実は数年前から中国各地で増殖しているのがこのEV墓場。大量のEVが放置プレイの状態に......。エコとは何かを考えさせられる
実は数年前から中国各地で増殖しているのがこのEV墓場。大量のEVが放置プレイの状態に......。エコとは何かを考えさせられる

中国EVメーカー最大手のBYDの勢いがハンパない。現在、王者テスラを猛追。ジャパンモビリティショーに出展したBYDのブースも広く、熱気ムンムン。死角は一切ないの? 中国の本社と最新モデルを取材した。

【写真】テスラ・モデル3のガチライバル! BYD シールのディテール

■中国各地に現れた"EV墓場"

中国のSNSで拡散し、日本のメディアでも大きく取り上げられているのが、いわゆる"EV(電気自動車)墓場"。今、中国各地では大量のEVが放置され、問題となっている。

ご存じのとおり、中国はEVを普及させるため製造や購入に湯水のごとく補助金を注ぎ、ピーク時にはなんと500社近くのEVメーカーやEVのカーシェアリングメーカーなどが乱立した。

そのため生存競争は熾烈(しれつ)を極め、結果、採算面を考慮してEV事業から手を引く事業者が激増した。中には自社のEVを処分しないままトンズラを決め込む悪質な輩(やから)も。それがEV墓場誕生のカラクリである。

この状況を踏まえ、一部専門家筋の間からは、「中国のEVバブルは崩壊寸前」という声も聞こえる。しかし、その一方で"絶対王者"テスラの背後に肉薄しているのは中国のBYD。なぜBYDは強いのか。自動車研究家の山本シンヤ氏が現地に飛んだ。 

■BYDの創業者は"電池大王"

――そもそもBYDっていつ創業した会社なんスか?

山本 1995年バッテリーメーカーとして起業しました。本社は"中国のシリコンバレー"と呼ばれる、中国南部に位置する広東省深圳(しんせん)市にあります。

――創業者はどんな人?

山本 創業者である王伝福(ワンチュアンフー)会長兼CEO(最高経営責任者)は大学時代から蓄電池の研究に打ち込み、電池一本で突き進んできました。現在につながる足場を築いたのは携帯電話向けのリチウムイオン電池事業。彼は中国で、"電池大王"と呼ばれています。

――いつ自動車産業に?

山本 BYDは低価格路線の電池で台頭し、2003年に小規模な自動車メーカーを買収して自動車業界に参入。これまでバス、トラック、モノレールなど、バッテリーを使った公共性の高いモビリティをつくってきました。

――BYDの電池って何がどうスゴいんスか?

山本 2020年に発表された「ブレードバッテリー」は、希少金属を使わないリン酸鉄リチウムイオン電池を採用しています。この電池は「低コストで発火性の危険も少なく長寿命」といわれる一方で、エネルギー密度の低さが課題でした。

しかし、BYDは開発を進め、その問題をほぼ克服しています。このあたりは約7万人の研究員を抱えているのが大きいでしょうね。

――つまり、BYDは電池技術に絶対の自信がある?

山本 はい。今回の取材でも、この電池に太い針をズブリと突き刺す実演を行ない、安全性の高さを強調していたのが印象的でした。

本社で行なわれた実演ではBYD自慢のブレードバッテリー(左)に太い針を突き刺し安全性をアピールしていた
本社で行なわれた実演ではBYD自慢のブレードバッテリー(左)に太い針を突き刺し安全性をアピールしていた

世界各国からジャーナリストがBYD本社に集まり取材。自動車研究家の山本シンヤ氏(中央)も展示物を撮影
世界各国からジャーナリストがBYD本社に集まり取材。自動車研究家の山本シンヤ氏(中央)も展示物を撮影

――ところで、BYDのEVはずっと売れてたんスか?

山本 販売台数が一気に伸びたのはここ数年の話です。昨年、乗用EVの販売台数は前年比2.8倍の91万台を達成。23年7~9月のEV販売は43万1603台で世界2位でしたが、トップに立つテスラとはわずか3456台にまでその差を縮めています。

――一部で「中国のEVバブルは崩壊寸前」という話もささやかれ始めていますが、BYDの躍進をどうとらえればいい?

山本 繰り返しになりますが、BYDは電池に対して強い信念を持ち、その高い技術力で、約500社という途方もない生存競争を勝ち抜いてきました。言うまでもなく、淘汰(とうたさ)れてしまった有象無象のEVメーカーとは次元が大きく異なる。

あと、あまり知られていませんが、BYDはEVだけでなく、PHEVプラグインハイブリッド)も発売しており販売台数を見ると半々の割合なんです。

――そんな販売絶好調のBYDは、今年1月にニッポン市場に進出しています。

山本 SUVの「アットスリー」を皮切りに、9月に小型車「ドルフィン」、そして24年春にはセダンの「シール」を投入予定です。実は彼らの販売はオンラインが基本なんですが、日本のしきたりに従って、全国にリアル店舗、つまりディーラー網を構築するそうです。

――予定の店舗数は?

山本 25年末までに日本でのディーラーを100店以上開設する計画とのことです。

■テスラモデル3に挑む新型セダンの実力

――BYDの現地取材では、「ジャパンモビリティショー2023」に出展され、注目を集めていた新型EVのシールを先行試乗したそうで?

山本 中国・広東省珠海市にある珠海国際サーキットで試乗してきました。

――どんなモデルですか?

山本 見た目からもわかるように、テスラの戦略車であるモデル3とガチ対抗のセダンタイプです。上級グレードの時速100キロ到達は3.8秒と高性能なスポーツカーに匹敵するスペックを誇ります。実際に試乗すると、完成度は高く、とてもよくできたモデルだと感じました。内外装の質感も良かったですよ。

テスラ・モデル3のガチライバル! BYDの戦略車がこのシール。世界最大の自動車市場である中国で、ライバル・テスラとの販売バトルを大きくリードしたいところ
テスラ・モデル3のガチライバル! BYDの戦略車がこのシール。世界最大の自動車市場である中国で、ライバル・テスラとの販売バトルを大きくリードしたいところ

高い質感を誇るインテリア。目を引くのは15.6インチの巨大タッチモニター。縦向きから横向きへの回転も可能。日本発売は来春を予定
高い質感を誇るインテリア。目を引くのは15.6インチの巨大タッチモニター。縦向きから横向きへの回転も可能。日本発売は来春を予定

――デザインは中国人?

山本 いいえ。BYDのデザインを統括するのはドイツの高級ブランド「アウディ」に勤務していた人物です。

――シールは文句ナシのEVに仕上がっていた?

山本 そこは半分YESで、半分NOですね。YESの部分は技術力の高さです。"ハード"としての完成度に関しては、「日本車もウカウカしていられない」と思う部分が多々ありました。NOの部分は残念ながらクルマからつくり手の"魂"が感じられなかったこと。

決して悪くはないのですが、どこか無機質で、「このクルマでなければ!」というような魅力はありません。

――なぜ無機質になる?

山本 おそらく、「最高の技術を盛り込めば、必ずいいクルマに仕上がるはず」といった技術屋集団的な考えが強いようで、数値に表れにくい感性領域へのこだわりは感じられず......。

正直、感性領域に関しては、長年クルマをつくり続け"味"にこだわる老舗自動車メーカーと比べると、その哲学は決定的に異なっていましたね。

――逆に言うと、中国のユーザーは感性領域の性能をあまり重視していないのでは?

山本 そうかもしれません。ただし、世界市場で戦うためには感性領域は避けて通れない部分ですから、BYDがその重要性に気づいたら、かなり怖い存在になるだろうと。

――ちなみに、ジャパンモビリティショー2023には、BYDからさらに2台の新型が出展されていました。これらはどういうクルマですか?

山本 まずひとつ目はBYDのプレミアムブランド・ヤンワンのオフロードSUV「U8」。最高出力は1100馬力以上で、独立式の4モーター駆動により、その場で360度の回転を行なえ、水上走行も可能だそうです。

最高出力1100馬力以上・ヤンワン U8。世界各国のジャーナリストやユーチューバーが群がっていたのが、こちらのSUV。関係者によれば「世界のセレブも注目」とのこと
最高出力1100馬力以上・ヤンワン U8。世界各国のジャーナリストやユーチューバーが群がっていたのが、こちらのSUV。関係者によれば「世界のセレブも注目」とのこと

――ヤバっ! もう一台は?

山本 BYDメルセデス・ベンツがコラボしたミニバン「D9」。BYDメルセデス・ベンツの合弁会社で、ハイエンドサブブランドの「デンツァ」から売られています。

ベンツと協業のミニバン!デンツァ D9。価格は900万円を軽く突破している超高級ミニバンだが、中国で飛ぶように売れている。メルセデス・ベンツのDNAも人気の理由か!?
ベンツと協業のミニバン!デンツァ D9。価格は900万円を軽く突破している超高級ミニバンだが、中国で飛ぶように売れている。メルセデス・ベンツのDNAも人気の理由か!?

――打倒トヨタ・アルファードって感じのお顔ですね?

山本 D9は昨年8月に中国で発売、すでに10万台以上が売れているそうです。価格は45万元(約920万円)。

――どちらもEV?

山本 そうですが、D9にはPHEVも用意されています。

――この2台の日本導入は?

山本 現時点では導入の予定はないそうです。ただし、今回のショーの反応次第ではわかりません。特にU8は既存の車種に飽きたリッチ層からの需要がありそう。

■中国を走るクルマはほとんどEVなのか?

――ほかに現地で取材した収穫は何かありました?

山本 日本のテレビなどでは、「中国を走るクルマのほとんどはEVです」というような報道がされています。確かに都市部は8割近くがEVでしたが、地方に向かう高速道路では内燃車と半々という感じで、用途によって使い分けているのかなと。これは現地に行って、自分の目で見ないとわからない事実でした。

――「日本は中国と比較するとEV後進国だ」という報道も多いです。

山本 そもそも、EVの命題はカーボンニュートラルの達成です。そこに向けた手段は国や地域によって適したやり方がある。ちなみに日本が早いタイミングで自動車のCO2排出削減を進めていることはあまり知られていません。

IEA(国際エネルギー機関)のデータによると、日本のCO2削減率は欧米のそれと比べると極めて高いレベルにあります。

――ふむふむ。

山本 一方で、日本は中国と違ってEV普及への課題(電源事情やインフラ整備)がまだまだ多く残っている。国は"脱炭素社会の実現"を掲げているものの、その多くは民間任せなのも事実です。そこは良くも悪くも"力業"で推し進めている中国とは違うところだと思います。

中国のようにEVを一気に普及させたいのであれば、もっともっと官民が一体となって取り組む必要があるかと。

撮影/望月浩彦 写真/アフロ 写真提供/BYD

実は数年前から中国各地で増殖しているのがこのEV墓場。大量のEVが放置プレイの状態に……。エコとは何かを考えさせられる