最近、陸自ではりゅう弾砲による洋上目標への射撃訓練を始めています。これは我が国の離島を占領しようと侵攻してくる敵艦船を攻撃できるようにするため。でも、野砲は射程が限定的。それなら船の上から撃ったらどうなんでしょうか。

洋上射撃の訓練始めた陸上自衛隊

陸上自衛隊の野戦特科部隊に新たに配備された19式装輪155mmりゅう弾砲。通称「19WHSP(Type 19 155 mm Wheeled Howitzer Self-propelledの略)」などと呼ばれる同車は、自走砲であることやある程度の省人化、車体に取り付けられたGPSの活用などにより、既存の155mmりゅう弾砲FH70などと比べて、布陣から射撃、撤収までの一連の時間が大幅に短縮されているのが特徴です。

2023年10月現在、教育部隊に充足したのち、九州・沖縄方面を担当する西部方面隊から配備が始まっていますが、今後は北海道を除く本州以南の陸自部隊に、徐々に充足していくと考えられます。

このように全国配備が進められている19WHSPは、島嶼防衛における遠距離火力としての役割も担っています。装輪車両であるため、移動も素早く、緊急を要する場所へすぐに移動して火力を発揮できます。

とはいえ、19WHSPの射程では沖縄本島から射撃しても宮古島石垣島には届きません。正確な射程は非公開ですが、搭載する砲は99式自走155mmりゅう弾砲と同じ砲身で、砲弾や装薬も同じものが使えるとされていることから、通常弾では最大射程が30kmほど、射程延伸を目的にロケットモーターを搭載したRAP弾でも40kmほどと考えられます。

そこから推察すると、たとえば宮古島に展開しても、石垣島は狙えないのです。また、そもそも論として、離島への輸送手段が限定されることから、当該エリアに敵の侵攻が想定されても、かなり早い段階で19WHSPを移動しておかないと、有効に使える場所はあまりないでしょう。

では、海上自衛隊の艦艇に搭載し、艦砲射撃のごとく対地攻撃を行うことは可能なのでしょうか。

19WHSP搭載するならどんな船?

まずは19WHSPを搭載できる海上自衛隊の艦艇を選定しなければなりません。最も使いやすいのは、いずも型護衛艦ひゅうが型護衛艦おおすみ型輸送艦でしょう。これらの艦は、船体上面がフラットなので、19WHSPが射撃のために布陣しやすいといえます。飛行甲板や上甲板(第1甲板)などと呼ばれている広い平面スペースに4門から5門の19WHSPをズラリと並べることで、見た目的は即席の艦上戦砲隊ができあがります。

なお、他の護衛艦にも飛行甲板はありますが、これらは搭載ヘリコプターのスペースとなるので、この部分に19WHSPを乗せるワケにはいきません。もちろん、いずも型やひゅうが型にも搭載ヘリコプターがあるので、これらのヘリコプターの運用を邪魔しない位置に19WHSPを設置する必要があります。

海自側の協力のもと、いざ砲を設置したとしても、解決すべき問題は他にも多々あります。

まずは駐鋤(ちゅうじょ)と呼ばれる砲を固定する装置の設置です。FH70などの野戦砲は、射撃時に発生する大きな反動を吸収するため、駐鋤を地面に埋めます。

一方、19WHSPにも駐鋤はありますが、こちらはコンクリートアスファルトで舗装された場所、すなわち駐車場や公道上でも射撃ができるよう、埋めるのではなく面で接地するタイプのものなので、船の甲板上であっても十分に射撃は可能です。

こうして射撃準備を整えたら、今度は「命中率」の問題を解決する必要に迫られます。

艦砲射撃を行う艦艇は、海の上に浮いた状態です。たとえ排水量が大きい船であっても、常に船体は前後左右、上下斜めに動揺しています。同じ設定で射撃しても、決して同じ場所には着弾しないともいわれているため、陸上で射撃するような精密射撃を求めることは不可能でしょう。

なお、第二次世界大戦中における艦砲射撃の命中率は10%前後であったとか。つまり、100発撃って10発が命中するかしないかの世界なのです。

「下手な鉄砲も数を撃てば当たる」などと言いますが、この命中率では、あまりにも非効率だといえるでしょう。これなら、むしろミサイルなどの誘導兵器を用いた方が効率的かもしれません。

護衛艦の艦砲射撃でOKかも…

では、野砲で命中率を改善できるものはないのか。そこで登場するのが「エクスカリバー」と呼ばれる砲弾の使用です。

正式名M982「エクスカリバー」は155mm砲用の精密誘導砲弾です。弾頭部分にGPS誘導装置が取り付けられているのが特徴で、これにより半数必中界(平均誤差半径)が5mから25m程度といわれます。要は、地上を進む味方から100mほど先を狙って落とすことができるそうです。

もちろん、味方部隊の上陸は艦砲射撃が終わってから開始されるのですが、このGPS誘導榴弾砲があれば、上陸直前まで射撃し続けることができるでしょう。

このエクスカリバーの他に、「XM1156精密誘導キット」というものも、アメリカ陸軍によって開発されています。

こうしたGPS誘導砲弾を用いれば、大幅に射撃性を改善することができると考えられます。ただ、ネックは砲弾の価格です。一般的な155mmりゅう弾は、信管と弾体セットでおおよそ10万円といわれていますが、GPS誘導タイプの155mmりゅう弾だと倍以上、最低でも30万円ほど掛かるそうです。

10発撃って1発しか当たらない従来砲弾よりもコストパフォーマンス(費用対効果)は優れているといえますが、数多く用いればかなり高くつくでしょう。

19WHSPと護衛艦を組み合わせた艦上戦砲隊は、GPS誘導りゅう弾を使用すれば無理ではないことがわかりました。ただ、そこまでして野砲を用いるメリットがあるのか、加えてそもそも数少ない大型護衛艦輸送艦海上自衛隊が数日間に渡って陸自のために運用してくれるのかというと、それはかなりハードルが高そうです。

最近では陸上自衛隊も、155mmりゅう弾砲FH70による洋上目標への射撃訓練を行うようになっていますが、実戦では素直にミサイル、または護衛艦による艦砲射撃、航空機からの対地支援攻撃を使った方が現実的なのかもしれません。

鹿児島県の佐多射場で洋上目標に対する実射訓練を行う西武方面特科連隊の155mmりゅう弾砲FH70(画像:陸上自衛隊)。