関東大震災・知られざる悲劇 福田村事件
関東大震災・知られざる悲劇 福田村事件』(辻野弥生/五月書房新社)

朝鮮人なら殺してええんか!」

 森達也初の劇映画「福田村事件」で、虐殺の被害者となった行商の親方のセリフである。いままさに殺されようとしている、その直前に吐いたセリフが、この映画の「すべて」である。映画内では登場人物ひとりひとりの背景や人柄が終始丁寧に描かれている。ただ生きることに必死で、自身の未来を繋ごうとしている人間が、殺し、殺された。一体どうして。

 辻野弥生『関東大震災・知られざる悲劇 福田村事件』(五月書房新社)は、その「どうして」を当時の政治の動き、文献、市民の証言からひもといた一冊である。関東大震災発生時の朝鮮人虐殺について糸を紡ぐように明らかにしており、重いテーマとは反して文体は易しいのが救いだ。

 大正十二年、九月一日関東大震災では、地震発生からほどなく「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「火をつけた」などの流言飛語が飛び交い、内務省もデマを打電、各新聞もそれを報道した。「福田村事件」は、地震発生から五日後の九月六日、千葉県葛飾郡福田村大字三ツ堀(現在の野田市三ツ堀)で、四国の香川から薬の行商に来ていた一行十五名が朝鮮人であるという疑いをかけられ、地元民に襲われたものである。その結果九人が命を落とした。

 朝鮮人に間違われて日本人が殺された例は福田村事件のほかにもあるという。地震直後の大正十一月十五日の時点でまとめられた政府調査によると、「朝鮮人と誤認して内地人を殺傷したる事犯」の中で、日本人死傷者は関東地方で八十九名である。

 冒頭で辻野は「けれども、この福田村事件ほど際立って傷ましく、理解に苦しむ事件もほかにない。人間がここまで残虐になれるものだろうかという疑問がつきまとって離れない」と書く。福田村事件で殺された者の中には、六歳と四歳と二歳の子供、妊婦が含まれており、胎児を含めると被害者は十人となる。加害者の地元民たちは、讃岐弁を話す行商人一行に対し、「お前らの言葉はどうも変だ、朝鮮人ではないか」と言いがかりをつけ、行商用の鑑札を持っていたにもかかわらず殺害に及んだ。

 辻野は続ける。「さらに驚くのは、(中略)むしろ国家にとって善いことをしたと胸を張り、なぜ罪に問われなければならないのか、と法廷で滔々と演説ぶった事実である。また、そんな加害者たちを地元民は支援し、なかには刑期を終えた後に地方議員の公職に就いた者さえいたというのである。このことは、時の政権から『殺してもいい』というお墨付きを与えられ、堂々と殺すことができたことの証であろう。」

 現在では、ネットを検索すると「虐殺はなかった」「捏造である」という書き込みが次々とヒットする。数々の証言や記録があるにもかかわらずである。それは過去の不幸で不都合な事件を、口をつぐむことで片付けてしまった教育の結果なのではないだろうか。各地で起こるヘイトスピーチ。虐殺否定本の出版。二〇二三年八月三十日、松野博一官房長官朝鮮人虐殺について「政府として調査した限り、政府内において事実関係を把握することのできる記録が見当たらないところであります」と発言した。東京都小池百合子知事は二〇一七年から朝鮮人犠牲者追悼式典への追悼文の送付をとりやめている。

朝鮮人なら殺してええんか」。関東大震災直後に虐殺された人数は一千から数千人にも上ると言われている。どんな歴史をも未来へ繋げられるかどうかは、現代に生きる我々の手に委ねられている。

文=高松霞

Amazonで『関東大震災・知られざる悲劇 福田村事件』を見る

「朝鮮人なら殺してええんか!」関東大震災発生後、朝鮮人だと誤認され2歳の子どもや妊婦含む10人が殺された「福田村事件」に迫る