鉄道会社が退職者を再雇用する動きを加速させています。JRなどに続き、東京メトロも募集を開始しました。対象は、育児や介護のみならず転職などの自己都合で退職した社員も含めています。なぜこのような制度を開始するに至ったのでしょうか。

企業風土を知った人間のほうが雇いやすい?

東京メトロは2023年10月1日、育児・介護のみならず転職などの自己都合で退職した社員も含め、広く再雇用の対象とする「カムバック制度」の募集を開始しました。なぜ同社は今回、このような制度の創設に至ったのでしょうか。

かくいう筆者も東京メトロを自己都合で退職した一人。筆者はお呼びではないでしょうが、制度の狙いと利点は何なのか、退職者を呼び戻さなければならない人材難なのかは気になる所です。

東京メトロに限らず、2023年に入って鉄道業界に”復職制度ブーム”が訪れています。JR東日本が1月、名古屋鉄道が4月、JR西日本が7月、南海が9月から自己都合退職者も含む再雇用の募集を開始しており、同社もこれに続いた形です。

ただその内容は各社で異なります。例えばJR西日本は従来から育児、介護などを理由とした退職者の再雇用制度が存在していましたが、今回「キャリアアップなどを目指して退職した人」も対象に含めました。一方、JR東日本は育児・介護に加えて転職者を対象とした再雇用制度で、退職時の職位・給与を前提としていたのを、退職後の経験やスキルを加味して決定する形に改めました。

世間全般では「ジョブリターン制度」は珍しいものではありません。厚生労働省の調査によれば3割以上の企業がこうした採用を行っているそうです。企業からすれば能力や人柄を把握済み、退職者からすれば「企業風土や業務内容」を理解しているためミスマッチが起こりにくく、即戦力となるメリットがあるからです。

さて本題の東京メトロです。JR西日本と同様、もともとライフステージに応じた就労機会の提供を目的に、育児・介護等を理由とした退職者の再雇用制度があり、これまでに「若干名」の採用実績があったそうです。今後は対象者を拡大し、採用人数を増やしていくわけですが、では「人手不足」なのかと聞くと、「現時点では、事業運営に支障をきたすような人手不足が生じているわけではありません」とのこと。

これから鉄道会社が「確保したい」人材とは

将来的には少子化の影響で、現在と同水準の量と質を保った採用は困難になると予想されます。一方で「業務の省力化」も進むことから、まだ何とも言えないところ。採用する職種は総合職(事務系、技術系)、エキスパート職(運輸部門、技術部門、事務職)と広範で、ボリューム的にはエキスパート職がメインになると想定されますが、とりあえず現時点では人手が足りないということではないようです。

同社は今後も新卒採用、社会人採用(中途採用)を基本としつつ、人材の多様化による組織の活性化、即戦力となる人材の確保を図るために、「社外での経験を社内に還元していただける方、即戦力として過去の在籍時に身につけたスキルを活かして活躍していただける方」も採用していくと説明します。

そうなると会社として期待するのは経営の中心となる「総合職」の確保でしょう。実際、採用ホームページを見ると、「総合職デジタル系」の応募に必要な実務経験の事例として「プログラミング言語を用いたデータ処理やモデル開発」「ノーコード/ローコードを含めたアプリ開発」「その他デジタル技術を活用した研究等」などを挙げています。

背景には鉄道事業者の経営環境の変化があります。これまでの事業の中心である鉄道事業は、コロナ禍以降の利用減少や将来的な人口減少などで相対的な地位が下がっていきます。今後はITやデジタルなど新たな技術を組み合わせることで「サービスの質的向上」や「新たな収益源の開拓」を進める必要がありますが、こうした人材を社内で育成するのは時間がかかるので、在籍経験のある人材を採用できるなら大歓迎です。

ただ懸念もあります。東京メトロの総合職は離職率が低いですが、筆者の経験上、離職者は「夢を追ってキャリアアップする人間」と、「会社が肌に合わず離れていく人間」に二分されます(筆者はもちろん後者です)。そうなると夢を叶えた人、会社に合わなかった人のどちらも戻って来ないかもしれません。

制度の成否は、単に採用者が出るだけでなく、こうした領域に貢献できる総合職を呼び戻せるかどうかにかかっているでしょう。そんな人に取材できる日を楽しみにしています。

東京メトロの電車(画像:写真AC)。