重いテーマの物語である。過去にあった残酷な事件を思い出さずにいられない。罪のない人を巻き込み、命を奪った犯人に対して「自分が死ねばいいのに」と思ってしまったことがある。同時に、そう思ってしまったことが怖いとも思った。一方で、事件が報道されなくなれば、被害者のことも加害者のことも、記憶からすぐに遠ざかっていく。そんな私は、いったいどんな世の中で生きていたいと思っているのか。読みながら考えさせられた。

 主人公の藍は、駆け出しの臨床心理士である。子ども食堂のボランティアで知り合った小学校の教師から、心配な生徒がいるという相談を受ける。誰ともしゃべらなくなり、学校にも通わなくなったという少女・綾香には、リストカットの痕があった。家庭は裕福だが、父親は体面を気にするタイプで、母親は部屋から出てこない。安心感を与えてくれる大人はいないようだったが、家庭教師として訪問するようになった藍に、少しずつ心を開くようになる。綾香の弟は、社会を震撼させた無差別殺人事件の被害者だった。犯人の家族を探し続けているという母親を、助けてほしいのだと言う。

 一方、偶然に知り合った中年女性が、藍の働くクリニックにやってくるようになる。受験勉強で息子を追い詰めてしまった経験を語るこの女性も、大きな苦しみを抱えているようだ。全く無関係のように思われる2つの家族が、藍を通してつながっていく。

 主な登場人物たちは、立場や状況には違いがあるものの、安心できる居場所を失い、孤独に陥るという経験をしている。それは、主人公である藍も同じである。自身も癒えない傷を抱え、迷いながらも居場所をなくした人々に寄り添おうとする藍は、読んでいて危なっかしく、ハラハラさせられる。臨床心理士としては、未熟なのかもしれない。だが、不器用で真摯なその生き方には、誰もが自分自身も他者も存在することを肯定できる社会であってほしいという、著者の願いが託されているように思った。

(高頭佐和子)