国立科学博物館が実施していたクラウドファンディングが9億円を超え成功を収めました。これを受け館長も感謝を述べましたが、同時にこれ以上はやりたくないとも明言しています。手放しで喜べないワケを聞いてきました。

国内クラファン史上、最高支援額と最多支援者数を更新

東京・上野に本館を置く国立科学博物館が「資金的に大きな危機に晒されている」として行ってきたクラウドファンディングに、目標金額1億円を大きく超える総額約9億1500万円もの寄付が集まりました。支援者の数は約5.7万人。国内のクラウドファンディングにおける最高支援額と最多支援者数をいずれも更新しました。

これを受けて科博側が開いた2023年11月6日の記者会見で、篠田謙一館長はクラウドファンディングについて「非常に大成功」と評価。特に「支援者数が当初予想したよりもはるかに多い5.7万人ということで非常に感謝している」と謝意を表していました。

国立科学博物館は、1877年に創立された教育博物館を前身に持つ、日本でもっとも歴史ある博物館の一つです。土地がなかなか定まらず移転や改称を繰り返したうえ、関東大震災では建物・資料が全損するという大きな被害を受けました。復興事業として現在も使われている本館が竣工し、1931年に「東京科学博物館」として再スタートをきったものの、太平洋戦争末期には陸軍に建物が徴用(接収)され、首都防空を担う高射第1師団の司令部庁舎に転用されるなど波乱万丈の歴史を歩んでいます。

現在の名称である「国立科学博物館」になったのは戦後のこと。2001年4月からは独立行政法人として運営が行われています。

収蔵されている標本・資料の数は約500万点。動物・植物・菌類標本、生きた植物、鉱物、 化石、人骨、科学・技術史資料などと幅広く、そのうち8割ぐらいが植物や動物です。特に植物と昆虫標本は非常に保存が難しく、年間を通して温湿度をプラスマイナス何度というレベルで管理をしなければいけません。

上野の本館で展示するのは所有数のわずか1%未満

ただ、このうち上野の本館に展示しているのは、実はわずか1%未満。戦後初の国産旅客機YS-11や南極観測船「宗谷」と共に南極へ行ったシコルスキーS-58ヘリコプター零式艦上戦闘機(いわゆるゼロ戦)改造複座型のように、茨城県筑西市のザ・ヒロサワ・シティにある科博廣澤航空博物館で展示されている収蔵物もありますが、ほとんどが茨城県つくば市にある収蔵庫に保管されています。

その中には国産最古の飛行機モ式六型や、東洋工業(現:マツダ)が発売したロータリーエンジン搭載乗用車コスモスポーツ」といった貴重な工業製品も含まれています。いずれも一度壊れてしまったら2度と元に戻らないうえ、改めて収集することもできない希少性の高いものばかりです。

「博物館の一番の泣き所として、ものを捨てられない組織という点がある。集めたものを100年200年とっておくことで価値が生まれてくるため、そこは変えられないと認識している。ですから、どんどんものが増えていく」(篠田館長)

実際、収蔵される標本・資料は年間1万点ずつ増えていっているといいます。一方で国からの補助金である運営費交付金は年々減らされており、独立行政法人として入館料や外部資金といった別の収入源を増やす必要がありました。しかし、そこに新型コロナウイルスパンデミック(世界的流行)が直撃したのです。

感染症対策として休館が続き、2019年度決算では約7.5億円だった入館料収入は、翌2020年度は約1.5億円まで減少。2022年度決算では6.5億円まで持ち直したものの、同年2月にロシアウクライナへ侵攻したことでエネルギー価格が高騰します。その影響で、経常費用のうち業務費と管理費を合算した水道光熱費は2019年度決算では1.8億円でしたが、2022年度決算では3.1億円まで上昇しました。

膨大な数の標本・資料を万全のコンディションで保つには、適切な収蔵保管環境を整える必要があるものの、空調設備や標本整理など維持・管理には多額の資金が必要になります。

返礼品のための仕事はこれから

今回の記者会見で、篠田館長は「もちろんこうした活動には国がお金を出すものだから、一般の人たちの支援を受けるのはおかしいという意見もある。しかし、こちらはお金がなくて困っている状況で、死ねと言われて死ぬわけにはいかない」と述べていました。

「全国的に博物館が大変なんだということが認識され、そこに寄付しようという機運が大きくなっていると思う。そういうことができる状態を、実は私達のクラウドファンディングが作ったと考えている」(篠田館長)

一方で、ウクライナ戦争をはじめとした国際情勢の変化や働き方改革の進展に伴って、今後も光熱費や物価、人件費などが上昇し続ける傾向にあることから、クラウドファンディングが成功しても安定した経営を行えるかは不透明な状況です。支援金が9億1500万円集まったと言っても、そのうち約3億円が返礼品費や手数料に充てられ、国立科学博物館として使用できる資金は約6億円。肝心のコレクションの充実・管理に向けた資金は4.4億円です。

篠田館長は「返礼品のために、ほぼ全ての職員が3月までにかなり仕事をしなくてはいけない。それを考えると、すぐにできるようなものではない」と話しており、実はクラウドファンディングの実施は国立科学博物館に対しても大きな負担を強いると認めていました。

そのため「もうこれ以上クラウドファンディングをやるというのは、なかなか考えにくい」との認識を示しています。

また、国立科学博物館で収蔵物を一般に公開している施設は上野本館のみであり、どうしても航空機や車といった産業遺産に関しては展示するスペースが用意できず、企画展やクラファンの返礼品であるバックヤードツアーでしか見られません。

上野は建物の拡張がほぼできないため、これ以上展示を増やすことも難しいでしょう。クラウドファンディングは成立したものの、国の資金が投入されている組織として国民にどう還元していくのか。また、筑波に収蔵されている大型の標本や産業遺産などの公開の在り方をどうするのかなど、いまだ課題は山積みというのを、今回のクラファン成功で改めて実感しました。

羽田空港内の格納庫で保管されていた時のYS-11量産初号機(深水千翔撮影)。