2023年12月3日(日)~26日(火)まで、歌舞伎座新開場十周年十二月歌舞伎』が上演される。その第一部では、超歌舞伎 Powered by NTT『今昔饗宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら)』が行われる。

超歌舞伎」は、幕張メッセで行われる「ニコニコ超会議」の中の、イベントのひとつとして2016年にはじまった。歌舞伎俳優・中村獅童バーチャル・シンガー初音ミクが魅せる物語に、来場者は驚きとともに胸を打たれた。最先端のデジタル技術と伝統芸能歌舞伎の融合は広く話題となった。その後「超歌舞伎」はイベントから独立し、歌舞伎の本興行として全国4都市を巡演。今年12月、「超歌舞伎」誕生から8年の歳月を経て、ついに歌舞伎座に進出する。演目は『今昔饗宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら)』、出演は獅童、初音ミク、小川陽喜(獅童長男)、初お目見得の小川夏幹(獅童次男)、そして中村勘九郎、中村七之助。初演以来「超歌舞伎」を支えてきた中村蝶紫、澤村國矢、中村獅一も出演する。歌舞伎座公演への意気込みや演出プランなど、獅童に話を聞いた。

なお、12月24日(日)にはイープラスが、歌舞伎座の全館貸切公演を行う。通常一等席として販売されるエリアを「特等席」と「一等席」に分けるなど、全席を独自の価格設定で販売中だ。

■やっていることは古典歌舞伎そのもの

ーー初めての歌舞伎座公演です。お気持ちをお聞かせください。

ついに歌舞伎座です。「ついにきた!!!」って思いました。ミクさんファンの皆さんに背中を押していただき、8年かかりました。歌舞伎座は僕にとって子供の頃から育ってきた場所でもあります。うれしさと同時にプレッシャーも感じます。

ーー幕張メッセイベントホールという大きな会場や、京都南座のような歴史のある劇場でも成功を収めてこられました。それでもプレッシャーはおありなのですね。

歌舞伎の殿堂で、歌舞伎とバーチャルのコラボレーションをお見せするわけですからね。「超歌舞伎」は台詞回しや立廻りなど、やっていることは古典歌舞伎そのものです。12月に上演する『今昔饗宴千本桜』は、三大義太夫狂言のひとつ『義経千本桜』と、ボカロ曲「千本桜」が下地になっています。歌舞伎にお詳しい方がご覧になれば、場面や役から「これはあの古典だ」とお楽しみいただけるはずです。

とはいえ歌舞伎のお客さまの中には、いかに古典に忠実かを大事にされる方々も一定数いらっしゃる。僕はエゴサーチをしているから、そういった皆さんの声を全部知っているんです(笑)。新しいものを作った人間の責任として、世の中の反応はみておかなくてはいけない、という思いもあって。

歌舞伎座での「超歌舞伎」も、純粋に楽しんでくださる方、「私は古典が好みだけれど、これもありじゃない?」と受け入れてくださる方、まるで受け入れられないという方もいらっしゃるでしょう。楽しめなかった、という方がどんなご意見をお持ちなのかも知りたいからエゴサーチしちゃうんです。

ーー楽しかった、というご感想も……。

もちろん知りたいです。SNSにどんどん投稿してください。「#超歌舞伎、面白かった! 最高!」って(笑)。 

■よそ行きの「超歌舞伎」にはしたくない

ーー上演されるのは、『今昔饗宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら)』です。2016年の初めての「超歌舞伎」で初演された作品です。2020年8月には「夏祭版」として無観客配信公演を行い、澤村國矢さんと中村獅一さんを大抜擢するサプライズの配役も話題となりました。歌舞伎座での演出プランをお聞かせいただけますか。

新たに「発端(物語のはじまり)の場」が加わって、中村勘九郎さんと中村七之助さんにご出演いただきます。うちの長男の陽喜と次男の夏幹も出演して、賑やかな舞台になるでしょうね。そして初音ミクさんと僕の宙乗りもあります。

でも、歌舞伎座だからといって、よそ行きの「超歌舞伎」にはしたくありません。ミクさんのファンに支えられて培ってきた、いつもの「超歌舞伎」を歌舞伎座でやることに意味があるんじゃないでしょうか。最新技術と古典歌舞伎の融合だから、デジタルチームは技術にこだわる。僕は古典にこだわる。そこが揺らいでどちらかに寄ってしまっては、コラボレーションが成り立たなくなります。

唯一の制限は、時間でしょうね。これまでは、公演ごとにお客様の層をみて口上の話題を変えていたので、伝えたいことがあれば時間もかけます。お客様が拍手をくださる限り、カーテンコールは何度でもやらせていただきました。でも今回は『十二月歌舞伎』の中の一演目。他の皆さんのお芝居に迷惑はかけられません。幕張からのお客様には「なんだよ、歌舞伎座だと不親切だな」と思われてしまうかもしれませんが、延長できない事情があるんです(笑)。

歌舞伎座『今昔饗宴千本桜』特別ポスター

歌舞伎座『今昔饗宴千本桜』特別ポスター

ーー「超歌舞伎」といえば、客席がペンライトで埋まる景色が印象的です。歌舞伎座でもペンライトは?

大アリです。「超歌舞伎」は皆さんのご参加がなければ成立しません。一番大事なところです。

ーーメンバーカラーは獅童さんが赤、ミクさんが緑、國矢さんが青で。

中村屋はやっぱり……いや、それは当日、ゆっくりご説明します。もし色や操作が分からなくても大丈夫です。昔からの「超歌舞伎」ファンの方々もきっと助けてくれます! 南座の時も、若者が隣の上品な着物のご婦人に、ペンライトの使い方を教えてあげたり、何本もペンライトをもっているコアな方が貸してあげてくださったり。他にはない一体感が生まれていました。

■陽喜さんと夏幹さんと獅童さん

ーー次男・夏幹さんの、初お目見得の舞台でもあります。おめでとうございます。

初お目見得や初舞台の年頃の子どもって、顔(化粧)を嫌がることがあるんです。夏幹も、先日練習のために顔をしていただいたのですが、良い子にしていたそうです。合格点をもらっていました。ただ、彼はうれしい時の癖があるんです。こうしちゃうの(不二家ペコちゃんのように舌を出す)。化粧をしてもらって、うれしかったんでしょうね。口の端だけ化粧が落ちてしまって「舐めちゃダメだといったでしょう?」って(笑)。

ーー陽喜さんと夏幹さん、ご兄弟の個性を獅童さんはどうご覧になっていますか?

夏幹の方が、ひょうきんなところがあるかな。写真を撮るよ、とカメラを向けた時、夏幹はちょっとふざけていたりする。白目をむいてたり(笑)。陽喜はカメラに向かってビシッと立ちます。

去年、浅草の平成中村座『極付幡随長兵衛』で、陽喜は七之助さんにおぶわれて舞台に出るシーンがありました。顔が終わってから出番まで1時間あっても、その間、陽喜はじっとして一言もしゃべらなかったそうです。勘九郎さんや七之助さんが「話しかけても全然反応しないから、具合でも悪いのかと思った!」と心配するくらい。あとで本人に聞いたら、彼なりに集中していたようで、よい意味での緊張感をもって、舞台に臨んでいるようです。

ーー獅童さんは、陽喜さんと夏幹さんのどちらの性格に似ていますか?

それ、逆だからね。僕が似てるんじゃなくて、子供たちが僕に似てるの(笑)。近いのは陽喜かな。舞台に立つ前は、僕も毎日、毎回緊張します。さっきお話したとおり、新しいことをしている以上はいろいろなご意見、時には心が痛くなるような言葉も引き受けながら舞台に立ちます。大げさなことはあまり言いたくありませんが、並大抵の精神力で立てるものではなく、1日1日魂を削るように全力でやらせていただいていますから。

ーー陽喜さんと夏幹さんは、そんな獅童さんの背中をご覧になっているのですね。

我が家に限らず、子どもたちに関しては思うところもあって。僕らが子どもだった頃は、出番がなくても楽屋に出入りして、モニターから聞こえてくる義太夫や長唄、歌舞伎の音や台詞に自然と触れることができました。先輩方の楽屋にもおじゃまして、大好きだった三代目猿之助(二代目猿翁)のおじさまと、楽屋で撮らせていただいた写真も残っていますし、坂東玉三郎のおじさまが鏡に向かって顔(化粧)をされているのを、後ろから、「綺麗だなあ……」と、じっと見ていた思い出もあります。今では到底できないけれど(笑)。そうやって子どもの頃から馴染んで、養っていた感覚があったと思う。けれども今、歌舞伎座感染症対策として、出演者以外は楽屋に入れません。今の子たちは、吸収する機会を何かしらでカバーしていかないといけないんだろうな、と難しさを感じます。

■純粋に、目の前のものを楽しんで

ーー先ほど、歌舞伎座初進出へのプレッシャーを語られていました。そのプレッシャーと、どのように折り合いをつけて本番を迎えることになりそうですか。

京都南座での「超歌舞伎」の成功は自信になりました。伝統のある劇場で、普段古典歌舞伎もご覧になっている皆さんに受けいれていただけた、と実感できました。

ーー初のバーチャル・シンガーとの歌舞伎公演、そして歌舞伎座初のペンライト。

「初」とか、もういいよ(笑)。

ーー実際に、初なので……。

じゃあ、それでいいけれど。みんな「初」が好きだよね。

ーーふり返れば、歌舞伎界初のオンライン配信(「超歌舞伎」)も獅童さんでした。歌舞伎の客席でライブ会場のような盛り上がりのカーテンコールや撮影というのも、「超歌舞伎」からはじまり、『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』や『新作歌舞伎 刀剣乱舞〜月刀剣縁桐』に続くなど、新しくて楽しい風を吹き込んでいます。数々の挑戦の中でも、「超歌舞伎」の歌舞伎座公演は、特に大きなものに思われます。

「獅童がまた異質なことをやっているぞ」と言われながら、8年の道のりを、ファンやスタッフの皆さんに支えられながら進んできました。その「超歌舞伎」を、人は何をもって成功と言ってくれるのかって考えた時、やはり京都南座をはじめとする各地の劇場、そして歌舞伎の殿堂・歌舞伎座で、歌舞伎のお客さんに認めてもらった時なのかな、と思ったんです。口には出しませんでしたが、やはり歌舞伎座公演は念願でした。

ーー獅童さんご自身の、この先の展望をお聞かせください。

家族みんなが健康で、子供たちがすくすく育ってくれれば。それだけです。

……って、別に隠居するわけではありませんよ? 自分がいなくなった後も、歌舞伎が盛り上がっていて欲しい。そのためには本当に大切なものだけをしっかりと残し、時代にあわせて変化して行かないといけない。歌舞伎には、もっともっと居心地の良い世界になっていてほしい。難しいことだけれど必要なことだと思います。

ーーその時も「超歌舞伎」が受け継がれていてほしいです。

僕は、そういうことは考えていないんです​。100年、200年、300年と歴史が積み重なり、歌舞伎伝統芸能になりました。でも江戸時代歌舞伎役者が「後世に残るように」と考えながら、芝居をしていたとは思えない。庶民の芸能として、目の前にいるお客さんをどう楽しませるか。それだけだったんじゃないかな。僕はその気持ちでやりますし、お客さんにも純粋に目の前のものを楽しんでもらえたらうれしいです。そして、エゴサーチしますので、SNSにご感想をどんどん投稿してください!

ーー最後に、読者の方にお誘いのメッセージをお願いします。

超歌舞伎」は、ここが一区切りだと思っています。僕の中で、この歌舞伎座進出公演が「超歌舞伎」第一期の集大成。次にやるときは「超歌舞伎」の次のステージ、第二期という気持ちです。悩まれている方は開幕したら、SNSで口コミを調べていただければ絶対に来たくなると思います。お待ちしてます!

ーー陽喜さんと夏幹さんからも動画でメッセージをいただきました。

小川陽喜・小川夏幹~超歌舞伎 Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』出演

獅童が出演する『今昔饗宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら)』は、11時開演の第一部にて。坂東巳之助、坂東新悟、中村橋之助が出演する『旅噂岡崎猫(たびのうわさおかざきのねこ)』とあわせての上演となる。

取材・文=塚田史香

中村獅童