今回の減税案は慌ててこしらえた起死回生の策ではないかとの見方も。ところが支持率は回復せず、低空飛行を続けている
今回の減税案は慌ててこしらえた起死回生の策ではないかとの見方も。ところが支持率は回復せず、低空飛行を続けている

突如浮上した、岸田総理の減税案。その中身を見ると、1回限り、ひとり4万円、実施は来年6月となんだかチグハグ! とはいえ、減税自体はわれわれも求めていたはず。何にいったいモヤモヤするのか、5つの軸で解きほぐしてみた!

■所得税減税に反対65%の衝撃

岸田総理が10月7日に税収の還元案を発表して以来、メディアや政界内に波紋が広がっている。

その中身をおさらいすると、最も対象者が多いのが4万円の定額減税だ。ひとり当たり所得税3万円と住民税1万円の減税で、扶養家族も対象となるので、4人家族なら16万円となる。これに加えて低所得者向けの給付があり、具体的には住民税が非課税の世帯へ7万円を支給するという。

減税は来年6月以降、会社員であれば給料から天引きされている税金が減り、手取りが増える形。給付金は、12月13日まで続く臨時国会で補正予算を成立させた後、年内に支給するとしている。

手取りが増えるのはありがたい話だし、税金を国民に返すという言い分は筋が通ってる気もする。それなのに、どうもモヤモヤしてしまうのはなぜだろう? 実際、日経新聞テレビ東京世論調査では、この所得税減税に対して「適切ではない」と答えた国民が65%にも上っている。

この違和感の正体を探るべく、経済学者飯田泰之氏に素朴な疑問をぶつけてみた。

【疑問1】なぜ今なの?

まずはタイミングの問題から。

「建前としては、物価高に対する生活支援だといいます。ところが実際には、支持率の回復を狙った施策だというのが本音でしょう。岸田政権の支持率は、複数の世論調査で3割を切るほどの危険水域に達しています。

加えて『増税メガネ』というポップなワードが流行し、総理はかなり気にしているそうです。イメージアップを急いだということでしょう」

弱小派閥を率いる岸田総理にとって、党内基盤の弱さは常に悩みの種。解散・総選挙を勝ち抜くことでこの弱みを克服し、長期政権につなげたい岸田総理にとって、支持率回復に打てる手は12月閉会となる臨時国会中に打っておきたいということなのだろう。

【疑問2】増税はどこに行った?

政権発足以来、あんなに増税と言ってきたのに、チグハグじゃないか?と思う向きもあるだろう。しかし飯田氏によると、実は岸田総理は「増税はしていない」のだという。

「就任当初から、岸田総理は安倍・菅ラインに比べて経済引き締め志向が強いと思われていました。そして就任以来、防衛費の増額や『異次元の少子化対策』の財源確保など、増税につながる話が多々出てきたことは確かです。

ただ、これらは今後財源を決める必要があるものの、現時点で岸田政権が増税を決定した事実はありません。経済分野では特に何もしていないというのが正確です。まあ、これはこれで問題なのですが」

【疑問3】有効性は?

続いて気になるのは、ひとり4万円の還元はあまりにもショボいという点だ。本当に生活支援の効果はあるのか?

「今回の減税と給付は上振れした税収を還元する名目で行なわれます。一般会計の税収は3年連続で過去最高を更新中で、それを国民に戻して苦しい家計を支えるという筋書きは悪くないんです。

ところが物価高は今現在の問題なのに、補正予算で財源を確保すれば速やかに行なえる給付でなく、わざわざ法改正が必要な減税を選択し、実施は来年の夏となる。これは非合理的としか言いようがありません」

実は生鮮食品以外の物価は落ち着きを取り戻している。つまり、来年には物価高が収束している可能性があるのだ。今やらないと意味がないことを、なぜ遅らせるのか?

「岸田総理は自らの増税イメージを気にして、9月に減税を口にしてしまいました。言った手前、減税でやらざるをえなくなったということではないかと思います。

減税も給付も政府がお金を使うことになるので、経済効果はあります。合計で5兆円規模と見込まれていますが、人々が一時的な収入から消費に回す分は1~2割程度でしかありません。

さらに銀行にお金が振り込まれる給付に比べて、忘れた頃に給料の天引きが減る所得税減税はインパクトが小さい。景気浮揚の起爆剤にはなりえないでしょう」

【疑問4】高齢者へのバラマキでは?

低所得世帯への現金給付についても問題が指摘されている。というのも、対象となる住民税非課税世帯の8割は60歳以上なのだ。

所得税や住民税の非課税世帯に減税の恩恵が及ばないことは確かです。物価高の打撃を強く受けている層への給付が必要なのは間違いありませんが、結果的に現役世代から得た税収を高齢者に回す側面が大きくなることも事実。

解散・総選挙を視野に入れた高齢者への人気取りと取られても仕方がないと思います」

収入=課税額に基づく給付では、低所得で困っている人と資産があり裕福な高齢者を区別する方法はない。ここは政府も悩みどころではあるだろう。資産への課税が後手に回っている現状のツケが回っているといえそうだ。

【疑問5】現金給付で良かったのでは?

4つの疑問を見てきた上で気になるのは、岸田総理は何をすれば良かったのかということだ。生活支援を目指すならシンプルに現金給付でいい気がする。

「今のところ、物価高は困りものと思われています。ただ、本来この状況は長年、政府と日本銀行が目指してきた姿でもある。今われわれが直面している物価上昇は、世界の先進国ではごくありふれたレベルなのです」

最近ではワイドショーが物品やサービスの値上げを報じなくなった。皆が物価上昇に慣れてきて、ニュースバリューがなくなっているのだ。物価は決して上がらないというデフレマインドが払拭されつつあるわけで、これはいい流れだと飯田氏は評価する。

「あとは賃金上昇がついてくれば、日本が20年にわたって目指してきた、経済成長をする土壌が整います。そのためには、政府が財政出動をして景気を持ち上げ、賃金上昇を後押しすることが重要です。

ちなみに、消費税減税を求める声もありますが、これは慎重になるべきです。というのも、消費税は裕福な引退世代から税金を取れる数少ない手段だからです。また、税率引き下げには時間もかかる。であれば給付のほうがより有効でしょう。

一回きり5兆円では明らかに力不足。国債発行による資金調達に問題がない現状なら、10兆~15兆円程度は無理なく出せますから、今こそ政府が継続してお金を使うべきです」

今ならまだ間に合う。岸田総理よ、どうか"検討"を!

取材・文/日野秀規 写真/共同通信社

今回の減税案は慌ててこしらえた起死回生の策ではないかとの見方も。ところが支持率は回復せず、低空飛行を続けている