世間では「パクリ」という行為の重大性や深刻さは認識されていますが、「他人の作品に対して『パクリを疑う』発言をすること」もまたリスキーな行為であることをご存じでしょうか。一級知的財産管理技能士・友利昴氏は、証拠不十分な「盗作・パクリ呼ばわり」は名誉棄損・信用棄損にあたることが多いと指摘します。もし盗作の濡れ衣を着せられた側に訴えられた場合、どうなるのか。友利氏の著書『エセ著作権事件簿』(パブリブ)より一部を抜粋し、見ていきましょう。

いわれのないパクリ呼ばわりは名誉毀損・信用毀損の可能性大

十分な根拠もなく、公に他人を盗作・パクリ呼ばわりするエセ著作権者は少なくないが、こうした発言は名誉毀損・信用毀損にあたることが多い。何の落ち度もない他人に対して、あたかも不正行為や不法行為を働いたかのように喧伝しているのだから当然だ。特に職業クリエイターに対する発言は問題である。誰も、盗作をするような者に仕事を発注したくない。そのような評判を立てられては、活動に悪影響が出るのは必至であり、悪質な営業妨害といえる。

では、このような盗作・パクリ呼ばわりを逆に名誉毀損で訴えた場合、どの程度の損害賠償金を得られるのだろうか。名誉毀損行為に対する法的責任は、発言の内容だけでなく、発言がなされた経緯・背景、当事者の関係性、当事者の属性、発言がなされた場面や媒体の性質、実質的な被害の程度といったさまざまな要素により左右されるため、一概にこのくらいと目安を示すのはあまり適切ではないし、平均を算定することにもさほど意味がない。それを承知のうえで、代表的ないくつかの事件の賠償額を紹介しよう。

個人に対して400万円という高額賠償も

個人間の係争での高額賠償として記憶されるのが、著書『中国塩政史の研究』(法律文化社)の内容の一部について、同分野の学者から盗作呼ばわりされた東洋史学者・佐伯冨による名誉毀損訴訟(※注1)だろう(著書『エセ著作権事件簿』では『中国塩政史の研究』事件として詳細に解説している)。

(※注1)東京地裁平成元(ワ)5607号・平成元(ワ)12275号

佐伯がこの学者から受けた「盗作批判」は熾烈を極め、当該学者は「エセ著作権被害」を東洋史学の関係者や各種メディアに喧伝し、最終的にはなんと宮内庁にまで直訴する始末であった。そして、佐伯がこうむった実害も、同氏が内定していた日本学士院の恩賜賞・学士院賞の受賞を1年逃すという筆舌に尽くしがたいものだったのだ。佐伯の名誉毀損の訴えは無事に認められ、この学者は400万円という高額の損害賠償と新聞での謝罪広告まで命じられている。もっといえば、この裁判ではそもそも佐伯の請求額が400万円だったため、それ以上の賠償命令はなされない。もし佐伯が500万円と言っていたら、500万円になった可能性もあった。

2023年10月には、漫画家からイラストのトレース疑惑をかけられたイラストレーターが、この漫画家に対して提起した名誉毀損訴訟で、漫画家に314万円の損害賠償命令が下された判決が確定している(※注2)。漫画家がイラストレーター本人やその取引先等に対して、膨大な「トレース検証画像」を伴ってトレースを認めるよう迫り、これが認められないとネット上で「被害」を訴えて回るなどの迷惑行為を繰り返したという事件である。その結果、イラストレーターはいわれのない中傷を受け、仕事にもキャンセルなどの影響が出たというのだから気の毒な話だ。

(※注2)東京地裁令和2年(ワ)25439号・令和3年(ワ)1631号

漫画家は、両者の絵を重ね合わせると「線の重なり」あることから、執拗にトレースされたという思い込みに囚われたようだが、これがまさしくパクられ妄想だったのだ。裁判所は、これらの中にはイラストレーターの方が先に制作したイラストが含まれていること(つまり時系列的にトレースが不可能)や、第三者のイラストと漫画家のイラストを重ね合わせても線が重なること、そもそも人の顔の各パーツの配置は選択の余地が狭いことなどを認定。その結果、「線の重なり」があるからといってトレースされたことの証明にはならないことが判示されている。イラスト業界の一部では、単に絵を重ねて線が重なっただけで「トレパク」などと囃し立てるむきがあるが、肝に銘じるべき裁判例といえるだろう。  

先のトレース疑惑裁判もしかりだが、ネット上の軽口に対しても高額賠償が命じられている。近時、ネット上の誹謗中傷等に対する損害賠償請求訴訟が増加しているが、差別的発言や侮辱的発言に対する損害賠償よりも、盗作呼ばわりに対する損害賠償金の方が高額となる傾向があるようだ。どちらも許されざる行為ではあるが、侮辱発言を受けたせいで信用や仕事までをも失うことはあまり考えにくい。一方、ここまで述べた通り、盗作の濡れ衣は、クリエイターにとって業務上の信用毀損に直結する問題であり、その点でより重大な加害行為といえるのだ。

著書『エセ著作権事件簿』では、元東京都知事の作家が、ツイッター上で当事者名をぼかしながらも推測可能な書きぶりでエセ盗作被害を投稿し、100万円の和解金を支払う羽目になった『ストレートニュース』事件を解説しているが、これはあながち高額な和解金ではない。

パクられ妄想で「殺傷予告と同レベルの罪」

あるブロガーが、自分のブログや掲示板における記事を、小説家の川上未映子(みえこ)に盗作されたと思い込んだ。そのブロガーが、本人曰く「〔自分のブログ等を〕モチーフに原告〔川上〕が小説を執筆し、うまく波に乗って成功したことが悔しくて」という身勝手な嫉妬を抱き、川上を指して「盗作」「剽窃・ゴースト三昧の作家」「格下の盗作疑惑女性作家」などとネット上で非難し、あまつさえ「やるっきゃない、さすしか」「11月18日やろうと思えばやれる」などと殺傷予告と受け取れる書き込みまでしでかした事件がある。

これについて川上がブロガーを特定し、提訴した裁判(※注3)では、盗作関連の書き込みに対して100万円の損害賠償が認められている。注目すべきは、殺傷予告関連の書き込みに対しても、これとは別に100万円の損害賠償が認容されていることだ。つまり、作家がエセ盗作指摘によって受けた精神的苦痛は、殺傷予告によって受けた苦痛と同レベルであることを示した判決ともいえるのだ。非常に重い罪であることがお分かりだろうか。

(※注3)東京地裁令和2(ワ)21000号

著作権侵害は認められたのに“騒ぎ立てたせいで”大損した例も

示唆に富むケースとして、ある風俗ライターが、風俗雑誌『実話大報』に、自分が書いた風俗店体験記を盗作されたと主張し、ブログで「毎月複数誌で著作権侵害を続ける悪質極まりない出版社」「驚くほど著作権侵害をくり返す出版社」などと告発した事件がある。裁判では、風俗ライターが版元を著作権侵害で訴え、一方の版元も、風俗ライターを名誉毀損で反訴している(※注4)。

(※注4)東京地裁平成24(ワ)3677号・平成24(ワ)7461号、知財高裁平成26(ネ)10003号

この裁判では、『実話大報』の著作権侵害が認められ、版元に55万円の損害賠償金の支払いが命じられている。だが一方で、著作権侵害がなされたのは2回だけだったため、裁判所は、「毎月複数誌で著作権侵害を続ける」「驚くほど著作権侵害をくり返す」とのブログ記事には真実相当性がなく、ブログ記事は版元に対する名誉毀損・信用毀損にあたることも認め、風俗ライターにも40万円の支払いを命じたのである。

つまり、この風俗ライターが、おとなしく粛々と著作権侵害訴訟だけをやっていれば、55万円の賠償金を得られたはずが、頭に血が上って大げさにネットで騒ぎ立てたせいで、差し引き15万円の実入りに留まったというわけだ。本人にしてみれば、まったく憤懣(ふんまん)遣る方なしでしょうな。

教訓。もし本当の著作権侵害の被害に遭ったとしても、必要以上にネット上で怒りをぶちまけてしまえば、自分も法的責任を問われることになりかねない。いわんや、それがエセ著作権だったならば、なおさらだということだ。

友利 昴

作家・一級知的財産管理技能士

企業で法務・知財業務に長く携わる傍ら、主に知的財産に関する著述活動を行う。自らの著作やセミナー講師の他、多くの企業知財人材の取材記事を担当しており、企業の知財活動に明るい。主な著書に『職場の著作権対応100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)、『エセ著作権事件簿』(パブリブ)、『知財部という仕事』(発明推進協会)、『オリンピックVS便乗商法』(作品社)など多数。

講師としては、日本弁理士会、日本商標協会、発明推進協会、東京医薬品工業協会、全日本文具協会など多くの公的機関や業界団体で登壇している。一級知的財産管理技能士として2020年に知的財産管理技能士会表彰奨励賞を受賞。

(画像はイメージです/PIXTA)