総務省の有識者会議は11月6日大企業資本金を1億円以下に減らすことで「節税」しようとするケースが増えていることを踏まえ、制度の改正が必要との見解で一致しました。11月中に提言をまとめ、総務大臣に提出される見込みです。「減資による節税」とはどういうものか。現状どのような問題があるのか。会社法と租税法に詳しい弁護士・荒川香遥氏(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)が解説します。

「中小企業」が受けられる税制優遇

法人税法では、中小企業(中小法人)の要件について「資本金の額等が1億円以下」と定義しています。中小企業に該当すると、法人税の税率が低くなるなど、様々な税制優遇を受けることができます。

主なものを紹介すると、[図表]の通りです。なお、租税特別措置については、過去3年間の課税所得の平均が15億円以下であることが要求されています。

資本金制度は「形骸化」している

総務省の有識者会議が、法改正を提言した背景には、資本金制度が形骸化していることがあります。どういうことか、説明します。

資本金とは

まず、資本金とは何か、説明しておきます。資本金とは、もともと、株主が株式の発行と引き換えに払い込んだ額をさします。しかし、講学上は「会社の財産を確保するための基準となる一定の数額」をいいます。つまり、株主が出資した金額とイコールではないのです。

資本金の役割は何かというと、「会社債権者の保護」にあります。つまり、会社が倒産した場合でも、最低限その金額が会社にキープされていて、債権者がそこから債権を回収できるだろうと期待できるということです。

ただし、資本金が会社に現金としてキープされるのかというと、そうではありません。そもそも、株主から出資されたお金は、会社の事業資金として活用されます。たとえば、土地建物といった事業用資産に形を変えたり、運転資金として使われたりしています。あくまでも、資本金は「目安」であり、観念的なものです。

このように、法的には、株主が出資した金額と資本金とは、区別して扱われ、しかも資本金は観念的な存在です。

資本金はなぜ形骸化したか

この資本金の制度は、今日では形骸化してきています。その背景には、2005年に行われた現行の「会社法」の制定(2006年5月施行)があります。もともと商法の一部だったものを新しい法律として独立させ、全面的に作り直したのです。

それ以前の商法の「会社」に関する規定は、明治時代に制定されたものであり、取引社会の実情にそぐわなくなっていました。特に、大規模な公開会社を想定した規定が多く、日本の会社の90%超を中小企業・同族企業が占める実態に合わなくなっていたのです。

会社法の制定前は、「最低資本金制度」というものがありました。株式会社は1,000万円以上、有限会社300万円以上でなければなりませんでした。しかし、これが起業の妨げになっているという実態がありました。そこで、会社法では、資本金は1円でも可能ということになったのです。これによって、資本金の制度は事実上、形骸化することになりました。

なお、会社が株主から出資を受けた額のうち2分の1未満の額については「資本準備金」として資本金に計上しなくてもよいことになっています。たとえば、出資の総額が1,000万円だった場合、500万1円まで資本金に計上すればよいということです。資本準備金は株主への配当に充てることもできます。

資本制度の形骸化は、取引社会の実情に整合したものといえます。

すなわち、取引社会においてはそもそも、事実上、資本金の額はあまり重視されません。会社と取引する相手方(債権者)からみても、重要視するのは、経営状況が良好かどうか、きちんとした担保を提供してもらえるか、といったことです。

ましてや、会社法で「1円起業」が認められたことによって、資本金の制度はいっそう形骸化してきているのです。

大企業が続々と「中小企業」への転換をはかるようになったワケ

ところが、法人税法では、現在でも、税制優遇の対象となる中小法人の定義を「資本金等の額が1億円以下」としています。そこで、大企業が税負担を軽減するために「資本金1億円以下」に減らそうという動きが出ているのです。

では、資本金を減らす「減資」がそんなに簡単なのかというと、これが、かなり簡単にできてしまうのです。

ここでは、減資した分の金額について既存の株主への配当を行わない「無償減資」について解説します。

無償減資は、減資した分の金額を前述した「資本準備金」や「利益剰余金」に振り替えることをいいます。大企業の場合、1億円以下に減資しようとすれば主に「利益準備金」に振り替えることになります。

減資の手続きは大きく分けて以下の2つです。

・社内:株主総会の特別決議

・対債権者:債権者保護手続

減資を行うには、まず、「株主総会」で、議決権の過半数を有する株主が出席して、出席株主の議決権の3分の2の賛成を得る必要があります(特別決議)。

また、それに加えて「債権者保護手続」を行う必要があります。これは、資本金の制度が前述のように、会社の債権者の保護を目的とする制度だからです。債権者手続きは、官報等で減資を行う旨の公告をした上、個別の債権者に「催告」を行います。ただし、この「催告」は、あらかじめ定めておけば、新聞広告、公式HPで告知すればよいことになっています。

「催告」は、1ヵ月以上の期間を定め、もし減資に異議があるならばその間に申し出るように求めるものです。そして、期間内に異議の申し出があれば、減資がその債権者を害するおそれがないときを除いて、会社は異議を申し出た債権者に対し、以下のいずれかを行う必要があります。

【異議を申し出た債権者に対する措置】

・債務を弁済する

・相当の担保を提供する

・異議を申し出た債権者に弁済を受けさせることを目的として信託会社等(信託会社、信託業務を営む金融機関)に相当の財産を信託する

この手続きの流れだけをみると、一見、減資の要件が厳しいようにも感じられます。しかし、実際には、大企業にとってはいずれの手続きもクリアするのはそれほど困難ではありません。

まず、税負担の軽減は株主の利益になるので、株主総会の特別決議を得ることは容易です。

また、債権者保護手続きについても、そもそも資本金の制度自体が形骸化していることや、債権者にとって経営基盤が強固な大企業と取引を取りやめるメリットが乏しいことから、異議は出にくいと考えられます。もし異議の申し立てがあっとしても、債務の弁済等をすればよいだけです。

このように、大企業にとっては事実上、減資はそれほど難しくありません。これを利用して大企業が敢えて「中小企業」になり、税制優遇を受けることが容易にできてしまう実態があるということです。

「資本金」ではなく「資本金+剰余金」で判断する方向へ

総務省の有識者会議は、この実態をとらえて、中小企業の要件について見直しをすべきとしています。形骸化が進んでいる「資本金」の額を基準とするのではなく、会社の資産規模や利益状況を基準とする方向性です。

たとえば、資本金だけでなく、資本金と「剰余金」の合計で判断する方向性が考えられます。剰余金のなかでも「利益剰余金」が資本金より大きく上回り億単位になる会社を「中小企業」というのは、社会通念とも整合しません。

法人税法の現行の「中小企業」の基準については、以前から学者や実務家から指摘されてきていたことであり、いわゆる「法律の穴」の一つといえます。今後、どのように改正されることになるのか、議論の成り行きを見守る必要があります。

荒川 香遥

弁護士法人ダーウィン法律事務所 代表

弁護士

(※画像はイメージです/PIXTA)