若いころは健康に自信があった人でも、年を重ねることで病気やけがのリスクは格段に高まります。健康を損ねる可能性を見据えて老後の資金計画を立てなければ、後々大きな後悔をすることも……。本記事ではNさんの事例とともに、老老介護の危険性についてFP dream代表FPの藤原洋子氏が解説します。
日本人の平均的な介護期間
高齢になって、人の手助けが必要になる期間はどのくらいかご存じでしょうか?
「健康寿命」という言葉を耳にしたことがある方も少なくないかもしれません。健康寿命とは「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」のことです。平均寿命と健康寿命には差があります。厚生労働省の調査では、2019年の平均寿命と健康寿命の差は、男性で8.73年、女性は12.6年でした。この期間は、「健康でない状態で過ごす期間」です。
生命保険文化センターが行った調査では、介護を行った期間や現在介護を行っている方の経過期間は、平均61.1ヵ月(5年1ヵ月)です。
平均は5年1ヵ月であっても、割合として多いのは4年~10年未満の31.5%、10年以上の介護期間のある方は17.6%。決して少ない割合ではありません。ご本人のご状態などいろいろな要件があると思いますが、たとえば、介護施設に入居して手厚い介護を受けられるなど、介護期間が思っていた以上に長くなることは、想定しておくべきではないでしょうか。
2021年度の公的介護保険の受給者の割合は、85~89歳で男性28%、女性42.3%です。高齢になれば介護保険の受給者の割合は増加しています。ずっと健康で過ごしたいと願うのは誰でも同じだと思いますが、「自分自身も介護される側になるかもしれない」と考えておきたいですね。
資金は潤沢、余裕の老後をスタートさせたはずだったNさん夫婦
Nさん(67歳)は、首都圏にお住まいです。現役時代は大企業の部長職としてお勤めでした。60歳の定年後は、役職からは外れましたが、会社の継続雇用制度を利用し65歳まで仕事を続けました。退職後は、知人の経営する会社で週3日、事務を行っています。
家族は、妻(60歳)と長女(37歳)、長男(35歳)です。長女は10年前に嫁ぎ関西に住んでいます。長男も3年前に結婚しました。長女には2人、長男には1人子供が生まれました。Nさん夫婦には、目に入れても痛くないほど可愛い孫が3人います。
妻は、大学を卒業後Nさんと結婚してからは、子育ての傍らいくつかのパートを経験しました。57歳のときに仕事を辞めて、現在は専業主婦です。Nさんは、夫婦や子ども達の家族との時間を楽しんでいました。
Nさんの退職金は2,500万円、貯蓄は2,500万円ありました。65歳で退職したときに、長女、長男それぞれに子育てに使うお金として1,000万円ずつ渡しました。父母や祖父母から子育てに充てるための贈与には、受け取った人が18歳以上50歳未満までであれば、1,000万円まで贈与税がかかりません。
65歳以降は、Nさんの年金が月額約20万円、知人の会社でのアルバイト代15万円が主な収入です。妻が65歳になれば年金が月額約6.6万円、夫婦の年金は27万円受け取ることができます。Nさんも妻も、もともと浪費をするタイプではなく、生活費は2人で月22万円程度しかかかっていません。貯蓄3,000万円があり、持ち家のローンは終わっており、老後資金は余裕だろうと考えていました。
Nさんの体に異変が…
Nさんは、近ごろ体調の大きな変化を感じていました。
「なんだか足腰がこわばってスムーズに歩けない……。まだまだ若いと思っていたけれど、年には勝てないな」とあまり重く考えないようにしていました。若いころから大きな病気やけがをしたことがなかったので、Nさんは楽観的だったのですが、そばで心配する妻の強い勧めもあり、念のため病院で診察を受けることに。すると、進行性の病にかかっていることがわかりました。
やがて移動する際には車いすが必要になるようになりました。妻は、できる限りのことはしようと頑張っていましたが、Nさんはいらだちをついつい妻にぶつけてしまうことも多くなっていきます。夜中に妻を起こすこともたびたびで、夫婦お互いに疲れが増している様子が続きました。
ある日、立ち上がろうとしたNさんを支えようとした妻は、Nさんの体重を支えきれず、一緒に転んで骨折してしまいました。運よくたまたまNさんの孫とともに遊びにきていた長男が病院に連絡し、2人とも入院することになりました。
これを機に、今後も妻が1人でNさんの介護を続けていくことは難しいと判断されます。長女や長男ともいろいろ検討した結果、Nさんは、医療サービスがスムーズに受けられる、病院併設の有料老人ホームに入居を決めました。
老人ホームに入居ことになったNさん
病院併設の有料老人ホームの、入居一時金は30万円、月額費用は25万円です。Nさんは、現在の仕事を続けることはできなくなります。また、Nさんの年金20万円から25万円の支払いをしなければなりません。
資産は3,000万円ありますが、妻の生活費と合わせて年間300万円かかるとすると、10年で破産する計算です。
「本当にごめんなさい。生前贈与のお金をやっぱり返して欲しいの」
追い詰められたNさんの妻は恥を忍んで涙ながらに長女と長男に連絡しました。しかし、2,000万円の贈与契約は、簡単には解約することはできないことがわかります。
Nさん夫婦はこれからどうすればよいのか?
これからできる対策として以下のことが考えられます。
対策1:Nさんは、厚生年金の被保険者期間が20年以上あるため、生計を維持されていた妻が65歳になるまで加入年金39万7,500円受け取れる。→これを生活費に充てる。
対策2:妻が65歳になると、老齢基礎年金月額約6,6万円、振替加算1万5,323円を受け取ることができる。
対策3:いままでのパート勤務の経験を生かして、妻が仕事に就いて収入を得る。
対策4:民間の介護保険に加入する。
対策5:妻の収入からNISAを活用して積立投資を始める。
対策6:金融機関に、Nさんの判断能力が不十分になったときに備えられるサービスについて確認、手続きする。
さらに、妻も同時期に施設入居を選択することになる可能性もあります。金融機関は代理人等を指定すると、Nさんの判断能力が不十分になったときも現金や預貯金を引き出したりすることが可能です。しかし、不動産を売却するなどの手続きはできません。資金が不足することになれば、長女や長男が負担する必要がでてきます。「家族信託制度」の検討なども含めて、話し合っておくことが大切でしょう。
入院から2ヵ月後、妻の骨折は治り、退院することができました。現在は自宅に一人で暮らしています。日常生活のリズムを取り戻しつつ、仕事を探しているそうです。
「子ども達も頻繁に連絡をくれるので心強いです」と言っています。
60歳以降も働くことは、メリットも多いでしょう。社会とのつながりがあればイキイキと過ごせる時間が持てますし、厚生年金に加入すれば将来の年金額が増えることが期待できます。厚生年金の被保険者が101人以上の会社で週に20時間以上働く方は、厚生年金保険・健康保険に加入できる対象となっています。
Nさんが病にかかるということは、妻や家族にとって本当に悲しい出来事だと思います。どうか少しずつでも前向きに毎日を過ごしていかれることを願っています。
<参考>
公益財団法人 生命保険文化センター「生命保険に関する全国実態調査」/2021(令和3)年度
藤原 洋子
FP dream
代表FP
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