朝井リョウによる同名小説を監督・岸善幸、脚本・港岳彦で映画化した『正欲』で、初共演を果たした稲垣吾郎新垣結衣。自身の正義を疑わない男性、深い孤独を抱く女性のもがきを体現し、観客にあらゆる問いを投げかける力強い映画を完成させている。劇中で新鮮な表情を見せた2人が、共演の感想や、パブリックイメージとの向き合い方について語り合った。

【写真】映画初共演! 稲垣吾郎&新垣結衣、撮り下ろし全身ショット

◆「すべてが崩れたように感じても、それを新たに上書きしていくのが人生」(稲垣)

――家庭環境、性的指向、容姿などさまざまな背景を持つ人々の人生が、ある事件をきっかけに交差していく群像劇となる本作。稲垣さんは、息子が不登校になった検事・寺井啓喜役。新垣さんは、とある性的指向を隠して生きる桐生夏月を演じました。オファーを受けた時の感想を教えてください。

稲垣:まず、この原作を映像化するんだという驚きがありました。朝井さんの作品は、いつもいろいろな物語が交差していく様子を見事に描いていてすごいなと感心していて。この群像劇をどのように映像化するんだろうという驚きもありつつ、演じるにはそれなりの覚悟を必要とする作品ではあるけれど、ぜひチャレンジしたいなという気持ちでお受けしました。

新垣:初めに企画書とプロットを読ませていただいた時点で、とても心惹かれるものがありました。その後、原作も読ませていただき、自分自身が世の中に対して漠然と感じていたものを可視化してもらったような気がしました。稲垣さんがおっしゃったように映像化するには難しい部分もたくさんあるだろうなと思いつつ、「今、これを映画として作ることはとても意味のあることだな」と感じました。岸監督とも話し合いを重ねて、同じ方向を向いて挑むことができるという意思疎通ができたので「ぜひお願いします」という気持ちでお受けさせていただきました

――岸監督とのディスカッションで、演じる上で糧となったものとはどのようなものでしょうか。

稲垣:マイノリティ、マジョリティと分けるのはおかしいですが、どちらかと言うと僕が演じたのはマジョリティに見える男で。映画を観ていただく方にとっても、最初は大多数の方が啓喜の目線で物事を見ながらも、だんだんそれが揺れ動いていく…というストーリーになっているんですね。チラシなどにも「価値観を揺るがす」という言葉があったんですが、啓喜はまさにその役割を担うキャラクター。岸監督とはそのグラデーションについて細かく相談していました。あえて普通を演じる、ということも大切だったように思います。

――啓喜は声を荒げるような場面もあり、こうして目の前にいらっしゃる穏やかな稲垣さんとはかけ離れた存在にも感じます。

稲垣:ただお芝居では、人を翻弄する役や、特殊な個性があるような役がこれまでは多かったんですよね。そういった意味でも、自分の中では「新しいな」という感じもありました。正論が揺らいでいく啓喜から、僕自身も気付かされることがたくさんあって。年齢を重ねていくと、正義や幸せの定義など、自分の中で決めたルールに凝り固まってしまう部分もありますよね。それってとても危険なことだなと思って。自分の築き上げたものや幸せだと思っていたものが崩れていく啓喜を見ていると、たとえすべてが崩れたように感じても、それを新たに上書きしていくのが人生なのかなという気付きもありました。

◆「稲垣さんはものすごくサービス精神旺盛な方」


――新垣さんも、ディスカッションの多い現場だったと感じていますか。

新垣:そう思います。まず夏月が抱えているとある指向に関しては、私やスタッフさんも何か参考になるものがないかといろいろと調べてみたりはしたんですが、具体的に参考になるものはなくて。そういった指向の中でも、またそれぞれ人によって違うものを持っているものなので、「今回の映画ではどのように描くか」ということを一つ一つ相談しながら決めていきました。手探りの作業ではありましたが、そういった共通認識を持つことがとても大切なことでした。

――深い孤独を抱えている夏月を演じる新垣さんの表情は、これまでに見たことのないようなものでとても新鮮な驚きがありました。

稲垣:本当にそう思います。映画を観た方、皆さんがびっくりされるんじゃないかな。

新垣:私にとっては役が変わったり、作品が変わればすべて違う人物なので、取り組み方としてはどれも「初めまして」という感覚ではあるんです。

稲垣:世の中の皆さんとしては、それにしても「見たことがない新垣さんだ」と感じると思います。

新垣:ありがとうございます。現場に入る前、そして入ってからも監督にたくさんの相談をして、いろいろなことを考え尽くして本番に臨むことができました。だからこそ本番では、逆に頭で考えるよりも感覚を大事にできたのかなと思っています。カメラを通しても気持ちが伝わっていたらとてもうれしいです。

稲垣:今回の新垣さんを見ていると、本当に心で動いてお芝居をしているなと感じて。綿密に意思疎通ができていたからこそ、感覚で動くことができたんだなと今すごく納得しました。

――お二人は今回が初共演です。お芝居をしてみていかがでしたか。

稲垣:ものすごく楽しかったです。エキサイティングで、素晴らしい経験をさせていただきました。ご一緒できたのは、商店街で啓喜と夏月が出会うシーンとクライマックスのシーン。商店街のシーンでお会いした時には、もう新垣さんが夏月としてそこにいたので驚きましたね。

新垣:出会いとクライマックスとではそれぞれお互いにまったく違う表情を見せるシーンだったので、すごくいい経験ができたなと思っています。「面白かった」と言っていいんでしょうか。

稲垣:本当に面白かったですね。商店街のシーンは本作で唯一ホッとできるような場面でもあるんだけれど、クライマックスはものすごい緊張感でしたよね。でもそういった緊張感も楽しいんですよ。俳優さんってみんなお芝居が好きだから、苦しいことも楽しいものになったりするじゃない?

新垣:稲垣さんはこのように、自分自身の一部としてお芝居にナチュラルに向き合っていらっしゃって、すごく素敵だな、憧れるなと思いました。

稲垣:宣伝期間の方が一緒にいる時間が長いんですよね。先日も一緒にロケ番組に行かせていただいて。

新垣:稲垣さんはものすごくサービス精神旺盛な方。「スタッフが喜ぶから」とよくおっしゃるんです。番組として良くなるにはどうしたらいいのかということをいつも考えていらっしゃって、私のこともたくさん気遣ってくださって。いつも本当に助けていただいています。

◆“ガッキースマイル” 葛藤した過去


――本作を観ていると、表に見えている一面だけではなく、人間は多面性のあるものだということも実感します。俳優さんは、世間からイメージなどで捉えられることもあるお仕事だと感じますが、外から見られている自分と、本当の自分とのギャップや、そういった意味での葛藤やもどかしさを抱えた時期はありますか?

稲垣:僕自身も「ガッキーは太陽のよう」と言ってしまったり、どうしてもパブリックイメージというのは持たれてしまうものですよね。でも僕はそれは仕方のないことだと思うし、ありがたいものだなと感じています。パブリックイメージがあるからこそ、また違った部分を見せられた時に自分も面白いじゃない?(笑)

――「外から見られている自分とは、本当は違うのに」と悩んだことはありますか。

稲垣:全然ないかな(笑)。僕はグループ活動をしていたので、グループの中でのキャラもあるし、「バラエティ番組ではこうしなければいけない」、「歌って踊る時はこうだ」とかいろいろな役割があったと思うんだけれど、そのすべてが嘘ではないので。世の中の方々が思う自分とギャップを感じることもあるけれど、それは違って当然。「本当の自分は誰も気づいていない」と思ったりすると、すごく面白いですよね。「自分のことをわかってほしい」なんて思っていないかもしれない。爆弾発言かな(笑)。

――たしかに稲垣さんが悪役として『十三人の刺客』に出演された際は、衝撃がありました。

稲垣:そうですよね。作品を観てくださる方は「新境地だね」と言っていただくことが多かったですし、本作の新垣さんについては僕も「こんな表情は見たことがない」と言ってしまう。それはもともとのイメージがあるからこそ、叶うことですよね。

――新垣さんは、パブリックイメージとのギャップに悩むことはありましたか。

新垣:昔はありました。それこそ「太陽のような笑顔」というようなものを常に求められていた時期に、そこに振り切るのに体力を使ったりすることもありましたし、それを期待してきてくださった方が、私と対面した時にがっかりしたんじゃないだろうかと想像したりすると、悲しいなと傷つくこともあったように思います。でも今は、皆さんが私に対して持っているイメージもすべて違うはずだし、それはどれも私の一部だなと感じるようになって。受け取った方の中で、印象に残っているものはそれぞれ違う。でもそれが私のすべてかというとそうではなく、ごく一部。「私らしさ」というのは一つではないので、私自身もどのようなものか答えられないなと感じています。

稲垣:人って、物事をカテゴライズしたがるものだし、そこに収めると安心感があったりする。この映画はその点について今一度、考えられる作品ですよね。

――先ほど稲垣さんが、世間とのギャップについて「面白い」とお話ししていたことはどのように感じましたか。

新垣:ものすごくポジティブで、素晴らしいなと思いました。若い頃にそういった考え方ができていたらよかったなと。

稲垣:新垣さんはすごく優しいんだと思う。アイドルグループにいた僕こそ、本当は笑顔でいなきゃいけないんだから。それを端っこで眉間に皺を寄せているようなキャラでやってきてしまったんだから、ずるいんですよ(笑)。新垣さんは13歳、僕も14歳からこのお仕事をしています。そんな二人が「あなたの中にはまた違ったものがある」と思っていただけて、新しい役を求めてもらえた。そしてこうやってお話ができていることは、ものすごくうれしいことだなと思います。

(取材・文:成田おり枝 写真:高野広美)

 映画『正欲』は、11月10日公開。

(左から)稲垣吾郎、新垣結衣  クランクイン! 写真:高野広美