国際映画祭に参加する真の醍醐味は、映画を通じて世界とつながる感覚を得られることだ。第36回東京国際映画祭のオフィシャルプログラムとして10月27日に開催された、ケリング「ウーマン・イン・モーション」は、俳優のペ・ドゥナ、水川あさみ、そしてプロデューサーの鷲尾賀代の韓国、日本、米国での経験を持つ3人の女性映画人が、古今東西映画界で働く女性たちが抱えてきた問題と現在地、そしてより良い未来への展望を語り合う、まさに国際映画祭らしいイベントとなった。

映画祭の改革を推進する是枝裕和監督

■「韓国の映画ファンの高いリテラシーに衝撃を受けた」(水川)

「ウーマン・イン・モーション」は、カンヌ国際映画祭のオフィシャル・パートナーでグローバル・ラグジュアリー・グループであるケリングが、2015年に立ち上げた映画祭公式プログラム。昨年のカンヌ国際映画祭では、アジア系女優初のアカデミー賞主演女優賞を受賞したミシェル・ヨーが「ウーマン・イン・モーション」アワードを受賞している。東京国際映画祭においては今回が3度目の開催となり、昨年の「ウーマン・イン・モーション」に松岡茉優と共に参加した是枝裕和監督は、オープニング・スピーチで「映画の現場で活躍する女性たちが、なにが課題なのかを語り合う『ウーマン・イン・モーション』が東京国際映画祭の一環として開催されることは、大きな進歩だと思っています」と挨拶した。

是枝監督は2020年より東京国際映画祭の交流ラウンジの検討委員を務め、映画祭の改革を推進すると共に、昨年からは映画監督有志が集まり、映画界の労働環境向上を働きかける「action4cinema」を結束。イベント当日は、有志の会が編纂した「制作現場のハラスメント防止ハンドブック」が、西川美和監督と岨手由貴子監督によって来場者に手渡された。是枝監督は観客、そして未来の映画人に向け、「興味を持っていただけたら、帰りの電車の中でも目を通していただけるといいかなと思います。おそらくこの中にも、今後映画界で働きたい方、役者として現場に立ちたいと思っている方もいらっしゃると思いますので、ぜひ一緒に、一歩ずつ日本映画をめぐる環境を良くしていく仲間になってください」とメッセージを贈る。

ペ・ドゥナは韓国映画界を牽引するトップ俳優であるだけでなく、山下敦弘監督の『リンダ リンダ リンダ』(05)、是枝裕和監督の『空気人形』(09)、『ベイビー・ブローカー』(22)、ウォシャウスキー姉妹が手掛けた『クラウド アトラス』(12)、『ジュピター』(15)など、国外にも活躍の場を広げている。WOWOWチーフ・プロデューサーで、マイケル・マン監督による『TOKYO VICE』(22)などで国際共同制作を手掛ける鷲尾プロデューサーは「2008年ごろ韓国ドラマの撮影現場を見させていただく機会があったのですが、当時は日本よりも過酷な現場という印象でした。この15年で、どう改善されて世界で躍進しているのでしょうか」と、韓国映画界の変化の理由をペ・ドゥナに問いかけた。

「デビュー当初の2000年代序盤は、テレビドラマの仕事が多かったので、2〜3時間しか睡眠時間が取れないことも多かったです。撮影の5分前に台本があがって一生懸命覚えるような、今週放送するエピソードを今週撮影する生放送のような状況でした。当時はそうでしたが、韓国は新しいことを素早く吸収していく国なんだと思います。アメリカに良いシステムがあると聞けば取り入れ、また、それを応用する。労働法も大きく作用しました。韓国の労働者が1週間に働ける時間は52時間だと私は理解しています。それは映画、ドラマ、放送、すべての労働者に適用されています。スタッフは労働法に該当しますが、私たち俳優は撮影がAチーム、Bチームと別班体制で行われているので適用されないこともありますが」とペ・ドゥナが言うと、水川あさみも深く頷いた。

韓国における労働時間遵守は『パラサイト 半地下の家族』の撮影時にポン・ジュノ組でも標準労働契約を結び、最低賃金と週52時間制を導入したことで広がったと言われている。ポン・ジュノ監督は、『スノーピアサー』(13)と『オクジャ』(17)ハリウッド式の組合規定に従った制作環境を体得し、『パラサイト』でも取り入れたと語っている。同様に、アカデミー賞授賞時に同作プロデューサーのミキ・リーは、「忌憚のない意見をくれる韓国の観客たち、映画ファンに最大の感謝を。彼らが監督や製作者を高みにのぼらせ、彼らがいなければ私たちはこの場に立つことはありませんでした」とスピーチした。

東京国際映画祭の直前に行われた釜山国際映画祭に主演映画の『霧の淵』(村瀬大智監督)が招待され、初めて海外映画祭を訪れた水川あさみは、その“厳しい目を持つ観客”との対話によって目の覚めるような経験をしたそうだ。「奈良県の小さな村を舞台にした映画ですが、会場は満席で、映画に対する興味を感じました。質疑応答で寄せられた質問の深さが日本とは全然違い衝撃を受けました。文化としての映画を観る目の水準が韓国と日本ではまったく違い、リテラシーの高さを目の当たりにしました。私も映画に携わっていきたい俳優の一人であるとすると、これは今後のすごく大きな課題なのかもしれないなあと思いました」と水川が述べると、ペ・ドゥナは「私は韓国の観客しか知らないので、日本やほかの地域の観客と比較はできませんが、こんなに映画が大好きな民族は珍しいのではないかと思います。映画館に行って映画を観る文化が、日常生活に溶け込んでいるのです。釜山は本当に映画を愛する人たちが集まる場所なので、そういう方々と出会われたのではないでしょうか。どうして韓国映画がこれだけ力を発揮できるのかというのは、韓国の観客のレベルが上がっているから、私たちもその目線に合わせていかなくてはいけないという相互作用があるんだと思います」と、韓国、特に釜山の観客についての見識を共有してくれた。

■「女性やマイノリティの方はまだスタートラインにも立っていない」(鷲尾)

映画業界における女性たちのムーブメントに、2017年にアメリカで始まった「#Me Too」運動がある。有名プロデューサーのハーヴェイ・ワインシュタインの性的虐待を告発したNYタイムズの記事が発端となり、やがて業界における女性雇用比率や賃金格差といった相対的な差別の問題への抵抗運動へと発展していった。当時アメリカ・ロサンゼルスで仕事をしていた鷲尾プロデューサーは、「#Me Too」による結果として、女性の労働環境は改善されつつあると語る。40代以上の女性主人公の作品が少ないのならば自分で作ろうと制作会社を立ち上げたリース・ウィザースプーン、そして黒人女性監督の第一人者であるエイヴァ・デューヴァネイ監督(『セルマ』『僕らを見る目』)は、積極的にマイノリティ人種をスタッフに起用し、映画界の包摂性を上げる動きを起こしている。

鷲尾プロデューサーは、「それまで白人男性が主に雇われていたポジションに、意図的に必ずマイノリティか女性を、という声が一気に上がりました。私自身は、実力のある人を雇って、それがたまたま全員白人男性や黒人女性でもいいのではと考えていました。でもアメリカ人との議論の中で、いままで白人男性がずっと雇われてきたのだから、女性やマイノリティの方はまだスタートラインにも立っておらず、経験を積んできた白人男性と比べるのは不公平だ、だからいまは意図的に機会を与えるために女性やマイノリティを雇って、そのあとに、平等に実力で比べられる時代がくるのだ、と言われハッとしました」と、実体験を交えて述べた。

映画に出演し始めて25年ほどになるペ・ドゥナは、韓国の映画制作現場における女性の扱われ方に疑問を抱いていたという。「私が最初に女性監督と仕事をしたのがチョン・ジュリ監督の『子猫をお願い』という作品で、2000年代序盤でした。いまだから感じるのは、当時女性映画監督は本当に少なく、撮影現場にも女性スタッフはいましたが、彼女たちが最年少でいる間はみんなにかわいがられるけれど、彼女たちが監督になった時は摩擦が生じるようになります。当時は、どうして男性の監督だと生じないような葛藤が女性監督には生じるのだろう、それは本当に不当だと感じていましたが、いまはそんなことはなくなりました。20年間の間に、#Me Tooもありましたし、人々の意識が改善されていっていることもあると思います。最近チョン・ジュリ監督の『私の少女』に出演しましたが、女性スタッフがたくさんいる現場で、発展していると感じました。アメリカは言うまでもありません。何度もご一緒したウォシャウスキー監督の現場は当然オープンですし、平等です。マイノリティに向けられる偏見のようなものもありません。いろいろな意味で学びのある現場でした。私は長い間儒教の教えを受けた国で育ったので、男性女性というのは単に性別であるだけで、仕事においてはまったく関係ないと気づきました」と、ペ・ドゥナは海外での経験を交えて語ってくれた。

水川は二人の話を聞きながら「いま、とても学びになる時間を過ごしています」と言い、当時日本では#Me Tooについてあまり言及されていなかったが、「今日のこのトークショーのように、問題提起されることが多くなったように感じています。日本人の性質としてすぐに変わるのはなかなか難しい。だから現場で変えていかなきゃと思っても、結局変わっていかないのはそういうところにあるのかなと思います。根本的にいろいろな水準を上げなくちゃいけないんだろうなと思うし、純粋に『この作品に関わりたい』と思う人たちと作品を作る環境づくりにもつながってくるのではないでしょうか」と語る。そして、「先進国の中でジェンダーギャップ最下位を毎年更新し続けている日本から来た私としては、アメリカは本当に天国のような環境でした」と言う鷲尾プロデューサーが、「アメリカはこうして短期間で業界がガラッと変わったので、そういう変化を恐れないアメリカの底力も知りました。日本は変わることがものすごく不得意なので、最初はコピーからでもいいのでやるべきだと思います。韓国の映画界から学ぶこともいっぱいあります」と、問題意識が高まりつつある日本映画界の変革に期待を寄せる。

ネリストの3人、そしてモデレーターを務めた映画評論家の立田敦子を含めた4人は、映画界における疑問や問題点について活発な議論を交わし、1時間のトークからたくさんの金言が飛び出した。特に鷲尾プロデューサーがもらした「出る杭は打たれる」という言葉に水川あさみは深くうなずき、ペ・ドゥナは何度も「出る杭…」とつぶやいた。韓国語では「尖った石はノミに打たれる」というそうだ。彼女たちが投げかけるメッセージがたくさんの杭や石となって会場を舞い、満場の観客を勇気づけているようだった。最後のまとめで、これから映画を目指す人々へ、三人三様のエールを贈った。

鷲尾賀代「20代とか若い方は本当に、アメリカのフィルムスクールに行くのが一番早い手だと思います。システマティックな卒業生達の仕組みもありますし。いまはだいぶ変わってきたと思うんですけど、本当に厳しい世界だと思います。日本の文化として『出る杭は打たれる』というのがありますが、まず、打たれてもそこまでめげないメンタリティーを持つのは大事ですね。運ももちろんすごく重要な要素ですが、その運を引きつけること、チャンスは一回とか数回しかやってこないので、掴み取る準備を常日頃からずっとしておくこと。そういうふうにやっていれば、誰かがどこかで見てくれているんじゃないかなって、私は信じて今後も頑張っていきたいと思います」。

水川あさみ「ちょうど6年ぐらい前、プロダクションに所属していたのを辞めて独立しました。それまでは私は割とテレビドラマの仕事が多く、しかしずっと『映画に関わりたい、舞台もやりたい』っていう、自分のやりたいことがすごく明確にあるなかで、そこにいるのはちょっと違うなあと思って、独立したんです。そのころの業界の動きは、それこそ本当に出る杭は打たれるじゃないけど、煙たがられるような存在になった時期もあったんですが、でもやっぱり映画に関わりたいってすごく純粋な気持ちがあって。 私なりに一歩ずつ一歩ずつやってきたつもりではあったんですね。ここ数年、たくさんの映画でご一緒させていただくこともできて、『映画の神様が肩を組んでくれた、やったぜ!』ということがありました。女性であっても男性であっても、なにが起きても自分のこの確固たる気持ちは変わらないんだっていう強いポリシーというか、マインドを持ち続けることがすごく大事な気がします」。

ペ・ドゥナ「日本の映画界で『出る杭は打たれる』という言葉を聞いて、ちょっと衝撃を受けました。出る杭は…打たれますよね。でも、杭がたくさん出ていたら、どこに当てたらいいのかわからなくなって大変になるかもしれません。だから当たって砕けろ、ぶつかってみる。そして、これから映画を始めようとしている人たちには、先輩として応援しています。勇気と希望を伝えたいです」。

取材・文/平井伊都子

東京国際映画祭で開催されたトークショー「ウーマン・イン・モーション」の様子をお届け