ケネス・ブラナーが監督・制作・主演を務めた映画「名探偵ポアロベネチアの亡霊」が10月31日より配信開始。「名探偵ポアロ」シリーズは、“クイーン・オブ・ミステリー作家”アガサ・クリスティのライフワークといえる連作であり、今作は「オリエント急行殺人事件」「ナイル殺人事件」に続く映画“名探偵ポアロ”シリーズ最新作だ。名探偵エルキュール・ポアロが挑むベネチアの迷宮ミステリーを、“シェイクスピア俳優”として知られるケネスが、「ポアロになることが好きで好きでたまらないのだろうな」と想像せずにはいられない演技で見る者を徹底的に魅了する。今回は監督・制作・脚本・演技をこなし、しかも“サー”(イギリスの叙勲制度における、男性への栄誉称号)を得ている希有な存在ケネスの軌跡とともに今作の魅力に迫る。(以下、ネタバレを含みます)

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■ケネス・ブラナーとは

役者として、英国では伝説的名優のローレンスオリヴィエを引き合いに出されるほどの高い評価と尊敬を得ているケネス。故郷は北アイルランドベルファスト、生まれ年は1960年なのでヒュー・グラント、アントニオ・バンデラス、ショーン・ペンらと同い年ということになる。ロンドンの王立演劇学校(RADA)を経て、1984年からはロイヤルシェイクスピアカンパニーで活動。1987年にはルネサンス・シアター・カンパニーの共同設立者となった。舞台を中心に、着実に実績を積み重ねていったのがこの時期のケネスである。

1989年公開の映画「ヘンリー五世」ではアカデミー賞の監督賞と主演男優賞にWノミネートされるという快挙を成し遂げて、一気に知名度が上昇。勢いづいたまま30代に突入し、今日に至るまで「ハムレット」「マイティ・ソー」「オリエント急行殺人事件」「シンデレラ」「ベルファスト」「ナイル殺人事件」の監督を務めたかと思えば、役者として「ハリー・ポッターと秘密の部屋」「マリリン 7日間の恋」「オッペンハイマー」などの話題作に登場しており、1990年代半ばから2010年代初めにかけてはナレーターとしても活動していた。

■「ハロウィーン・パーティ」を原作とした迷宮ミステリー

ケネスが名探偵ポアロに扮する映画は「オリエント急行殺人事件」「ナイル殺人事件」に続いて、今回の「名探偵ポアロベネチアの亡霊」が3作目。1920年に始まったアガサ・クリスティ「名探偵ポアロ」長編シリーズの中でも最末期といえる1969年刊行の「ハロウィーン・パーティ」を原作として、名手マイケル・グリーンが脚色した。過去2作品とは打って変わって、今回は「密室もの」とまではいえないにせよ、狭い地域(範囲)で物語が推移する。

前半に実に魅力的な謎を次々と提示し、後半で鮮やかに解明されるのかと思ったら、どんでん返しあり、裏切りあり。だが最後には頭脳(と、おそらく、あの特徴的なヒゲ)をフル回転させた名探偵ポアロが、「さすが、これ以上はない」といわずにはいられないほど見事な推理で物語の着地点をつくる。

アメリカのジャズ・バンド“グレン・ミラー・オーケストラ”が第二次世界大戦中に流行させた「In The Mood」や、やはり第二次大戦中に“兵士の恋人”と呼ばれ、1975年にデイム(女性への栄誉称号)を得た歌手のヴェラ・リンが1942年に発表した「When The Lights Go On Again」が効果的に使われてはいるものの、基本的な舞台設定は終戦2年後、1947年イタリアベネチア(ベニス)だ。

すでにポアロは年齢を重ね、「引退モード」に入っており、本来なら水の都でゆっくりと過ごしたいのだが、もちろん、そうはいかない。降霊会に参加する霊媒師のトリックを見破ろうとするポアロと、あまりにも不思議な死を遂げていく参加者たち。ミステリアスなその「死にっぷり」に「亡霊のたたりだ」とばかりにおののく招待客と、あくまでも冷静沈着に物事の解明を試みるポアロの対比もまた、大きな見どころだ。

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」でアジア系初のアカデミー賞主演女優賞に輝いたミシェル・ヨーの何かにとりつかれたような怪演、ケネスと共に「ベルファスト」にも登場していたジェイミー・ドーナンの存在感にも瞠目しつつ、アガサ・クリスティならではの構成美、こだわりの詰まったミステリー+サスペンス+ホラーの物語に乾杯したい。

映画「名探偵ポアロベネチアの亡霊」は、ディズニープラス「スター」にて見放題独占配信中。

◆文=原田和典

映画「名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊」は、ディズニープラス「スター」にて見放題独占配信中/(C)2023 Disney and its related entities