心臓が脳を失神させています。

米国のカリフォルニア大学(UC)で行われた研究により、心臓と脳の間に存在する特定の神経線維が脳に失神の信号を伝えていることが示されました。

この神経線維の受信先を活性化させることで、自由に動き回っていたマウスたちは突然倒れ、7~8秒間にわたり静止状態に入りました。

脳は司令塔としての役割を行うとばかり考えられていましたが、今回の研究では心臓からの信号が脳の活動を制御し、失神という重大な反応を引き起こしていることが明らかになりました。

失神を引き起こす神経回路の詳細を遺伝学的な手法で特定したのは、今回の研究がはじめてとなります。

研究内容の詳細は2023年11月1日『Nature』にて「迷走神経感覚ニューロンはベゾルト・ヤーリッシュ反射を媒介し失神を誘発する(Vagal sensory neurons mediate the Bezold–Jarisch reflex and induce syncope)」とのタイトルで掲載されました。

目次

  • 失神の仕組みは謎に包まれていた
  • 活性化によってマウスが突然失神した

失神の仕組みは謎に包まれていた

失神の仕組みは謎に包まれていた
Credit:Generated by OpenAI’s DALL·E,ナゾロジー編集部

失神は、約 40% の人が一生に少なくとも1回は経験すると言われています。

失神の原因は、脳震盪のような物理的衝撃によるものだけでなく、内臓と脳を結ぶ神経の過活動による「神経反射」と呼ばれるものなど、多岐に及んでいます。

前者の脳震盪の場合、物理的衝撃によって神経接続が一時的に途切れてしまうことが原因だと考えられています。

一方後者の神経反射については、1876年に心臓から脳に伸びる神経の刺激によって誘発され、心拍数・血圧・呼吸数の減少という失神の代表的な症状が発生することが報告されています。

(※この反応はベゾルト・ヤーリッシュ反射として知られています)

私たちの脳は各地の内臓と神経をつなげることで、内臓に異常があるかを常に監視しています。

しかし何らかの原因でこの神経が異常に活性化されると、脳に強い信号が伝達され、結果として失神してしまうことがあります。

警備システムに例えるならば、センサーに強い電流が発生し、警備システム本体がシャットダウンしてしまうしてしまう現象と言えるでしょう。

映画やドラマなどでは、精神的ショックを受けた貴婦人が倒れ込むシーンがしばしば描かれますが、これは実際、神経反射が原因で起きる可能性があるのです。

しかし現在のところ、具体的にどこのどんな神経線維が失神の信号を脳に届けているかは、ほとんどわかっていませんでした。

センサーと警備システム本体のつながりが原因なのはわかっていても、具体的にどの色の電線が失神を伝えているかが判っていなかったのです。

そこで今回カリフォルニア大学の研究者たちは、失神の仕組みを解明すべく、心臓と脳を結ぶ神経を調べることにしました。

すると血管収縮に関連する遺伝子(NPY2R)を発現させている神経線維が、心臓の心室から脳幹の小さな領域(後領域)に向けて伸びていることが判明します。

ただこの段階では、神経線維がどんな役割を持つかは明らかではありませんでした。

そこで研究者たちは、神経線維の接続先となる脳領域を活性化させ、何が起こるかを確かめることにしました。

活性化によってマウスが突然失神した

活性化によってマウスが突然失神した
Credit:Jonathan W. Lovelace et al . Vagal sensory neurons mediate the Bezold–Jarisch reflex and induce syncope . Nature (2023)

調査にあたってはまず、マウスの脳細胞が光で活性化するように遺伝子操作を行い、神経線維の接続先である脳幹の後領域部分に光ファイバーを刺し込み、光を照射してみました。

すると驚いたこと、それまで元気に動き回っていたマウスが突然倒れて動かなくなってしまいました。

(※マウスの活動停止期間は7~8秒ほど続きました)

またこのときのマウスの身体データを調べると、心拍数が低下するか完全に停止し、人間の失神にみられるように瞳孔の拡張と眼球の回転がみられました。

人間の失神にみられるように瞳孔の拡張と眼球の回転がみられました。
Credit:Jonathan W. Lovelace et al . Vagal sensory neurons mediate the Bezold–Jarisch reflex and induce syncope . Nature (2023)

このときマウスの脳の神経活動が顕著に低下し、血圧・呼吸数・脳への血流も大幅に減少していることが判明します。

そして外科的手術によってこの神経線維のみを切除すると、失神を誘発させる化学物質を投与しても、マウスは失神しなくなっていることがわかりました。

さらに新たに発見された神経回路が、心臓以外の臓器から信号を受け取っているかを調べたところ、その可能性がほとんどないことが判明します。

そのため研究者たちは「この神経線維が失神を引き起こすベゾルト・ヤーリッシュ反射に必須であることを示している」と結論しました。

失神を引き起こす神経線維を遺伝学的な方法で特定したのは、今回の研究が世界ではじめてとなります。

これまで私たちは脳の司令塔としての役割を強調していましたが、今回の研究では心臓が脳に対してシャットダウンの命令を送っている実態が明らかになりました。

また興味深いことに、この神経線維の接続先である脳幹の後部領域は、他の脳とは異なり血液脳関門によるバリアなしに、血液と接することが可能です。

つまりこの脳領域に作用する化学物質を開発することができれば、血中に注射するだけで、失神を起こりにくくする薬となる可能性があるのです。

失神は体の防衛反応の一種であると考えられていますが、一部の人では失神が常態化し、日常生活を送るのが困難になっています。

そのような人々にとって、失神を防止する薬は非常に有用になるでしょう。

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参考文献

What happens when we pass out? Researchers ID new brain and heart connections https://www.eurekalert.org/news-releases/1006668

元論文

Vagal sensory neurons mediate the Bezold–Jarisch reflex and induce syncope https://www.nature.com/articles/s41586-023-06680-7
心臓が脳に「失神」の命令を出していた!信号を送る神経回路を特定