古代インドの神話的叙事詩「マハーバーラタ」を題材に、『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』として歌舞伎座で上演されたのが2017年。初演から6年の時を経て、さらに洗練、熟成されて待望の再演となった。

舞台は古代インドの神々の、まさに神々しい目覚めから始まる。戦争を繰り返す人間たちを嘆き、世界を終わらせてしまおうと語り合っている。神々のうち太陽神は「慈愛で世を救おう」とし、帝釈天(たいしゃくてん/坂東彦三郎)は「力で世を支配しよう」と提案する。那羅延天(ならえんてん/尾上菊五郎)は、太陽神(坂東彌十郎)と帝釈天がそれぞれ子供を世に送り出し、どちらが世の中を収められるか、あるいは収められないかを試そうという。

そのふたりの子というのが迦楼奈(かるな/尾上菊之助)と阿龍樹雷(あるじゅら中村隼人)だ。汲手姫(くんてぃひめ/中村米吉)という同じ母から生まれたが、迦楼奈は慈愛で、阿龍樹雷は武力で人間の世に立ち向かっていく。

汲手姫にガンジス河に捨てられた迦楼奈は、優しい父母に拾われ育てられ、その天性の弓の才をもって人間界を救おうと都へと旅立つ。しかし次第に阿龍樹雷をはじめとする血を分けた五人の王子たち ― 百合守良王子(くりしゅなおうじ/坂東亀蔵)、風韋摩王子(びーまおうじ/中村萬太郎)、納倉王子(なくらおうじ/中村鷹之資)、沙羽出葉王子(さはでばおうじ/上村吉太朗)との王位継承争いに巻き込まれていく。五王子たちもまた、皆それぞれの思いや葛藤を抱えながら戦いに身を投じているのだった。

さらに迦楼奈の前に立ちはだかるのが、従妹の鶴妖朶(づるようだ/中村芝のぶ)という王女。迦楼奈に恩を売り、友情を誓わせる。そして迦楼奈をまんまと味方につけて自国と五王子との争いに引き込む。ついに、同じ母を持ちながら別々の宿命の下に生まれた迦楼奈と阿龍樹雷の凄まじい最終決戦となる。

兄弟の命を助け、鶴妖朶との誓いを守るためにはどうすればいいのか。やがて進むべき道を見つける迦楼奈。自らを犠牲にして人の世に平安をもたらそうと決意する。

世は収まったかのように見えた。人々は刹那の平和を寿いで踊りに興じ、神々は再びしばしの間の眠りにつく。迦楼奈が命を懸けてもたらした平安も、すべて神々の掌の上の壮大な実験にすぎないのだろうか。神とは何なのだろう。そんな気持にさせられる幕切れだ。

インド映画さながらの踊りに数々の歌舞伎演目を想起させる演出。見どころは尽きない

この壮大な叙事詩に歌舞伎の表現や手法が巧みに取り込まれている。例えば冒頭では、『仮名手本忠臣蔵』の大序のように竹本の呼び声で神々が目を覚ます。また五王子の名乗りは『白浪五人男』を思い起こさせ、それぞれ白塗りの立役、実事、荒若衆に赤っ面と、鬘や衣裳で個性がひと目で分かる。

また両花道を用いて迦楼奈と阿龍樹雷それぞれの軍勢が居並ぶ様子は、さながら『め組の喧嘩』か『御所五郎蔵』か。また汲手姫の拵えは、若い頃は赤姫、母となってからは御殿女中へと変わり、風韋摩王子を見初める森鬼飛(しきんび/上村吉弥)は『関扉』の墨染の精のよう。鶴妖朶の最期の場は『義賢最期』の「仏倒し」のように壮絶で、迦楼奈が阿龍樹雷との最終決戦に向かうときは、『勧進帳』の弁慶のように六方を踏んで全速力で花道を引っ込む。「ここはあの演目のあそこだ」と見つけていくのもまた楽しい。

さらに映画『ベン・ハー』のような戦闘馬車での大掛かりな決戦にも胸躍る。そしてインド映画に負けじと、舞台で両花道で、とにかく人々が踊りに踊るのだ。まるで戦で命を落とした人々への鎮魂の儀式のように。

舞台美術や音楽にも注目だ。ルソーの絵のような南国の熱と湿り気を帯びた舞台一杯の巨大な屏風によって、次々と場面が転換していく。また竹本と長唄の掛け合いはもちろん、ツケの激しい音とインド音楽の独特の旋律とが違和感なく溶け合っていて心地よい。

初演にひきつづき迦楼奈/シヴァ神を勤めるのは尾上菊之助だ。那羅延天を尾上菊五郎、我斗風鬼写(がとうきちゃ)/ガネーシャに尾上丑之助と音羽屋三代の共演がうれしい。また初演からバトンタッチとなった役どころも多く、鶴妖朶を中村芝のぶが勤めた。立女方級の役に挑み、その堂々とした押し出しと迫力に惜しみない拍手が送られていた。11月25日(土)まで東京・東銀座の歌舞伎座で上演中。

取材・文:五十川晶子

<公演情報>
歌舞伎座新開場10周年「吉例顔見世大歌舞伎

<昼の部>
『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』

脚本:青木豪
演出:宮城聰

2023年11月2日(木)~25日(土)
11月20日(月)休演
会場:東京・歌舞伎座

チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2336468

公式サイト:
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/843

歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」昼の部『マハーバーラタ戦記』より