海上自衛隊US-2救難飛行艇の存続が危うくなっていることが報じられています。世界でも高い評価を受ける水陸両用機ですが、セールスが振るわないまま、取り巻く状況が悪化しているようです。

US-2生産終了に?

2023年11月6日付のロイターは、海上自衛隊が運用しているUS-2救難飛行艇が生産終了に直面していると報じました。

US-2は新明和工業が製造する水陸両用の救難飛行艇で、先代のUS-1を含め通算1000回以上出動。海難救助において多くの人命を救ってきた実績を持ちます。2003年に初飛行し、これまで数年おきに計7機が海上自衛隊へ配備されてきました。

ロイターは新明和工業関係者の話として、同社が防衛省に対し2024年度分のUS-2の取得単価として300億円、2025年度の取得単価として700億円を提示したと報じています。これほど大きく額が高騰する主な理由は「円安と部材高」だそうです。

円安は、アメリカなどからの防衛装備品の取得価格の上昇に加えて、国産防衛装備品を生産するための部材価格の高騰も招いています。日本政府は2022年12月に「防衛力整備計画」を策定し、5年間で43兆円を投じると発表。その当時の為替レートは1ドル=108円でした。しかし2023年11月現在、アメリカ金利の先高感から1ドル=150円程度にまで円の価値が下落しています。

このまま円安が継続すれば、仮に43兆円を投じたとしても、取得できる防衛装備品の絶対数は減少を余儀なくされます。このため防衛省対空ミサイルの射程圏外から長距離攻撃が可能なスタンド・オフ・ミサイルなどの取得を優先して、2024年度と2025年度に各1機の取得を計画していたUS-2の取得を見送ったとロイターは報じています。

US-2のような大型飛行艇は他国には少なく、比較対象が少ないため取得費が高いと一概には言いきれないところもあります。しかし、海上自衛隊が2024(令和6)年度に取得を計画している新型護衛艦(4500t級護衛艦)の1隻あたりの計画取得費は約973億5000万円、航空自衛隊が同年度に取得を計画しているF-35A戦闘機は1機あたり約134億円であることを鑑みると、いかに能力が高いとはいえ、1機300億円から700億円というUS-2の取得費は、やはり高すぎると筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)は思います。

なんでこんなに高くなっちゃうの? 円安だけでない要因

そもそも、2013(平成25)年度のUS-2の1機あたりの取得費は約132億円でした。ロイターの報道が事実であるとすれば、2024年度の計画取得費は2013年度の約2.27倍、2025年度の計画取得費は2013年度に比べて約5.3倍です。これは納税者の許容範囲を超えているのではないかと思います。

新明和工業はロイターに対し、US-2は調達数が不明確で、契約が単年度になっていることから部品のサプライヤーとの調整などができず、結果としてコストが下がらないとして述べています。

さらにロイターは同社関係者の話として、防衛省に対するUS-2の提示額がここまで大きくなってしまったのは、そのサプライヤーとして胴体と主翼を供給する川崎重工業三菱重工業US-2の事業から手を引くと決めたことも要因であると報じています。ただし、川崎重工業三菱重工業US-2事業から撤退するのか否かについてコメントを控えたということです。

2社以外にも、US-2は部品を新明和工業に供給するサプライヤーの撤退も相次いでいると筆者は耳にしていますし、新明和工業はロイターに対して、「サプライヤーの理解・協力が得られなければ当社単独で(US-2)製造能力を維持するのは困難」と回答しています。

自衛隊で導入が先送りになったUS-2の生産ラインを維持するとすれば、民間機型を開発して国内外の官公庁に導入してもらうか、海外の軍用機型輸出が必須となります。

そのために新明和工業は、海外の展示会などでUS-2の民間機型をアピールしていますが、開発段階で民間機としての運用に不可欠な型式証明を取得するためのデータ収集や試験などを行っていなかったため、民間機型の開発は事実上不可能だと筆者は思います。

輸出の話どうなったの? 危ぶまれる行く末

前に述べたようにUS-2のような大型で高性能な飛行艇は世界的に見ても少なく、それゆえにインドインドネシアなどと軍用機型の輸出に関する話し合いが進められました。

そのなかで最も輸出の可能性の高いと言われたインドとは、かなり具体的な話し合いが行なわれたものの、2013(平成25)年5月の協議開始から10年が経過した現在も合意に至っていません。

インドへのUS-2の輸出が進まないのは、その価格の高さや、欧米企業に比べると弱い官民一体のサポート体制、インドが求める大幅な技術移転に日本が応じきれないことなど複合的なものですが、インドは一向に交渉に進まないUS-2の導入に興味を失っていると見られており、インドのオンライン新聞「The Print」は2019年12月にインド海軍高官の話として「US-2売買契約の締結可能性は限りなく低い」と報じています。

新明和工業、さらに言えば日本の持つ飛行艇技術にはアメリカも高い関心を示しています。またヘリコプターでは難しい荒れた海面での捜索救難や離島からの急患輸送など、US-2でなければできない仕事も少なくありません。

スタンド・オフ・ミサイルなどの優先取得は抑止力を構築する上で合理的な判断だと思いますは、そのためにUS-2、さらに言えば大型飛行艇の製造基盤を喪失してしまうとすれば、それは広い意味での防衛力整備にマイナスになりかねないとも筆者は思います。

US-2救難飛行艇(画像:海上自衛隊)。