早いうちからLGBT条例を成立させ、更には日本政府が掲げる学習指導要領から外れた性教育を普及させたりするなど、LGBT関係における埼玉県の独走ぶりは全国トップレベルの座を獲得している。

 そして今、児童養護施設の一部で「性の多様性」の取り組みの一環として「男子寮・女子寮の撤廃がなされたとの事実が確認された」とするSNS投稿があった。埼玉県富士見市議によるものだ。

 だが、11月9日読売新聞オンラインでは〈県は全施設に確認を行った上でそのような事実はないと否定した〉としており、富士見市議もSNSで訂正。「誤情報」であることが明らかになった。

 では「誤情報」で終わらせていいかと言われれば、筆者は大きな疑念を抱いている。

 施設の方針を決めるのは条例などではなく施設管理者であり、民間施設に関しては県ではない。要するに、県があずかり知らぬところで立ち上がる可能性もあるのだ。

 そしてコレがキモであるが、読売新聞オンラインによれば、担当の県幹部は児童養護施設においてきめ細やかな対応が望まれる児童のケースに「性自認が戸籍上の性別と異なる子ども」を挙げており、この発言には大きな疑問符が付く。男女別の寮を廃止する話が誤情報だった、ではないだろう。

 この発言は、LGBT先進県埼玉の県幹部によるもので「性自認」という発言が問題なのである。性自認、要するに自認する性により入所先が決まる。つまり自認が女であるという男の子は女子寮に入ることが考えられるため、こちらの方が状況は深刻とも言える。

 なにより、女子大でも性自認による受け入れを始め、子どもには「性の数は無限大。自認する性こそ大事」と教育を始めた現在、この話は遠からず出てくる問題ではないだろうか。

 これは性教育問題に続いて、またもや「子ども」が渦中となる案件だ。特に児童養護施設に関しては、基本的に調べて選んで入る、などということはできないだろうし、簡単に施設から逃げ出すこともできない。

 施設には色々な事情を抱えた子どもたちが入る。その中には、虐待や性暴力から逃れてきた女の子もいる。そんな状態の女の子が、性の多様性の名の下に男の子、もしくは「性自認が戸籍上の性別と異なる子ども」と同じ建物で暮らすことになったとすれば、メンタル的に本当に問題がないのか。

 事実、今でさえ児童養護施設における性暴力事件は発生している。逃れた先でまた被害に遭うなど、絶対にあってはならない。住む場所は、安心安全の場所でなければならない。

 優先すべきは多様性よりも、防犯と安心安全。本件が誤情報でよかったということより、この県幹部の発した「性自認による配慮を検討していること」は事実であり、放っておけば近い将来、どこかで同じような問題は発生する。子どもの安全を守る大人として、無関心ではなくアンテナを張って見張っていくべきだろう。それが結果的に、無茶苦茶な決定を未然に防ぐことにも繋がるのだ。

(群シュウ

アサ芸プラス