世界最大級の日用消費財メーカーP&Gの元CEO、A・G・ラフリー氏は、「Thinkers50」に選ばれた戦略顧問のロジャー・L・マーティン氏とともに、10年間で売り上げを2倍に、利益を4倍に、市場価値を1000億ドル以上向上させた。本連載では、戦略とは何か、どう立て、どう実行に移せばよいかについて彼らが余すところなく解説した『P&G式 「勝つために戦う」戦略』(A・G・ラフリー、ロジャー・L・マーティン著/パンローリング)より、内容の一部を抜粋・再編集。ファブリーズ、パンパースといった象徴的なブランドで、同社が繰り返し勝利してきた秘訣を明らかにする。

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 第1回目は、多くのリーダーたちが有効な戦略を立てる代わりに打ってしまいがちな5つの悪手と、業界で競合他社に抜きんでるために正しい「選択」がいかに重要かを解説する。

<連載ラインアップ>
■第1回 P&Gの売り上げを2倍、利益を4倍にした元CEOが語る「戦略」の核心(本稿)
第2回 業界の常識をひっくり返したP&Gのスキンケア・ブランド「オレイ」の再生戦略
第3回 P&Gの圧倒的な競争優位性を生み出す原動力となった「アスピレーション」とは
第4回 強みを生かして勝つための、P&G式「戦場の選び方」と「戦法」とは?
第5回 P&Gの「5つの中核的能力」とライバルが模倣できない独自の組み合わせとは?

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戦略とは何か?

 戦略は、割合に新しい分野である。前世紀の中頃まで、今では総じて戦略と考えられていることの大半は、単にマネジメントに含まれていた。だから、多くの組織が戦略の定義や、有効な戦略の立て方に手を焼いているのは無理もない。戦略のこれという定義が広く認められているわけではなく、その立て方をめぐるコンセンサス(合意)はさらに乏しい。成功した戦略はどことなく魔術のようで、予(あらかじ)め知ることも理解することもできないが、振り返れば明らかなものと思われている。

 だが、そうではない。戦略のあり様とは、市場で勝つための具体的な選択に関わっている。恐らくこれまで書かれた戦略論で最も世評の高い『競争の戦略』(ダイヤモンド社)の著者マイケル・ポーターによれば、競争相手に対して持続可能な競争優位性を作り出す企業は、「独自の価値を提供するために一連の活動を意識的に選んでいる」。それゆえ戦略は、何をし、また何をしないかについての明確な選択を必要とするし、こうした選択を核にして事業を組み立てるということだ。手短に言えば、戦略とは選択である。もう少し具体的に言えば、戦略とはある企業を業界において独自のポジションに位置付け、それによって、競争相手に対して、持続可能な優位性やより優れた価値を生み出すもの、ということである。

 選択をするのは苦しいし、他の必要とうまく折り合いがつくとも限らない。明確で、選(え)り抜かれた、敢然とした勝利の戦略を持っている企業は少な過ぎると思う。特にCEOは、本当に重要なことではなく、目先の急に追われていることがあまりにも多い。行動重視の組織の場合、えてして思考は二の次になる。多くのリーダーたちは、有効な戦略を立てる代わりに、次の悪手の一つを取ろうとする。

 ①戦略をビジョンと定義する。
 ミッション・ステートメントやビジョン・ステートメントは戦略要素の一つだが、それが全てではない。それでは生産的な行動の導きにはならないし、望ましい将来像を描く明確な地図にもならない。そこには事業の取捨選択がない。持続可能な競争優位性や価値創造の材料に焦点を当てていない。

 ②戦略を計画と定義する。
 
計画と戦術はいずれも戦略の要素だが、これもそれだけでは不十分だ。いつ何をするかについての詳細な計画を立てたからといって、持続可能な競争優位性が強まるわけではない。

 ③長期的な(中期的でさえ)戦略が可能であることを否定してしまう。 
 
中には、世の中は急速に変わっているのだから、予め戦略を立てることなどできず、機会や脅威が現れるたびに対処するべきだというリーダーがいる。瞬発的戦略は多くのIT(情報技術)企業や新興企業でスローガンとされ、彼らは実際、変化の激しい市場に直面している。残念ながら、こうしたやり方は企業をより受動的にしてしまい、より戦略性あるライバルの好餌(こうじ)にしてしまう。変化の激しい環境でも有効な戦略は立てられるどころか、むしろ競争優位性や大きな価値創造の源泉になり得るものだ。アップル、グーグルマイクロソフトが戦略を避けているわけでもない。 

 ④戦略を、旧来の方法の改善と定義する。
 
ほとんどのリーダーは、既にやっている仕事を改善しようとする。これによって効率性が生まれ、いくらか価値が高まることはある。だがこれは戦略ではない。それでは誤った仕事に資産や資源を消耗してしまう一方で、もっと戦略的な競争相手がそんな仕事を避けるという現実的な危険に対処できない。旧来の航空会社が(拠点から多数の都市へつなぐ)ハブ&スポーク方式による運航の改善に取り組んでいた一方で、サウスウエスト航空が新たな(都市と都市を直接結ぶ)ポイント・トゥ・ポイント航路によるビジネスモデルによって革新をもたらしたことを考えてみてほしい。ビジネスに改善が存在する余地はあるが、それが戦略というわけではない。

 ⑤戦略を、一連のベスト・プラクティスと定義する。
 
どんな産業にも、広く用いられているツールややり方がある。組織によっては、戦略とは競争相手とのベンチマーキング(比較分析)をして、同じ諸活動をより効率良くやることだと定義付けている。だが同じであることは戦略ではない。それは凡庸へのレシピだ。

 こうした悪手は、戦略の本質を見誤り、苦しい選択にしり込みすることによって、さらに悪くなる。明確な選択によって可能性を限定してしまうより、できるだけ多くの選択肢を持っておきたいのは自然なことだ。だが勝てるのは、選択をし、それに基づいて行動した時のみだ。確かに、明確かつ厳しい選択をすることは、何らかの行動を駆り立て、道筋を狭める。だが同時に、本当に重要なことに集中できる自由ももたらすのである。

 本当に重要なことは、勝つことである。偉大な組織―企業であれ、非営利団体であれ、政治団体であれ、官公庁であれ―は、漫然とプレーするのではなく、勝利を選択している。メイヨー・クリニック(ミネソタ州にある一流病院)と近所の平均的な治験病院とは、どこが違うのだろう? 近所の病院は恐らく、サービスを提供し、地域に貢献することに力を入れているだろう。一方、メイヨー・クリニックは、医療の世界に革新をもたらし、医学研究の先兵となり、勝つことを目的としている。そしてそれらを実現しているのだ。

プレーブック──五つの選択、一つの枠組み、一つのプロセス

 戦略の核心は勝利であるべきだ。私たちの表現によれば、戦略とは調和し統合された五つの選択である。勝利のアスピレーション(憧れ)、戦場選択、戦法選択、中核的能力、そして経営システムである。第1章では、これら五つの重要な選択を戦略的質問として導入する。第2章から第6章までの各章では、個々の選択を掘り下げて論じ、選択の下し方の性質を説明し、その選択の様々な例を挙げ、あなた自身の選択をするためのいくらかの助言をする。この五つの選択は戦略的選択カスケード(滝)を構成する。私たちの戦略が効果を発揮する基盤となり、本書の核となるものだ。

 だが戦略について考え抜くためには、このカスケードだけでは足りない。第7章では、別のツールを紹介する。戦略的論理フローである。これは、あなたの思考を鍵となる分析へと導き、そこから戦略的選択が生まれる。次に第8章では、相容(あいい)れない戦略的選択肢に折り合いをつける具体的な方法論を提供する。これはリバース・エンジニアリングと呼ばれるプロセスで、パートナーと協力して戦略的選択をするというものだ。これら―五つの選択、一つの枠組み、そして一つのプロセス―が一緒になって、どんな組織にも通用する戦略の組み立てのプレーブック(兵法)を構成している。

 私たちの執筆意図は、あなたにも自分で戦略が立てられるようになってもらうことだ。ここで提供するコンセプト、プロセス、そして実務的なツールを利用して、あなたは会社、職能、組織の勝利の戦略を生み出さなければならない。この戦略があなたによりいっそうの競争力をもたらし、勝たせてくれるのだ。

 世界には、戦略を理解し、自社のためにその戦略プロセスを率いることができるリーダーがもっとたくさん必要だ。それには、業種や官民の別、業種の如何(いかん)を問わずあらゆる階層の戦略的能力を改善しなければならない。戦略は明確にできるし、むしろ概念としては単純で直接的なものだ。だが、そのためには明瞭にしっかりと考え抜き、真の創造性、勇気、リーダーシップが必要だ。そしてそれは、できないことではない。

<連載ラインアップ>
■第1回 P&Gの売り上げを2倍、利益を4倍にした元CEOが語る「戦略」の核心(本稿)
第2回 業界の常識をひっくり返したP&Gのスキンケア・ブランド「オレイ」の再生戦略
第3回 P&Gの圧倒的な競争優位性を生み出す原動力となった「アスピレーション」とは
第4回 強みを生かして勝つための、P&G式「戦場の選び方」と「戦法」とは?
第5回 P&Gの「5つの中核的能力」とライバルが模倣できない独自の組み合わせとは?

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