2023年3月期、五大商社の決算は好調だった。非資源の比重の高い伊藤忠商事を除けば、世界的な資源価格の高騰を受けて、総合商社4社が過去最高益を更新。ただ、2024年3月期については、各社とも減益を予想している。各社は将来に向けた戦略をどう描いているのか。M&Aアドバイザリーファーム、フーリハン・ローキーが発表しているセクターレポート「日本の五大商社決算アップデート(2023年3月期)」を監修した原田恵一郎氏が分析する。

(*)当シリーズでは、フーリハン・ローキーが発表しているセクターレポートの監修者が、各業界における主要企業の業績・株価・注目のM&Aの動向から戦略を読み解きます。

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<連載ラインアップ>
■第1回 鮮明になってきた事業ポートフォリオの違い、5大商社はどこへ向かうのか?(本稿)
■第2回 物流業界の今後の見通しと注目のM&A(仮題)
■第3回 マテハン、ロボット、FAなどインダストリアルテック業界の最新動向(仮題)


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三菱商事、三井物産が当期純利益初の1兆円超

 2023年3月期、総合商社の業績は総じて好調だった。5大商社の当期純利益を見ると、三菱商事と三井物産が総合商社として初の1兆円超を達成。伊藤忠商事を除く4社は過去最高益を記録した。

 2023年3月期を振り返ると、資源価格高騰の影響が大きい。特に、三菱商事と三井物産には大きなプラス効果をもたらした。一方、資源関連事業の割合が比較的低い伊藤忠商事は、他社ほどには恩恵を受けられなかった。
 
 各社の業績を底上げしたもう1つの理由は、世界経済がパンデミックのダメージから立ち直ってきたことだ。2020~21年ごろ厳しい状況に置かれた自動車、建材といった産業の回復は、総合商社の関連事業に波及した。
 
 2024年3月期では、5社すべてが減益を予想している。資源価格が落ち着きを取り戻しており、プラスの影響は期待しにくい。また、地政学リスクの高まりなど将来を見通しにくい経済環境の中で、保守的な予想に傾いた面もあるかもしれない。第1四半期(23年4~6月)では、各社とも概ね予想に沿った実績を発表している。

 資源はボラティリティの高い事業である。総合商社の多くにとっての課題は、資源をはじめ好調な事業で稼いだキャッシュを使って次の安定的な事業を育てることだ。そのキーワードはDXやカーボンニュートラルなど。新ビジネスを創出する上で、重要なポイントは事業部門の連携、あるいは組織横断的なチームづくりである。総合商社の多くがこうした取り組みを進めているが、収穫期を迎えるまでにはもう少し時間がかかりそうだ。

 M&Aへの取り組みにも注目したい。狙いは新事業創出や既存事業強化など様々だが、この半年ほどの動きを見ると、各社とも国内での買収が目立つ。グローバル経済の不透明感が増す中で、国内と海外とのバランスを取りつつも、確実性の高い国内事業の強化を目指しているように見える。

 今後の決算を展望する上で、為替の動向にも注意が必要だ。1ドル130円前後を想定している総合商社が多いが、さらに円安が進行している。海外子会社の収益は円に換算して連結決算に反映されるので、円安は利益増の要因になる。

 以下、5社の動向と戦略を見ていこう。

【三菱商事】EXとDXを柱に次の成長を目指す

 2023年3月期決算の当期純利益は1兆1807億円。資源・金属関連の事業が好調だったことに加えて、コロナ禍の時期に厳しい環境にあった自動車関連ビジネスが復調した。そのほか、目立ったのはチリの銅事業で約370億円の減損、中国の自動車事業で約240億円の一過性損失を計上したこと。その一方、米KKRによる三菱商事・ユービーエス・リアルティ(不動産運用会社)の買収により800億円超の売却益を得ている。

 同社の成長戦略の柱はEX(エナジー・トランスフォーメーション)とDX。EXでは脱炭素化、再生可能エネルギー、電化に必要な金属などが大きなテーマだ。天然ガス、洋上風力、水素、アンモニア、リチウムバッテリー部材などの分野で積極的な投資を行う方針だ。DXでは食品物流等の分野での効率化等を進めているようだが、注目されるのはITビジネスそのものへの取り組みだろう。比較的規模の大きなITサービス子会社を持つ総合商社も複数あり、各社ともITを強化分野とする中で、三菱商事はこの領域の実績は比較的少ない。今後どのような戦略行うかが注目される。

 2024年3月期の当期純利益予想は9200億円。資源価格の落ち着きが、減益予想の要因としては大きいと思われる。
 

【伊藤忠商事】非資源の比重の高さが安定性をもたらす

 資源事業の比重が比較的小さいこと、国内事業が強いこともあって、伊藤忠商事の業績はマクロ的な環境変動の影響を受けにくい。当期純利益を見ると、2023年3月期の8005億円は微減、24年3月期も7800億円とやや下向きの予想とはいえ高い水準だ。繊維や生活関連、ファミリーマートといった手堅い事業が多いことから、他社に比べると先を見通しやすい面があるかもしれない。

 直近で注目された動きは、4000億円近くを投じた伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)へのTOB。上場子会社だったCTCは上場廃止になる見込みだ。伊藤忠商事は成長戦略の柱の1つとして「データ活用・DX」を掲げており、積極的な施策を打ち出しやすくなったとはいえるだろう。ファミリーマートをはじめ、豊富なデータを持つ各種事業とのシナジーが期待される。

 組織間の連携、各事業にいかに横串を通すかは重要なテーマだ。DXは各社とも力を入れている領域だが、伊藤忠商事においてはCTCの力をどのように生かすかもポイントになりそうだ。

【三井物産】ウェルネス関連への積極投資に見る独自性

 2023年3月期決算の当期純利益は1兆1306億円。金属資源事業、エネルギー事業の貢献が大きかったほか、機械・インフラ事業が伸びた。金属資源では今後も、鉱山ビジネスへの取り組みに注力する方針。エネルギーでは既存事業に加えて、再エネなどのエネルギー転換に積極的だ。2024年3月期は8800億円を予想している。

 成長戦略としては「Industrial Business Solutions」と「Global Energy Transition、Wellness Ecosystem Creation」を掲げている。Industrial Business Solutionsの一環であるモビリティ領域で注目されるのがフリートマネジメント。2017年に出資比率を引き上げて関与を強めた商用車リース会社、ペンスキー・トラック・リーシング(米国)の業績が好調で、同社を軸にしたグローバル展開が進みそうだ。

 Wellness Ecosystem Creationは、総合商社としてユニークな戦略といえるだろう。重要な役割を担うのが、2011年に出資して現在は3分の1の株式を保有するIHHヘルスケア(マレーシア)である。アジア最大級の病院グループで、東南アジアに約80の病院を展開。膨大な医療データを活用した打ち手に期待がかかる。食・ニュートリション領域での事業展開も強化中で、2023年に約660億円を投じて70%株式を取得することを公表した機能性食品素材メーカー、ニュートリノバ・ネザーランズ(オランダ)の今後も注目される。
 

【丸紅】航空機リース、ITなどの分野に積極投資

 2023年3月期決算の当期純利益は5430億円。主力の金属事業が増益だったほか、海外における電力販売が好調に推移した。また、以前から強みを持つ航空機のオペレーティングリースは、パンデミック後の需要回復を受けて業績が回復した。米穀物大手ガビロン売却により、500億円以上の売却益を得たことも大きい。ガビロンをめぐっては減損処理を実施したこともあるが、今回の売却で成長のためのキャッシュの厚みが増した。

 2023年には米大手航空機リース会社、エアキャッスルの増資を引き受けた。丸紅とみずほリースの共同で約700億円。コロナ禍後の短期的な需要回復もあるが、人やモノの移動が長期的に拡大するとの読みだろう。

 2023年には、パナソニックと共同で商用EV向けフリートマネジメントサービス会社を設立。IT分野では、丸紅とセコムによるインターネット通信子会社アルテリア・ネットワークスへのTOBがあった。以前から同社株式の過半を保有していたが、丸紅が3分2、セコムが3分の1の保有比率となる見込みだ。丸紅にとってもDXは大きなテーマだ。2024年3月期は当期純利益4200億円を見込む。

【住友商事】 事業ポートフォリオのシフトが進行中

 2023年3月期決算では、5652億円の当期純利益を計上した。資源・エネルギー、金属、輸送機・建機などの主力事業が利益増に貢献。資源価格の高騰が全般的に好影響を与えたが、北米のシェールオイルなどで用いられる鋼管価格の上昇も相当のインパクトがあった。輸送機・建機については、パンデミック期の厳しい環境が改善された結果という面がある。2024年3月期は、当期純利益4800億円の予想だ。

 資源関係では、海外の鉱山権益の売却を進めていることが注目される。2021年にはチリの銅鉱山、2022年にはペルーの金・銅鉱山の権益を売却し、2023年にはボリビアの銀・亜鉛・鉛鉱山の権益の売却を発表した。資源だけでなく、各分野において成長戦略に沿った形での事業ポートフォリオのシフトを進めている。

 既存事業を手当てしつつ、将来に向けてヘルスケア、EVなどのサステナビリティ関係、DXなどへの投資を強化している。例えば、EV向けのバッテリーリサイクルに関して、日産と共同出資で再利用を手掛ける企業を設立。収益化には時間がかかりそうだが、成長事業の育成に向けた布石の1つといえるだろう。
                   ※  ※  ※
 DXやサステナビリティなど、各社の注力分野には共通点も多い。ただ、強みを持つ分野をより強化するという方針を継続した結果だろう、以前に比べると、各社の事業ポートフォリオの違いが鮮明になりつつあるように見える。各社の独自性や違いに注目すると、商社の戦略や決算の見方が少し変わるかもしれない。

フーリハン・ローキーのセクターレポート「日本の五大商社決算アップデート(2023年3月期)」の全資料はこちらでご覧いただけます。

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