まさか「おやじギャグ」連発がCM出演につながるとは。アサヒビール阪神タイガース平田勝男ヘッドコーチに、CMオファーを出したことが判明したのだ。

 それは38年ぶりの日本一に輝いた、ビールかけでのことだ。平田ヘッドは中締めの挨拶で壇上に立つと、

「宴も竹中直人ですが、日もとっぷり暮れたところで、中島みゆきさせていただきます」

 オヤジギャグ連発し、続けてこうも言って選手に檄を飛ばしたのである。

「38年ぶり、岡田監督・平田ヘッドの選手の頃に、やっと君らは追いついた。これからは追い越してみろ」

 そしてハイライトはここからだった。

「いいですか、全国の野球ファンの皆さん、お疲れ生です」

 アサヒスーパードライの瓶のラベルをカメラに見せながら、ニッコリ。さらに畳みかけるように、

「お疲れ生です。スーパードライコマーシャル待ってます」

 Vサインを掲げながら、猛アピールしたのだった。

 平田ヘッドが繰り出す「昭和のオヤジギャグ」が令和の若い選手に響いたかどうかはさておき、アサヒビールの社内は大層ざわついたようである。

 同社のマーケティング部・倉田剛士部長は、

「緊急会議をさせていただきました。その結果、早速オファーをさせていただくことになりました」

 と明かしたのだ。

 持ち前のひょうきんさが功を奏した形になった平田ヘッドは、1959年生まれの64歳。長崎・海星高校で1976年の2年次から、ショートのレギュラーに定着。同年夏には、1学年先輩のエース、「サッシー」酒井圭一投手を擁して甲子園に出場した。翌年の春・夏の甲子園にも連続出場し、明治大学に進学。在学中に明大は東京六大学リーグで4度優勝し、平田ヘッドはベストナインに4回も選ばれている。

 1981年ドラフト2位で阪神に入団すると、2年目の1983年にはショートのレギュラーを奪取。1985年の日本一に主力選手として貢献し、ゴールデングラブ賞を4度受賞するなど、守備の名手として活躍した。

 1994年に現役引退後は野球解説者、阪神コーチや裏方として活動。2002年に明大の先輩である星野仙一氏が阪神監督に就任した際には、監督専属広報となった。

「昨年秋、岡田彰布監督が復帰した時には、親と子以上に年齢の離れた監督と選手のコミュニケーションを心配する声がありましたが、根っからの明るい性格の平田ヘッドが間に入ったことで、うまくいった部分が大いにあったと思います」(スポーツ紙デスク

 平田ヘッドの出演CMがどのようなものになるのか、楽しみに待ちたい。

(石見剣)

アサ芸プラス