却下されてしまいました。

浮航性よりも陸上走行能力を重視

AAV7は、2003年からのイラク戦争では歩兵戦闘車装甲車として使用されました。かつての水陸両用車が上陸の用途しかなかったのに対して、陸上で移動する能力、そして戦闘を継続する能力が求められたのです。改めて見ると、AAV7が「水陸両用車っぽい」外見をしているのに対して、ACVは一見すると通常の装輪装甲車と変わりません。筆者も、よく見るまでは新型の兵員輸送車だと思ったほどです。つまり、上陸後の能力を重視したからだと言えるでしょう。

それを示すように、水上のスピードはAAV7が約13km/hだったのに対し、ACVは約11km/hとわずかに遅くなっています。推進方式も、高速向きなAAV7ウォータージェットから、ACVでは簡易なスクリュー式となりました。今日では第二次世界大戦ノルマンディ上陸作戦のような、敵が待ち受ける海岸に力押しで上陸するような状況は考えにくいため、そもそも論として海上・航空ともアメリカが優勢を確保していることが前提になっているのでしょう。

他方で、水上ではAAV7より遅いかもしれませんが、陸上ではACVが勝っています。これは足回りが装軌(履帯式)から装輪(タイヤ式)になった点が大きな理由で、ゆえに舗装路なら、AAV7が約72km/hまでなのに対し、ACVなら約105km/hで疾走することが可能です。

ここから、水上や上陸直後よりも、上陸後の展開、それも市街地や舗装道路における機動性が重視された設計であることが理解できます。COE(Contemporary Operational Environment:現代の運用環境)を考えれば、当然の帰結でしょう。

加えて、ACVは完全なモジュラー設計を採用しています。基本型である人員輸送型(ACV-P)のほかに、指揮通信・偵察型(ACV-C4/C4UAS)、回収型(ACV-R)などの種類があります。特にACV-C4UAS型はISR/カウンターISR能力に優れているとか。詳細は不明ですが、これにより部隊の生存性を大きく向上させると言われています。

新時代の運用に適した形に進化

また、地味ながら回収型車両は重要です。筆者がアフガニスタンで戦っていたときも、車両の破損・故障は日常茶飯事でした。回収車がいなければ、それだけで装備車両がどんどん減っていってしまったと考えられます。

基本武装が30mm機関砲というのも。海兵隊員にとっては降車戦闘時に心強いのではないでしょうか。戦場において大口径機関砲の迫力は凄まじく、敵は怯み、反撃する余地を奪います。また、30mm口径なら戦車以外のほとんどの戦闘車両は破壊できます。なお、戦車も連射の直撃を喰らえば、無傷では済みません。また、30mm口径だと、弾頭もある程度大きくなるため、内部に様々なものを詰めることができるようになり、用途に応じた多様な弾頭のバリエーションが設定されるようになります。

筆者は現役時代、第82空挺師団というパラシュート部隊に属していましたが、空挺作戦と上陸作戦は同じ性質を持っていると考えています。

両作戦とも、兵士でいうと数万人単位、すなわち1個師団以上を投入するような大規模な部隊を投入するような場面では、大きな損害を生じることは避けられません。空挺降下も上陸も、実施する側は敵に生身を晒す形で攻勢をかけるため、とても無防備であり、また戦車など重装備を持たない軽歩兵を敵地に送り込むことになるからです。

アメリカ軍には、それら作戦を実行する能力はありますが、たとえ成功したとしても大損害を出せば世論が許さないでしょう。ですが、地形や状況に応じて、限定的な空挺作戦や上陸作戦は今後も行われていくはずです。

実際、アメリカ軍は2001年のアフガニスタン戦争において、200人規模の陸軍レンジャー隊員を空挺降下させ、飛行場を奪取しています(実行にあたっては充分な事前偵察を行い、敵がいないことを確認済み)。それゆえに、決して失ってはいけない能力のひとつだと言えるかもしれません

日本はAAV7を導入したが…

こうして見てみると、アメリカ海兵隊がBAE製のACVを採用し導入を進めているのは理にかなっていると言えそうです。

では、ひるがえって日本はどうでしょうか。ご存じの通り陸上自衛隊の水陸機動団ではAAV7を運用していますが、筆者は同車を導入したという判断には疑問を抱いています。

水陸機動団員が多くを学んだアメリカ海兵隊は、2010年代にはAAV7の後継選定に入っており、当初計画の頓挫などがあり予定していた2015年からは遅れたものの、2018年にはACVが採用されています。

自衛隊AAV7試験導入は2013年ですが、当然この頃には後継車両の計画は自衛隊員の耳にも入っていたはずです。それなのになぜ、50年以上も前に設計された車両を採用したのでしょう。

AH-64D戦闘ヘリの導入についても同様のことが言えますが、日本は兵器を採用するタイミングに問題があるように感じます。新車購入に喩えるなら、フルモデルチェンジの直前に、古い型を買うようなものです。たしかに新型車両は、新型ゆえに不具合が起きる場合もありますが、それはたいてい修正可能な程度のものであり、BAEのような実績ある企業であれば、容易に対応できるものでしょう。

こういうことを何度も繰り返す陸上自衛隊を見ていると、税金を使った買い物なのだから、もっと効率的に使うべきではないかと、老婆心ながら心配になってしまいます。

イギリスで開催された防衛装備見本市「DSEIロンドン」で展示されていたBAEシステムズの新型水陸両用車「ACV」(飯柴智亮撮影)。