日本では深刻な「少子化」が進み、2023年6月には「こども未来戦略方針」が閣議決定されました。少子化の原因として若年層の経済的不安などが挙げられます。そこで本稿では、ニッセイ基礎研究所の坂田紘野氏が、少子化問題を念頭に置きつつ、社会全般にみて若年層がどれほど経済的に苦しい状況に置かれているかについて解説します。

1―少子化の一因は若年層の抱える経済的不安

少子化は、我が国が直面する、最大の危機である」、2023年6月に閣議決定された「こども未来戦略方針」はその冒頭において、このような文言で現状への強い危機感を示した。

少子化問題を引き起こす要因は多岐に渡る。そのうちの1つとしてしばしば指摘されるのが、子育てに伴う経済的負担の重さに不安を抱き、理想の数の子どもを持たなかったり、子どもを持つこと自体をあきらめてしまったりする人がいるという問題だ。

こども未来戦略方針においても、「若者・子育て世代の所得を伸ばさない限り、少子化を反転させることはできない」との認識が示されている。

実際、所得別に男性の未婚率を確認すると、年代を問わず、所得が低いほど未婚率が高い傾向が見られる(図表1)。特に、年収300万円未満で男性の未婚率が増加している現状は、一般に「300万円の壁」と認識され、課題となっている。

また、男性の正規職員・従業員の有配偶率が非正規の職員・従業員の有配偶率よりも高く、雇用形態の違いによる有配偶率の差が大きい点もしばしば指摘される。1

嫡出子2が出生数の大半を占める日本において婚姻をためらう人が増えれば、結果として出生数の減少にもつながる。

さらに、結婚した後、経済的なハードルの高さから理想の子ども数を持つことができない世帯も少なくない。国立社会保障・人口問題研究所が実施した「出生動向基本調査」によると、理想の数の子どもを持たない理由として最も大きいのは「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」であった(図表2)。

これらの状況からは、若者・子育て世帯の中に経済的理由から結婚や理想の子ども数を持つことをあきらめる人が存在しており、そのために少子化が一層進展してしまっている可能性が浮かび上がる。


1 こども家庭庁「こども未来戦略方針」(令和5年6月13日)など

2 婚姻中の夫婦の間に生まれた子どもを指す

2―こども未来戦略方針の施策は子育て世帯への支援が中心

こども未来戦略方針においては、こども・子育て政策の強化を早急に実現するため、今後3年間で集中的に取り組むべき「こども・子育て支援加速化プラン」(「加速化プラン」)が明らかにされた。

「加速化プラン」で実施される具体的な施策を確認すると、そのほとんどが既に子どもを持つ世帯、あるいは間もなく子どもを持つ予定の世帯(妊娠期・出産)に関する取組となっている(図表3)。

「加速化プラン」は「こども・子育て政策の強化を早急に実現」3するための計画であることから、子どもを持つ(あるいは間もなく子どもを持つ予定の)世帯を対象とした施策が中心となっているのは当然のことなのかもしれない。


3 こども家庭庁「こども未来戦略方針」(令和5年6月13日

「こども未来戦略方針」の範囲外にある「未婚」問題

しかし、前項でも述べた通り、少子化問題の原因は子育て世帯が理想の子どもの数を持てていないことだけではなく、未婚の若年層が増えていることもその一因となっている。

未婚率は上昇傾向にあり、2020年には、25~29歳の女性の62%、男性の73%が未婚であった(図表4)。また、人口減少の影響もあり、1970年には約1743万世帯であった児童のいる世帯数は、2022年には約992万世帯にまで減少した(図表5)。

それにもかかわらず、こども未来戦略方針には、未婚の若年層やまだ子どもを持っていない世帯の経済状況の改善に資するような具体的施策はほとんどみられない。

確かにこども未来戦略方針においては、「若い世代の所得を増やす」「社会全体の構造・意識を変える」といった基本理念が示されている4。しかし、これらの基本理念に沿って掲げられている政策は未だ抽象的なものにとどまっているように思われる。

だが、少子化問題の改善を図るにあたっては、これらのこれから子どもを持つ人々への支援もまた、重要であると思われる。かかる状況下において、若年層はどれほど経済的に苦しい状況に置かれており、なぜ、将来の経済的な不安を抱えているのだろうか。

本稿においては、少子化問題を念頭に置きつつ、社会全般にみて若年層がどれほど経済的に苦しい状況に置かれているか、について確認する。


4 「こども未来戦略方針」には、「全てのこども・子育て世帯を切れ目なく支援する」との基本理念もあり、計3つの基本理念が示されている。

3―20代の実質賃金水準は増加傾向

社会全般にみて若年層がどれほど経済的に苦しい状況に置かれているか、を確認するにあたって、はじめに若年層の賃金水準の推移を明らかにする。

昔と今の賃金水準の比較に際しては、物価水準の影響を除くため、所定内賃金額を消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)で割って算出した実質賃金を用いる。

この実質賃金の水準の推移を確認すると、20代男女の賃金は、いずれの区分においても増加傾向を示している(図表6)。前項の記述に反して、若年層の実質賃金水準は以前よりも上昇していることが読み取れる。

この理由としては、人手不足等を背景に新卒等の処遇改善が進められてきたことの影響が考えられる。また、男性よりも女性の方が実質賃金水準の上昇率が大きいことについては、女性の社会進出が進んだことが影響していると思われる。

それにもかかわらずなぜ、少子化問題に関しては、若年層の経済的な不安が課題として取り上げられることが多いのだろうか。以下では、その理由となりうる要因について取り上げる。

4―それでも経済的に苦しい理由

1│国民負担率の上昇

第一に挙げられるのが、実質賃金水準は上昇しているものの、それとともに、租税負担率と社会保障負担率を合計した義務的な公的負担である国民負担率も上昇している点だ。

直接税社会保険料等の非消費支出が実収入を上回る水準で増加しているため、可処分所得の伸びは実収入よりも低い水準に留まっており、消費支出の増加にはつながっていない(図表7)。この点が、若年層にも経済的な苦しさをもたらしていると考えられる。

言い換えると、租税と社会保障の負担増大が、少子化の観点からは悪影響を及ぼしている可能性がある。財務省によると、1970年度には24.3%であった国民負担率(対国民所得比)は、2023年度には46.8%にまで増大する見通しだ。将来世代の潜在的な負担である財政赤字も加えると2023年度の見通しは53.9%に達する(図表8)。

確かに、税金や社会保険料を負担するのは若年層に限られているわけではなく、また、税や社会保険料は、所得再分配を通して国民に還元されてもいる。

しかし、社会保障給付の大部分は年金・恩給、医療、介護であり、これらは主に高齢者世帯に給付されている。そのため、世帯主の年齢階級別に所得再分配状況を確認すると、65歳未満ではマイナス、65歳以上でプラスとなっている。

若年層を含む現役世代の多くは、当初所得よりも再分配所得の方が少ない状況となっている(図表9)。

2│世代内格差の拡大

第二に、若年層、と一括りにできるほど、現在の若年層の経済状況は似通ってはいない点も指摘できるだろう。若い世代における経済状況の世代内格差は拡大傾向にある。そのため、貧しい若年層はかつてよりも経済的に厳しい状況に置かれていることが想定される。

格差の度合いを測るための指標としては、ジニ係数が広く用いられている。ジニ係数は、0から1までの値をとる、分布などの均等度を示す指標であり、0に近いほど分布が均等、1に近いほど不均等であることを示す。

厚生労働省の調査から各世代内における所得(当初所得)のジニ係数の推移を確認すると、中高年世代はジニ係数が小さくなる傾向がみられる世代が多いのに対し、30代が世帯主である世帯のジニ係数は、大きくなっている(図表10)。

これは、30代における労働所得の格差が大きくなっている、すなわち世代内格差が広がっていることを意味している。

格差の拡大という点においては、非正規雇用労働者の賃金が低いことが、依然として大きな課題であり続けている。正社員・正職員と比較して、非正規雇用に当たる正社員・正職員以外の労働者の賃金は、男女いずれの場合も低い水準に留まっている。

それに加えて、非正規雇用労働者の賃金カーブはほぼ横ばいに推移していることから、労働者にとって、将来賃金が上昇するだろうとの期待感も乏しいものとなってしまう(図表11)。結果として、労働者の抱く将来への経済的な不安は大きくなってしまう。

もっとも、将来の賃金上昇期待が乏しく、将来の経済不安を抱えているのは非正規雇用労働者に限った話ではないかもしれない。前述の図表4の通り、確かに20代においては男女ともに実質賃金水準は上昇傾向にある。

しかし、他の年代を確認すると、女性については社会進出が進んだこともあり全年代で上昇傾向が見られるものの、男性の実質賃金水準は中高年世代のほとんどで低下しているのが現状だ(図表12)。

5―おわりに

本稿において確認した通り、若年層の現在の経済的状況や将来の見通しは良好とは言い難い。

少子化問題について検討する際、個人の結婚・出生の選択の自由は最大限に尊重しなければならない。しかし、個人、あるいは世帯の希望が経済的要因等によって歪められていないかは考慮する必要があるように思われる。

実際、はじめて少子化問題をテーマの1つに据えたことで注目を集めた、2023年の「年次経済財政報告」(経済財政白書)は、年収区分と未婚率の関係やその男女差から、経済環境の変化がライフスタイルや嗜好に影響を及ぼし、それが結婚行動に影響する可能性を示唆している。

このことを踏まえると、「新しい資本主義」における諸取組を推進し、構造的な賃上げを実現することは、少子化問題の改善という観点からも極めて重要であると言えるだろう。

また、「加速化プラン」によって、子育て世帯への経済的支援等を進めることもまた、重要性は高いと思われる。

しかし、構造的な賃上げ、あるいはその前提ともいえる三位一体の労働市場改革やそれに伴う経済成長の実現等は、残念ながら一朝一夕に達成することは難しいだろう。

一方で、「少子化は、我が国が直面する、最大の危機である」と示されているように、少子化対策は日本の喫緊の課題となっている。

そうであるならば、非正規雇用である等を含めた経済的な要因で、未婚であったり、子どもを持たなかったりしている若年層が結婚し、子どもをもつことができるよう、経済的に支援する施策を実施することも一考に値するのではないだろうか。

いずれにしても、少子化と若年層の経済的状況は関連しており、今後その双方が改善に向かっていくことが期待される。

(写真はイメージです/PIXTA)