長い間デフレに悩まされていた日本ですが、2023年に約41年ぶりのインフレとなり、新たな問題に頭を抱えています。本記事では、元IMF(国際通貨基金)エコノミスト東京都立大学経済経営学部教授の宮本弘曉氏による著書『一人負けニッポンの勝機 世界インフレと日本の未来』(ウェッジ社)から、日本のインフレの実態について解説します。

約41年ぶりにインフレとなった日本

消費者物価指数の数字を見てみましょう。

2023年6月の消費者物価指数(2020年=100)のうち、すべての対象商品によって算出される「総合指数」は105.2で前年同月比は3.3%の上昇でした。約41年ぶりの高さとなった1月の物価上昇率4.3%よりは、政府による電気、ガス料金の補助金効果により伸び率は鈍化したものの、依然として高水準となっています。

「総合指数」には、天候に左右され変動の大きい「生鮮食品」が含まれます。そこで、物価変動の基調を知るためには、生鮮食品を除く総合指数が良く用いられます。生鮮食品を除く総合指数は「コア指数」と呼ばれます。

また、ガソリンや電気代などのエネルギーは海外要因で変動する原油価格の影響を受けます。そこで、生鮮食品とエネルギーの両方を除いた指数も物価の基調を見る際に使用されます。

2023年6月の生鮮食品を除く総合指数は105.0で、前年同月比で3.3%上昇しました。また、生鮮食品とエネルギーを除いた総合指数は4.2%上昇しました。これは、消費税導入の影響を除くと、1981年9月以来41年6か月ぶりの伸び率です。

日本では長年、物価が上がりませんでしたが、2022年春頃から物価が徐々に上がってきています。

消費者物価指数から解き明かされるインフレ

図表1は消費者物価指数の上昇率の推移を見たものです。

物価の基調を表す生鮮食品を除く総合指数の上昇率を見ると、2022年4月に2.1%に上昇し、日本銀行ターゲットとする2%を超えました。インフレ率が2%を超えるのは消費増税の影響を除けば、約14年ぶりのことでした。

インフレ率はその後も上昇し続け、2022年9月には3%となり、2022年12月には4%となりました。

日用品の値上がりも目立っています。生鮮食品を除く食料品の上昇率は2023年6月に9.2%となんと約47年ぶりの高水準となっています。食品メーカーが相次ぎ実施した値上げが店頭価格に反映されています。料理に欠かせない食品は値上がりをしたからといって、急に消費を減らすことはできず、消費者に深刻な影響を与えています。

次に、モノとサービスを分けてそれぞれのインフレ率を見ておきましょう。消費者物価指数は582品目の値段から計算されますが、そのうち、財は442品目、サービスは140品目となっています。ただし、財とサービスの物価への影響度合いであるウエイトはほぼ同じです(図表2)。

財の価格は、2021年春頃から上昇傾向にあります。2021年5月の財の物価上昇率(前年同月比)は0.2%でしたが、2022年3月には5%に達し、2023年1月には7.2%まで上昇しました。

その後、上昇のペースは鈍化しましたが、2023年6月の上昇率は4.9%と依然高い水準となっています。

一方、サービスの価格の上昇率は、携帯電話料金の値下げが大きく影響し、2021年春からはマイナスとなっていましたが、2022年8月にプラスに転じ、2023年6月には1.6%になりました。ただし、財の価格上昇率に比べると、サービスの価格上昇率は大分低い水準にあります。

原因は新型コロナウイルス

このような背景には、新型コロナウイルス感染症拡大の影響があります。コロナ禍前の2017年から2019年までの3年間、財とサービスの価格上昇率は平均でそれぞれ1.1%と0.2%でした。

つまり、この時期でも、サービスより財の価格上昇率の方が高い状態でしたが、それでもサービス価格の上昇率はプラスでした。しかし、2022年春頃からは、財の価格上昇率はプラスが続く一方で、サービス価格の上昇率はマイナスになりました。

これは、2020年春から2022年春にかけて、緊急事態宣言まん延防止等重点措置といった行動制限が断続的に措置されたため、サービス需要が低迷した一方で、財への需要は在宅時間の長期化もあり拡大したことが原因と考えられます。

企業物価指数の動き

次に、企業間で取引するモノの価格動向を示す「企業物価指数」の動きを確認しましょう。

図表3をご覧ください。これは、企業物価指数の推移を示したものです。企業物価指数は、日本銀行が毎月公表しているもので、国内の企業間取引における商品の価格変動を指数化した国内企業物価指数のほか、輸出品の価格を対象とした輸出物価指数、輸入品の価格を対象とした輸入物価指数があります。

国内企業物価指数は、2020年平均を100とした場合、2021年には104.6、2022年には114.7となっています。2023年6月には119.0と、過去最高だった2023年4月から横ばいとなっています。

前年比で上昇率を見ると、2021年は4.6%だったのに対し、2022年には9.7%へと大きく上昇し、その後も、高水準で推移しています。年間ベースの伸びは、比較可能な1981年以来で最高の水準に達しています。

次に、輸入物価指数を見ましょう。輸入物価指数は、輸入品が日本に入着する段階の価格を調査したものです。海外の市況の影響を受けるので、変動が激しくなる傾向にあります。

また、輸入契約は外貨建てで行われることが多いため、為替要因によっても大きく変動することがあります。そのため、輸入物価指数には、外貨建ての契約額を円換算した円ベースと、契約通貨ベースの2種類が公表されています。

輸入物価指数(2020年平均=100)は、円ベースで2021年に121.6、2022年に169.1と上昇し、契約通貨ベースでは2021年に118.7、2022年に144.0となっています。2022年の上昇率(前年比)を見ると、円ベースは39.0%と、ドルなど契約通貨ベースの21.3%を大きく上回っており、輸入物価の上昇の約半分が円安要因ということがわかります。

2023年6月の円ベースの輸入物価指数は157.9で、前年同月比でマイナス11.3%となっています。上昇率は、2022年7月に49.2%でピークを迎え、その後もしばらくは高水準を維持していましたが、2023年4月からマイナスに転じています。

品目別に2022年(平均)の上昇率を見ると、電力・都市ガス・水道が36.0%、鉱山物が27.3%と、全体を押し上げていることがわかります。

また、為替や資源価格の影響を受けやすい鉄鋼は26.7%、石油・石炭製品は18.0%と高い伸びを示しています。一方で、飲食料品は5.6%、繊維製品は4.0%上昇するなど、消費者に近い川下でも値上げが広がっています。

輸入物価の上昇を主因としたサプライチェーンの川上の上昇が、川中、川下へと転嫁されているといえます。ただし、足元では、国際商品価格の下落や円安進行の一服を背景に、川上に近い商品では価格が下落に転じています。

企業側も値上げはやむを得ない

企業は膨らんだコストを販売価格に転嫁できない場合、その収益が圧迫されます。これまで日本企業は、薄い利益率で耐えてきましたが、コスト削減努力だけでは吸収しきれない状況におかれています。

値上げは消費者にとって痛いものですが、値上げができないと企業にとっては大きな打撃となります。価格転嫁がうまくできてこなかったことが日本の問題のひとつです。

日本企業が値上げをしないのは、景気が改善しても賃金が上がらず、消費者が値上げを受け入れないという考え方が根強いためです。しかし、現在では価格転嫁が進んでいることを示すデータもあります。

帝国データバンクによると、2022年には食品の主要メーカーだけでも2万品目以上の食品が値上げされています。これは、日本の経済にとって重要なポイントであり、価格転嫁が今後も進んでいくかどうかによって、企業の収益性や消費者の生活に大きな影響を与えると考えられます。

国民の8割強「物価上昇は困ったこと」

こうした中、消費者も物価が上がっていることを実感し、さらに、今後も物価上昇が続くと予想しています。日本銀行の「生活意識に関するアンケート調査」は、国民の現在の物価に対する実感を調査しています(図表4)。

2023年6月の調査では、1年前と比べて物価が上がった(「かなり上がった」と「少し上がった」の合計)と答えた人の割合がなんと95.5%となっています。

これは、過去最高だった2008年9月の94.6%をさらに上回る驚くべき数字です。物価が上がったと回答した人のうち、86%が「物価上昇はどちらかと言えば困ったこと」だと答えています。

これは、企業で価格転嫁の動きが続き、食料品や日用品などの幅広い品目で値上げが相次いだことが影響していると考えられます。人々は、1年前に比べて、現在の物価は15%程度、上がったと実感しています。

消費者の86%が「物価は上昇し続ける」と予想

また、同調査では、1年後の物価の予想についても聞いています。「1年後の物価は、現在と比べるとどうなると思いますか」という質問に対しては、上がる(「かなり上がる」と「少し上がる」の合計)との回答割合が86%となっています。8割を超える個人が1年後にもさらに物価が上昇すると見ているのは、近年ない動きです。

1年後の物価が今と比べて何%程度変化するか具体的な数値を聞いたところ、平均値は10.5%上昇と過去最高だった2023年3月調査の11.1%上昇よりも若干低下したものの依然として高い数字となっています。

内閣府の「消費動向調査」(2023年2月実施調査)でも、消費者が予想する1年後の物価は、上昇率が「5%以上」と回答した人が66.8%と、遡れる2004年4月以降で過去最高となるなど、多くの人が物価の上昇が続くと見ています。

宮本 弘曉

東京都立大学経済経営学部

教授

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