2023年6月に政府が閣議決定した新たな雇用政策や最低賃金の引き上げは、経済に変革をもたらす可能性がありますが、同時に中小企業に新たな課題や大きな試練を与える可能性もあります。本記事では、自身も社員数50名の新聞販売店を23年間経営した経験を持ち、多くの企業の経営支援に携わる米澤晋也氏が、日本型雇用の見直しで中小企業に起こり得ること、中小企業が生き残るためにすべきことについて、事例を交え解説していきます。

政府が始めた日本型雇用の見直しは「改革の序章に過ぎない」

2023年6月に、政府は骨太の方針として、終身雇用年功序列などの日本型雇用の見直しを閣議決定しました。2023年10月からは、多くの都道府県で、過去最大の上げ幅となる最低賃金の見直しが行われました。昨今の賃上げ機運が後押しをし、ついに1,000円の大台に乗ったのです。

これは改革の序章に過ぎず、政府は2030年代半ばまでに1,500円を目指すと表明しています。

一方で、これまで中小企業に対し行ってきた手厚い支援に疑問を呈する声が増えており、今後は以前と同じ支援が期待できなくなる可能性があります。これら一連の変化は、中小企業に「淘汰」という、これまでにない大きな試練を与える可能性があります。

終身雇用の見直しと、最低賃金の引き上げで企業は淘汰の危機に

政府の施策が進むと、日本はスウェーデンの成功モデルを再現する可能性があります。スウェーデンでは、業績が良い企業も悪い企業も、同じ賃上げが義務付けられています。

生産性が低い企業は苦境に立たされますが、政府は一切救済しません。実際に倒産する企業も多くありますが、職を失った人は、生産性が高く業績が良い企業に吸収されます。労働力の流動性が活性化することで、多様な知恵やノウハウも流通し、社会全体のナレッジが向上します。働く人たちは再就職できるように、自らを高める努力をするでしょう。

スウェーデンモデルを特集したNHK番組のインタビューで、国民は「もし、勤めている企業が倒産しても、その後、仕事を得ることへの不安はない」「仕事はハードだけれども、同時に、面白く楽しい。自分を発展させることができる」と答えていました。

スウェーデンモデルは、働く人、企業、双方のレベルを引き上げ、持続的な賃上げを実現するとともに、国力を底上げする施策なのです。実際に、ここ20年間で賃金は50%も上昇しています。

2023年9月に、東京商工リサーチがデービッド・アトキンソン氏に行ったインタビューで、同氏は次のように述べています。「(中小企業は)困った事態に遭遇したら『政府が補填してください』と言う。これが正しい姿なのか」。

日本でも、終身雇用の見直しと、最低賃金の引き上げに加え、政府が企業救済を緩める可能性があります。そうなればスウェーデンと同じような効果を生む可能性がありますが、企業は淘汰の危機にさらされることになります。

業務効率化の第一歩は「効果のない業務の廃止」

デービッド・アトキンソン氏は同インタビューで、次のようにも述べています。

「賃金を上げるために何が必要なのかというと、人口増加要因がないのだから、中身を強化するしかない」

中身の強化とは、具体的には「業務効率化」と「感性価値創造」です。

業務効率化は、限られた経営資源で効率よく仕事を進めること、感性価値創造は、商品・サービス、接客、世界観など、顧客の心を魅了する価値を創造することです。業務効率化というと、真っ先に「DX」が思い浮かびますが、それは「3の手」であり、その前に2つの改善が必要です。

「1の手」は効果のない仕事を廃止することです。職場には、「以前からやっているから」という理由で、効果がないのに、連綿と続けている業務があるものです。それは、上司の気まぐれなアイデアで作られた業務かもしれませんし、マイクロマネジメント(上司が部下の業務に強い監督・干渉を行うこと)による無駄な報告書類かもしれません。

効果のない業務の見極めは、「何のためにやっているか?」の問いに即答できるかどうかで判断できます。即答できない場合、試験的にやめてみることをお勧めします。

私が経営してきた新聞販売店でも、効果のない業務の廃止を徹底しました。1つ1つの業務に対し、「何のためにやっているか?」と担当者に訊いたところ、「何言っているんですか。以前に社長がやれと言ったんですよ」と、怒られることが連発し、恥ずかしさと、社員に対する申し訳無さでいっぱいになったことを今でも覚えています。

待ち時間を短縮すると、嘘のように業務効率は良くなる

「2の手」は、「待ち時間の短縮」です。業務効率を下げる最たる原因は「待ち時間」です。事例で解説します。

ある企業では、顧客向けに、月に2回ほど、新商品やイベントなどの案内を郵送しています。郵送件数は3万件以上で、いつも郵送業務がある日は残業が発生していました。業務の流れは、「デザイン」→「印刷」→「封入」→「ラベル貼り」→「投函」です。

これまで、何十年もの間、印刷工程では、3万枚以上をまとめて印刷し、封入の工程に渡していました。封入工程に印刷物が届くのは、いつも夕方です。それを翌日までに封筒に入れ、ラベル貼りの工程に渡さなければならず、夜遅くまで残業をしていました。

翌日になると、ラベル貼りの工程には大量の封筒が届きます。ルーチン業務もあるので、メンバーは朝から悲鳴を上げながら頑張りますが、定時内に終わったことはないと言います。ゆとりがなくなることでミスが増え、その対応にも多くの時間が割かれます。知る術もないことですが、大量に投函した後に、郵便局内で同じようなパニックが起きている可能性があります。

ある時、従来の方法を見直し、改善をしたところ、これまでが嘘のように残業が少なくなりました。その改善とは、「3000枚印刷したら封入工程に渡す」というシンプルなものです。手足を早く動かしたわけではありません。特別な機器を導入したわけでも、DX化を行ったわけでもありません。これまで、まとめて行っていた印刷(3万枚印刷)を、細かくして(3千枚印刷)、次工程に渡すことで、待ち時間が短縮されただけなのです。

業務効率を下げる最たる原因は「待ち時間」なのです。職場には、様々な箇所に「待ち時間」が潜んでいます。その多くは、まとめ仕事を細かく分けて流すことで解消するはずです。

本記事では、いつか訪れる可能性のある、淘汰の時代を生き抜くための「中身の強化」のうち、「効率化」について解説しました。これは、もう1つの要件である「感性価値創造」に繋がります。新しいモノやコトを創造する時には、時間的、精神的なゆとりが欠かせないからです。感性価値創造に関しては、別の記事で解説したいと思います。

(※写真はイメージです/PIXTA)