不確実性が高まり、トップダウン型が時代にそぐわなくなった。この先適応できるのは、どのような組織なのか。本連載では、元海上自衛隊海将である著者が、組織の8割を占めるフォロワー(部下)に着目し、上司の「参謀」に育て上げるために必要な考え方、能力について解説した『参謀の教科書』(伊藤俊幸著/双葉社)から、内容の一部を抜粋・再編集。リーダーシップ一辺倒の組織を、自立型の臨機応変な組織に改革するカギを探る。

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 第1回目は、アメーバ経営、ウクライナ軍、米国海軍など柔軟性のある組織に共通する「フォロワーシップ」について解説する。
 

<連載ラインアップ>
■第1回 元海上自衛隊海将が伝授、「最強の部下」を作り、組織を激変させる方法(本稿)
第2回 防衛大学校初代学長が、学生たちに繰り返し訴えた「理性ある服従」とは何か?
第3回 自衛隊で明確に使い分けられている「号令」「命令」「訓令」の違い
第4回 ポテンシャルある若者を、2割の幹部に鍛え上げる自衛隊の仕組みとは?
第5回 カーネギーメロン大学教授が提唱、組織の力を引き出すフォロワーシップ理論

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はじめに

 この本を手に取ったみなさんのなかで、
「ただ命令をこなすだけのロボット社員になりたくない」
「何度提案しても上司に意見やアイデアが通らない」
「出世はそこそこでいいから、働きやすい組織にしたい」
「組織のなかで自分の存在意義を発揮するコツが知りたい」
「この先、後輩や部下を率いる良きリーダーになる近道を教えてほしい」
 など日ごろから、自分の働き方やキャリアパス、さらには自分の会社のあり方そのものに疑問や課題を感じている方は少なくないのではないでしょうか?

 そんな方々に私がすすめたいのは「あなたが会社の参謀になる」ということです。海上自衛隊の海将だった私が「参謀になるべき」と言うと、「三国志諸葛孔明(しょかつこうめい)みたいな『天才軍師』になれということ?」「権力の中枢でリーダーを陰で支える『ブレーン』みたいなもの?」とギョッとされたり、戸惑ったりする方も少なくないでしょう。いずれにせよ大半の人にとって参謀とは身近な存在ではなく、ごく一部の奇才が、たまたまリーダーに見出され抜擢される特別なポジションというのが、世間一般の「参謀像」だと思います。

 しかし、本書における「参謀」は少し意味合いが違います。私が本書のタイトルを「参謀の教科書」としたのは、みなさんにニッチな職業としての参謀を目指してほしいからではありません。私はむしろ参謀を〝当たり前の存在〟にしたいと考えています。参謀のように上司を積極的に補佐する役回りを日本中のあらゆる組織・階層に普及させたい。ひいてはそれが日本企業の再生につながるとも信じています。

 ちなみに私は日ごろの大学院の授業やビジネスパーソン向けの講演などでは「参謀」という言葉ではなく、「フォロワーシップ」という言葉を使っています。スポーツマンシップ、クラフトマンシップといった言葉があるように、フォロワーシップとはひと言でいえば「部下としてのあり方」のことです。

 詳しくは本文で述べますが、唯々諾々とただ上司の命令に従うのではなく、「部下自ら頭を使い、積極的に上司の意図を理解し、上司に意見を述べたり、働きかけたり、補佐したりできる部下のあり方」のことを「正しいフォロワーシップを発揮した状態」もしくは「理想的なフォロワー」と言います。アメリカ発祥の概念で、もともと個人の主体性が重んじられる欧米文化ではすんなり受け入れられ、すでに浸透している概念です。

 しかし、日本ではごく一部の組織を除き、フォロワーシップの概念はまったくと言っていいほど普及していません。組織を語るときは相変わらず「リーダーシップ(リーダーとしてのあり方)」ばかりが語られ、部下の仕事はリーダーに従うことだと信じる人だらけです。私が毎年大学院で新しい学生を迎え入れても、「フォロワーシップって何ですか?」という学生が大勢いて驚かされます。そこで私が「部下としてのあり方だよ」と説明しても、「部下のあり方と言われても・・・・・・」と困惑した表情を見せます。ようは「部下のあるべき姿」など考えたこともない人が多いのです。

  それなりの経験と教養のある学生が集う社会人向けのMBAで、なおかつ私の授業のテーマがフォロワーシップであるとシラバスに明記してあるにもかかわらず、「初めて聞いたので受講しました」というのです。

 そこで本書では「正しいフォロワーシップの理解と実践」に主題を置きつつも、前面で使う言葉としてはあえてフォロワーシップよりも具体的なイメージの湧きやすい「参謀」という言葉を使いました。なぜなら部下が「正しいフォロワーシップ」を発揮していけば、おのずとその部下は自分の上司の参謀的な存在になるはずだからです。

組織改革は8割を占めるフォロワー(部下)がカギを握る

 では改めて、なぜいまの日本社会に参謀(正しいフォロワーシップ)が必要なのかという話をしておきましょう。それは従来のリーダーシップ一辺倒の組織、つまり、「組織の命運を担うのは上層部の意思決定や言動で、下はそれに従うだけ」というトップダウン型の組織がいまの時代にそぐわないからです。

 リーダー自身もなにが正解なのか分からず、その正解らしきものも技術革新などでいとも簡単に変わる不確実性の時代において、組織が成長していくためには柔軟性が不可欠です。では、組織の柔軟性はどう実現するかといえば、中央集権的な仕組みをできるだけ解体し、権限を分散し、個々の力を引き出すこと以外に方法はありません。

 組織を小集団に分け、それぞれに予算や権限を与えていく故・稲盛和夫氏の「アメーバ経営」などはフォロワーシップで動く組織の典型です。氏はフォロワーシップという言葉は使わず「全従業員経営」という表現を使われましたが、本質的には同じことを意味しています。若手社員にどんどん権限を与えるリクルートなども、フォロワーシップを前提にした組織と言っていいでしょう。

 考えてみれば、どんな組織も8割はフォロワー(部下)が占めているわけです。それなのに組織を語るときにリーダーのあり方ばかり語るのはバランスに欠けていると言わざるを得ません。組織を劇的に変えたいなら「リーダーのあり方」で悩むのではなく、8割のフォロワーのあり方にメスを入れたほうが圧倒的に効果的なはずです。

 フォロワーシップの啓蒙は海上自衛隊退官後の私のライフワークとなっていますが、私がフォロワーシップの伝道者をしている理由は海上自衛隊、とくに潜水艦部隊は、まさにフォロワーシップを前提とした組織だからです。

 そのモデルとなったのはアメリカ海軍です。帝国海軍当時も日本の潜水艦は有名でしたが、敗戦によって解体されます。そして、戦後に新設された海上自衛隊にはアメリカ海軍から潜水艦ミンゴが貸与されることになり、合わせて米海軍の運用や作戦思想を学びました。フォロワーシップを中心とした運用方法もそのときに導入されたのです。

 「軍隊=トップダウン」と信じてやまない人がほとんどかと思いますが実は違いますロシアウクライナの戦争をみても、ロシア軍は古典的なトップダウン型組織であり、指揮系統が乱れると現場が機能しなくなりますが、ウクライナ軍は現場レベルの指揮官が自立しているので臨機応変に意思決定ができる、まさに「アメーバ」的な組織であり、それが彼らの強みとなっています。

 アメリカ海軍もかつては中央集権的な組織でした。そんな彼らがフォロワーシップを導入したのは下士官が賢くなったからです。経済発展に伴い高学歴の下士官が増えたことで「上官の命令だから」という理由だけで命令を従わせることが難しくなってきました。そこで作戦行動をあえて下士官に説明させたり、式典時に下士官の長を指揮官の横に配置するといった「先任伍長制度」を導入し、当事者意識をもたせることで組織としての柔軟性や多様性、活力を担保しようとしたのです。

 トップダウン型の組織や統治がまったく不要だと言いたいわけではありません。迅速な意思決定が必要なときや大胆な施策を遂行するときはトップダウンでなければ任務の完遂(かんすい)は困難でしょう。

 しかし、トップダウン型組織はごく一部の人間の下す意思決定に組織全体の運命が委ねられるリスクを常に含んでいます。日本の場合、太平洋戦争における帝国陸海軍でその危うさが露見してしまいました。 

<連載ラインアップ>
■第1回 元海上自衛隊海将が伝授、「最強の部下」を作り、組織を激変させる方法(本稿)
第2回 防衛大学校初代学長が、学生たちに繰り返し訴えた「理性ある服従」とは何か?
第3回 自衛隊で明確に使い分けられている「号令」「命令」「訓令」の違い
第4回 ポテンシャルある若者を、2割の幹部に鍛え上げる自衛隊の仕組みとは?
第5回 カーネギーメロン大学教授が提唱、組織の力を引き出すフォロワーシップ理論

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