「社員に仕事を教えるのが苦手」「人を育てるのが苦手」といった悩みを持つ中小企業の経営者は少なくありません。中小企業が人材育成でつまずいてしまうのには、どのような原因があるのでしょうか。本記事では、人材育成に失敗する理由とともに育成のポイントについて、仕組み経営株式会社の取締役・清水直樹氏が解説します。

「人を育てる」とは?

人を育てるのに失敗する原因

人を育てる仕組みを作る前に、注意すべき点をいくつかご紹介します。

OJT」という名の現場放置

多くの日本の中小企業ではOJTが用いられています。もともとチャールズ・R・アレンという人が開発した4段階職業指導法がもとになっているといわれていますが、正しくOJTが行えている会社は意外と少ないのが現実です。

まずは、OJTの正しい内容を見てみましょう。

①新人を配置

彼らが仕事に関し、事前に何かを知っているかどうかを調べること。彼らに学習に対する興味を持たせること。適切な持ち場を与えること。

②作業をして見せる

注意深く、根気よく、説明し、見せ、図示し、そして質問する。キーポイントを強調すること。一度に1点ずつ、はっきりと完全に教えること、しかし彼らがマスターできる限度を超えてはいけない。

③効果を確認する

彼ら自身に仕事をやらせてみる。彼らに説明させながらやらせること、彼らにキーポイントを説明させて示させてみること。質問し、正解をたずねること。彼らが理解したと判断できるまで、続けること。

④フォローする

彼らに、彼ら自身が必要なときにだれに質問したらよいかの相手を判断させる。頻繁にチェックすること。積極的に質問するよう促すこと。彼ら自身に、その進歩に応じたキーポイントを見つけさせること。特別指導や直接のフォローアップを段々減らしていくこと

いかがですか? あなたの会社ではここまでのOJTができていますか? OJTという大義名分のもとで新人社員が現場放置されていないか、あらためて確認してみましょう。

行き当たりばったりの外部研修

「人を育てるのが苦手だから」と、外部研修に依存していないでしょうか? 詳しくは後述しますが、中小企業の研修は可能な限り内製化することをお勧めします。計画や目的がないまま外部研修に参加しても。お金と時間の無駄遣いとなってしまいます。

指導者依存

これも中小企業ではありがちなのですが、体系的に人を育てる仕組みがないために、どうしても配属先の上司の「人を育てる能力」や「気持ち」に依存してしまうことがあります。

「仕組み経営」の考え方では、「その人が活躍できるかどうかをその人のせいにしてはならない」という原則があります。その人が活躍できるかどうか、育つかどうかは、会社がどれだけの環境を用意できるかに依存しているのです。

一時的な教育

入社時にビジネスマナー的な研修を行っただけで、その後は業務をしているという会社も多いのではないでしょうか?

今のように技術や環境の変化が激しい時代には、組織図上で言う「上の人たち」ほど勉強すべきです。新しい組織論や働き方に上層部がついていけないような会社では、若い人たちの目には魅力的に映りません。

実務との一貫性欠如

社長が「自分が受けてみてよかったから」「世間で流行っているから」という理由で、社員に「よさそうなもの」を次々に与えていませんか?

このような教育方法では、実務との一貫性が欠如しがちです。人を育てる教育は、会社の理念と長期目標に沿ったものであり、かつ評価制度やキャリアパスと整合性があるものでなくては意味がありません。

人が育つ会社を創るポイント

続いて、人が育つ会社を創るポイントを解説します。

教育(人を育てること)と評価制度、キャリアパスは連携させる

教育と評価制度、キャリアパスは連携させる必要があります。

つまり「会社としてはこういうキャリアパスを用意しています。各役職になるために評価されるポイントはこのような点です。それを学ぶためにこのような教育を受けることができます」というメッセージを社員に伝えることが大切なのです。

この一貫性がないと「なんでそんな教育や研修を受けなきゃいけないの?」となってしまいます。「学び、成長することが自分にとってのキャリアアップにもつながり(内面的動機)、給与にもつながる(外面的動機)」というイメージを持ってもらうことが重要です。

教育は内製化する

中小企業ほど教育は内製化すべきです。「リソースが不足しがちな中小企業ほど外部研修を利用すべきでは?」と思うかも知れませんが、これには次のような理由があるのです。

理由① 優秀な人材の定義が会社ごとに異なる

私たちは簡単に「優秀な人材」という言葉を使ってしまいますが、実はこの定義は各社ごとに違うのです。A社で活躍できる人でも、B社では活躍できないというケースがあります。それは、会社ごとに求められる価値観や能力が異なるからです。A社では評価される行動や仕事のやり方がB社では通用しないというのはよくあることです。

ですから、本来は「うちの研修に来てくれれば、優秀な人材に育て上げます」とは言えないはずです。

あなたの会社にとって優秀な人材とは、「自社の理念に共感し、価値観を共有していて、自社の仕組みに沿って上手く働ける人」を指しています。理念も価値観も仕組みも各社ごとに違うわけですから、画一的な研修や教育では優秀な人材は育たないのです。

理由② リーダークラスは経験を通して育てるしかない

これは特にリーダークラスに当てはまる話なのですが、日本のキャリア研究の第一人者である金井壽宏氏によれば「人が育つのは経験を通じてが7割、研修による影響は1割」なのだそうです。

ですから、自社で人を育てる仕組みをつくりながら、業務の経験を積ませるというやり方が人を育てる近道と言えます。

理由③ 人を育てる文化と人が育つ

教育を内製化する大きなメリットがこれです。教育を外部に任せていると、いつまでたっても人を育てる文化が形成されません。もちろん教えられる人も育ちませんから、長期的にはコストパフォーマンスが悪いわけです。

人材育成を内製化すると、「後輩を育てよう」という文化が社内に生まれます。さらに育てる人も育つため、人が育つ土壌ができ、よりよい職場環境を生み出します。

このように、あなたの理念に根差したいい会社を創ろうと思ったら、教育の内製化がお勧めです。

マニュアルを教育のテキストにする

人を育てるためにもマニュアルがあるといいでしょう。

マニュアルは作業のステップを書いたもの、とだけ思われがちですが、そうではありません。正しく作られたマニュアルには自社の理念に沿った働き方が詰まっています。それをテキストにして教えることで、教え方が標準化できるのです。

自社の理念に合わせた働き方が書いてあるマニュアルがあること、そしてそれに基づいて教えること。成功している会社や世の中に広がっている会社は、漏れなくこれをやっています。ぜひあなたの会社でも実践してみてください。

社内育成はマネージャーが鍵

LinkedInが2019年に行った調査によると、従業員の94%が「雇用主が自分の能力開発に投資してくれるなら、その会社で働き続けたい」と答えています。

ところが、コロナ禍に伴うリモートワークの普及は社員教育を複雑化させ、一部の企業はテクノロジーによってこの問題を解決しようとしています。

そして、もう1つの解決策がマネージャーの関与です。チームメンバーに必要なスキルを正しく認識し、その教育計画の策定時に有益なフィードバックや指導を提供できる、優れたマネージャーを置くことが重要になります。

多忙で過労状態のチームメンバーに新しいことを学ぶように促すのは難しいのですが、マネージャーがチームメンバーをカバーすることで、彼らが学習するための時間を確保することができます。

また、マネージャーは参加者が学んだことを他の人と共有するように導き、学んだことを応用できるように支援することも必要です。

経営者が市場の大きな変化に取り組んでいるなか、従業員育成の責任は人事や研修チームだけが担うわけではありません。マネージャーは、従業員のモチベーションや関係性の強化を促進する、鍵となる立場にあります。

だからこそ、企業はマネージャーをバックアップするための仕組みとツールを提供する必要があるわけです。

人を育てる仕組みを作る

では最後に、実際に人を育てる仕組みを作っていきましょう。

ステップ1.各役職に求められる能力を明確にしよう

筆者はビジネスは終わり(目的地)から始める、という原則を推奨しています。この原則を人を育てる際にも活用しましょう。つまりどんな人を育てたいのか? を明確にするのです。

ここでのお勧めは、スキルマップを作ることです。スキルマップは、その業務を遂行するのに必要な能力をまとめた表です。スキルマップがあることで、この職務に就く人にはこういうことを教えればいいんだな、ということが見えてきます。逆にスキルマップがなければ、なにを教えればいいんだっけ?ということになりますので、ぜひ作ってみてください。

ステップ2.カリキュラムを設計しよう

次にカリキュラムを設計しましょう。ここでは学校をイメージするといいと思います。学校では1年目にこれ、2年目にこれ、というように教える内容が決まってますね。それと同じように最初の半年ではこれ、次の半年でこれ、という感じで設計していきます。

ここでは、先ほどのスキルマップが教える内容の指針になりますが、もうひとつ重要な内容があります。

それは自社の理念や価値観、歴史、文化等、あなたの会社で働く人全員が知っておくべき、共有しておくべき内容です。上述のスキルマップには出てきませんが、あなたの会社で働くうえでは非常に大切な項目です。

これらの項目もカリキュラムの中にいれて、全員が漏れなく理解、共有できるようにしていきましょう。

ステップ3.学習方式とリソースを設計する

次に学習方式とリソースです。学習方式とは、OJTなのか、座学なのか、自習なのか、なにか課題を出すのか?といったような学び方のことです。リソースとは、教えるために必要なテキストや動画等です。リソースについては後述します。

いま、学習方式にはさまざまなやり方がありますね。私たちの場合には、知識を学ぶことに関してはEラーニングで自習できるようにして、チームワークや何か実践を伴う場合にのみ集合型でワークショップなどをやるようにしています。

理想なのは、なるべく社員の人が自習できるようにすることです。そして、教える側の上司や先輩の人は自習した結果についてフィードバックを与えるメンター役やコーチ役になることです。

清水 直樹

仕組み経営株式会社

代表取締役

(※写真はイメージです/PIXTA)