今年生誕120年を迎え、再び注目を集めている世界的な巨匠・小津安二郎監督。先ごろ開催された第36回東京国際映画祭での特集に加え、海外でもヴェネチア国際映画祭にて2022年に『風の中の牝雞』(48)、2023年に『父ありき』(42)が上映。今年のカンヌ国際映画祭でも『長屋紳士録』(47)が上映されている。

【写真を見る】生誕120周年の小津安二郎、初期サイレントのポイントとは?(『大人の見る絵本 生れてはみたけれど』)

ヴィム・ヴェンダース監督をはじめ、海外の映画人にも多大な影響を与えた小津監督の作品は全部で54本。そのなかから初期のサイレント6作品を、時代を現代に置き換えてリメイクしたWOWOWオリジナルドラマ「連続ドラマW OZU ~小津安二郎が描いた物語~」が11月12日(日)から放送開始される。

■就職難の時代をコミカルに描いた『淑女と髯』

リメイクされた6本は、小津監督が1931〜33年に作った映画を原作としている。元の作品を製作順に振り返ってみると『淑女と髯』(31)が一番古く、小津監督の20作目となる。本作は、女優・岡田茉莉子の父で、30歳の若さで亡くなった二枚目俳優の岡田時彦が、前半は髯面の“蛮カラ”男、後半には髯を剃って都会的な美男として現れるコメディ

就職難の時代を背景に、一人の男(岡田)がタイピストの広子(川崎弘子)と不良のモダンガール(伊達里子)との間で揺れる様を軽快に描く。今回のリメイク版「第4話 淑女と髯」では、主人公を成田凌が、広子を堀田真由が演じている。

■大人と子どもの世界を描いた名作『大人の見る絵本 生れてはみたけれど』

『大人の見る絵本 生れてはみたけれど』(32)は小津監督の第24作。サラリーマンの一家を主人公に、上司に気に入られようとする父と、その子どもで上司の息子と喧嘩ばかりする兄弟という、大人と子どもの世界を描いた1作。上司にこびへつらう父親とその姿に幻滅した子どもたちとの関係が修復されていくまでを映しだした名編だ。

戦後の『お早う』(59)をはじめ、子どもの扱い方でも非凡な才能を示した小津は、ここでもわんぱくな子どもたちを生き生きと活写。また背景にサラリーマンの悲哀をにじませた主人公の父親を、小津映画の常連である斎藤達雄が見事に演じている。リメイクドラマ「第2話 生れてはみたけれど」では父親を柄本佑、その妻を国仲涼子が演じ、上司役で染谷将太が出演している。

■友情の揺らぎを描く『青春の夢いまいづこ』

第26作『青春の夢いまいづこ』(32)は、江川宇礼雄と斎藤達雄扮するかつての学友同士が、ベーカリー看板娘(田中絹代)のハートを射止めようとするコメディ。会社の社長となった男(江川)とその下で働くことになり恋から身を引こうとする男(斎藤)、友情と恋の間で揺れる人々をライトな感覚で描いた作品だ。

ドラマを締めくくるリメイク作「最終話 青春の夢いまいづこ」では、若社長を中川大志が、その友人を渡辺大知が演じている。

■小津らしい撮影スタイルが決まってきた『東京の女』

『東京の女』(33)は脚本が完成しないうちに撮り始め、撮影期間9日間という慌ただしいスケジュールで作られた第28作。タイピストの姉ちか子(岡田嘉子)と2人暮らししている大学予科生の弟、良一(江川宇礼雄)が、恋人からの噂で姉が夜のバーで働いていることを知り、絶望の淵に落とされるというもの。弟の将来だけを楽しみに生きてきた姉と、彼女の心を推し量れない弟との心のすれ違いを描いた人間ドラマだ。

ローポジションのカメラアングルクローズアップの用法、視線を同一方向にそろえた人物のカットバックなど小津監督独特の撮影技法が定まってきたのもこの作品あたりから。ドラマ「第5話 東京の女」では、姉に石橋静河、弟に金子大地、良一の恋人役に南沙良という布陣でリメイクしている。

■裏社会を舞台にした和製ギャングもの『非常線の女』

第29作『非常線の女』(33)は、ボクサー崩れで用心棒をしている襄二(岡譲二)を挟んだ恋愛模様が繰り広げられる和製ギャング映画。夜の街で姐御肌で通っている時子(田中絹代)と、襄二に憧れる弟を心配する清楚な姉、和子(水久保澄子)と襄二との三角関係が描かれる。

サイレント期の小津作品には『朗かに歩め』(30)、『その夜の妻』(30)などモダンな洋風アパートがしばしば登場するが、この作品もアメリカ趣味のアパートや小物が背景を彩っている。またボクシングダンスホールなども、モダニズムの要素として目を引く作品だ。リメイクドラマ「第3話 非常線の女」では元ボクサーの不良を高良健吾が、ヒロインの2人を前田敦子と片山祐希が演じる。

■寅さんのベース?人情の男、喜八が登場する『出来ごころ』

小津監督の第30作『出来ごころ』(33)は、ここから小津監督が長屋の住人を描いた喜劇を作っていくという意味でも重要な1作。一人息子と暮らす喜八(坂本武)は、一膳飯屋で働く春江(伏見信子)に惚れるが、春江は喜八の友人の次郎(大日方伝)に気があり、喜八は2人の仲を取り持とうとし…という東京の下町を舞台にした人情噺が語られる。

坂本武(本作では阪本武)演じる喜八は、学問も稼ぎもないが人情と心意気だけは人一倍あるキャラクターで、その後『浮草物語』(34)、『東京の宿』(35)にも登場。これらの作品は“喜八もの”と呼ばれており、松竹映画の歴史を振り返れば「男はつらいよ」シリーズの寅さんの祖とも呼べるキャラクターだろう。城定秀夫が監督したリメイクドラマ「第1話 出来ごころ」では喜八を田中圭が、次郎を渡邊圭祐が演じ、ヒロインの春江に白石聖が扮している。

■現在にも通じるサイレント期の小津作品が描くもの

小津監督といえば、戦後の『晩春』(49)や『麦秋』(51)、『東京物語』(53)などに代表される、独特のセリフ回しが印象的な穏やかなトーンの家族映画が有名。しかし、戦前のサイレント期にはコメディやアクション、キッズムービーなど多彩なジャンルの作品を発表している。人間が持つおかしさや哀しさを感情論でなく映画的な技法によって映しだし、人間そのものを捉えようとした作品群はいまも異彩を放っている。

そのうち6作品が今回リメイクドラマとして日の目を見ることになったが、実は時代背景的にも原作とリメイクには類似点がある。1929年に日本は未曽有の不況に見舞われ、失業者は全国で30万人を超え、同年10月にはニューヨークのウォール街で株の大暴落が起こり、世界大恐慌が始まった。そこから始まった庶民の貧困が6作品の背景にあるが、これは物が値上がりし、不況感から脱することができないいまの日本に通じる社会状況とも言える。それだけにこの約90年前の物語たちは、現代を生きる私たちにも身近なドラマに映るだろう。

歴史は繰り返し、名作は時を超えて蘇る。そのことを今回のリメイクドラマは、我々に教えてくれることだろう。

文/金澤誠

『非常線の女』など小津安二郎の初期サイレント作を映画ライターが解説!/[c]1933/2022松竹株式会社