東京・上野の国立科学博物館がクラウドファンディングを実施し、一瞬にして目標額を集めました。しかし、これは裏を返すと我が国の博物館全体が危機的状況に陥っている証左でもあるとか。館長を直撃しました。

植物や化石だけじゃない 工業製品も多数収蔵

東京・上野に本館を置く国立科学博物館が「資金的に大きな危機に晒されている」として、2023年11月5日まで目標金額1億円のクラウドファンディングを実施していました。

同博物館は名実ともに日本を代表する総合科学博物館として親しまれています。そんな日本屈指の博物館が運営難に陥ったという事実は多くの人に衝撃を与えたのか、8月7日クラファン開始からわずか9時間20分で1億円の目標を達成。最終的に9億円を超える金額になったとのこと。なんと目標額の9倍以上をクラウドファンディングで調達することに成功したのです。

国立科学博物館の篠田謙一館長は「『日本に一つしかない国立科学博物館が潰れるわけがない』と思っていたのが、実は駄目なんです、みたいな話になり、皆さんが驚かれたと思う。このクラウドファンディングが成功した一番の要因は、経営危機がこんなところにもあるんだ、科博も立ち行かなくなったということを多くの人たちが知ったことが大きい」と語ります。

現在、科博には約500万点もの標本・資料が収蔵されています。太平洋戦争中にラバウルで複座型に改造された零式艦上戦闘機21型やD51蒸気機関車231号機、国産観測ロケットラムダロケット」用ランチャーなど大型のものから、動植物や菌類の標本、生きた植物、鉱物、化石、人骨、科学・技術史資料などと幅広く、そのうち8割ぐらいが植物や動物となっています。

このうち上野の本館に展示しているのは、実はわずか1%未満。戦後初の国産旅客機YS-11や南極観測船「宗谷」と共に南極へ行ったシコルスキーS-58ヘリコプター、前出の複座零戦のように、茨城県筑西市のザ・ヒロサワ・シティにある科博廣澤航空博物館へ展示されている収蔵物もありますが、ほとんどが茨城県つくば市にある収蔵庫に保管されています。その中には国産最古の飛行機モ式六型や、東洋工業(現:マツダ)が発売したロータリーエンジン搭載乗用車コスモスポーツ」といった貴重な工業製品も含まれています。

とりわけ100年前に集められた資料や江戸時代の標本は、一度壊れてしまったら2度と元に戻らないうえ、改めて採取や収集することもできません。膨大な数の標本・資料を万全のコンディションで保つには、適切な収蔵保管環境を整える必要があるものの、空調設備や標本整理など維持・管理には多額の資金が必要なのです。

そうした貴重な資料を集め、研究している「国立」の名を冠した博物館の資金が枯渇し、クラウドファンディングを実施する事態に追い込まれるまでに、何があったのでしょうか。その背景には2020年代に入り相次いで発生した世界的な危機と、科博を取り巻く制度の問題がありました。

コロナ禍とウクライナ侵攻がダブルパンチに

「まず科博は独立行政法人という形態であり、そのため全ての運営資金を国に頼っているわけではない」と篠田館長は説明します。

「独法へ移行した時から外部資金の比率を高め、なるべく多くを外部資金で賄えるようにするという方針がある。今は8割ぐらいが国からのお金で、2割ぐらいが入場料などの外部資金となっている」(篠田館長)

コロナ前の2019年度予算を見てみると、収入約33億円のうち国からの補助金に当たる運営費交付金は約27億円、外部資金を含む入場料等収入は約6億円を見込んでいました。予想より来館者が多く入場料収入が上振れば、それを使って大規模な企画展や保管施設の整備といった新たな事業を行うことが可能になります。

科博はこうしたスキームで20年にわたって運営を行ってきましたが、そこに新型コロナウイルスパンデミックが直撃しました。

「突然、入館料収入が大きく落ち込み、その一方でどうしても使わないといけない光熱費がぐんと上がった。こうしたいくつかの要因が重なったときに即応できず、資金が足りなくなってしまった」と篠田館長は語ります。

感染症対策として休館が続き、2019年度決算では約7.5億円だった入館料収入は、翌2020年度は約1.5億円まで減少。2022年度決算では6.5億円まで持ち直したものの、同年2月にロシアウクライナへ侵攻したことでエネルギー価格が高騰します。その影響で、経常費用のうち業務費と管理費を合算した水道光熱費は2019年度決算では1.8億円でしたが、2022年度決算では3.1億円まで上昇しました。

「コロナ禍は予算が決まった後に起こったため、20年度は内部の資金を切り崩し、21年度は緊縮財政で乗り切った。22年度も全体業務を縮小して運営しようと考えたが、今度はウクライナ侵攻の影響で光熱費が上がりだす。4月ぐらいに計算したところ、11月か12月に運営資金がなくなるという話になり、縮小していた予算の中から研究費を含めて、全館的に未執行分の返還をお願いする事態に陥った。これは研究者に研究を止めろと言うに等しい事態で、本来は絶対に避けなければならなかった」(篠田館長)

2023年度も予算を大幅に減らして運営する計画を立てたものの、光熱費の上昇がさらに続くことが判明します。物価高の影響で保管容器やエタノールなどの保存液の価格も上昇が続き、新しい収蔵庫を作るのに必要な資機材の価格や人件費も高騰。このままでは運営を継続できなくなることは目に見えていました。

日本の文化支出額は韓国の半分以下!

篠田館長は「ここ20年、日本はモノの値段がほとんど上がらなかった。だからこそ、国からの運営費交付金が徐々に減っていっても運営できていたところはある」と振り返りつつ、「ここにきて一挙に物価や人件費が上昇し、来年度も光熱費が高止まりすることが見えている。企業からの外部資金獲得もお願いしたが、大きな額にはならなかった。だから、もうこれはクラウドファンディングしかないという結論になった」と説明します。

ただ疑問なのは、国がなぜ科博の窮状を放置しているのかという点です。

運営費交付金は変わらず、物価や光熱費の上昇部分をすべてカバーするような施策も行われていません。政府は原油価格の高騰に対応するため、激変緩和事業として石油元売りへ補助金を出しているため、個別の対策は取らないというスタンスらしいですが、前出のとおり、実際に国立の施設がピンチに陥りました。

なぜ、このような状況を招いてしまったのか。そこには、日本はG7に数えられるほどの経済大国であるにも関わらず、政府の文化支出額が非常に低いという点が挙げられるでしょう。

文化庁が2021年に公表した資料によると、フランスは約4600億円、韓国は約3400億円を支出しているのに対して日本は1166億円程度。調査対象になった日英米独仏韓6か国の中で最も少ない金額でした。政府予算に占める文化支出額の割合は0.11%、国民1人あたりの金額は922円とアメリカに次ぐ低い水準です。ちなみにアメリカは政府予算に占める割合は0.04%、国民1人あたりの金額は545円ですが、文化支出額そのものは1803億円と日本に比べて600億円以上多いです。

「私たちは500万点の標本を持っているが、イギリスの大英自然史博物館は8000万点でアメリカの国立自然史博物館は1億5000万点以上。そういう意味では全然少ない。日本という国はこの程度でいいと言われればそれまでだが、私としてはアジアを代表する博物館として活動していかなければならないという矜持はある。そのためには、さらなる資金の獲得と事業の拡大が必要だが、現状ではアジアの中でも埋没してしまうことは目に見えている」(篠田館長)

曲がり角に来ている博物館の運営方法

しかし、科博などの博物館や研究施設に対する国の関与は減り続けており、生き残るためには競争的資金のように外部から研究活動に必要な費用を自ら獲得する必要があります。ただ、これは国内で少ないパイを奪い合うことにつながっており、選択と集中を進めようとした結果、全体的に余裕がない状況が生まれてしまいました。

クラウドファンディングの反応を見ていると、運営のベースになるところは国が保障してくださいという意見は大体共通している。さらにプラスのことをやるためにお金を集めようという競争は良いが、今のように競争しないと死んでしまうみたいな話は、結構しんどいですよ」(篠田館長)

一方で篠田館長は「科博の運営資金は国が出すべきなのだから、自分たちでクラウドファンディングをやる必要がないという研究者もいる。それは筋が通った意見だと思う。ただ私たちも野垂れ死にするわけにはいかない。将来にわたって標本を継承していかなければならない。そのためには世の中の変化に対して考えていく必要がある」と指摘します。

「例えば科博はポケットモンスターとコラボした『ポケモン化石博物館』という企画を行っている。これについて『自然史の博物館がやることなのか』という声はあったものの、まずは博物館に足を運んでもらい、多くの人にこの場所が面白いと知ってもらうことが、とても大事なことだと思う」と話したうえで、「残念ながら研究者が自分の好きな研究だけしていれば良いという時代は終わり、21世紀の研究が100年後にもつながるためには、何をしたら良いのか考えなければいけない時代に来ているのは間違いない」とも述べていました。

クラウドファンディングの報道によって科博が注目され、賛助会員も大幅に増えました。1931年に旧東京科学博物館本館として竣工し国の重要文化財に指定されている上野本館では、映画やドラマ、CM撮影、結婚式の前撮りの頻度も増えてきているといいます。目標金額を大幅に超えたことで、科博の存在意義である「標本・資料の収集・保管」ができなくなるという当面の危機は去り、一部の資金はコレクションと保存体制のさらなる充実化や国内の科学系博物館との連携に活用するといいます。

そうした意味では大きな宣伝効果があったと言えるものの、科博が厳しい状況に置かれていることに変わりはありません。篠田館長いわく「再びクラファンを行う予定はない」とのことでしたが、科博が今後も継続して研究や展示を行っていくには、新しい運営を支えることができる新しいスキームを構築する必要があるのではないでしょうか。

国立科学博物館が保有する零式艦上戦闘機の複座型。戦争中にラバウルで応急改造したもので、2人乗りにして偵察機として用いられたといわれている。現在は茨城県筑西市のザ・ヒロサワ・シティで展示されている(深水千翔撮影)。