私の胎の中の化け物
『私の胎の中の化け物』(中村すすむ/講談社

 この少女は、ダークヒーローなのだろうか。

『私の胎の中の化け物』(中村すすむ/講談社)を3巻まで読んで、私はふとそんな疑問を抱いたが、すぐに打ち消した。「この少女」とは主人公の神城千夏(かみしろ・ちなつ)のことである。彼女は中学2年生とは思えない策略家で、苦しんでいる人の心の闇を暴き出し、彼らを苦しませている人物たちを破滅に導く。一方で時に苦しんでいる人がもっと苦しみ、自らがより暗い気持ちを吐き出せるように、悪事に手を染めることも多い。決してダークヒーローだとは言い切れない存在だろう。

 千夏によって破滅するのは、千夏にセクハラをする教師、中山槐(なかやま・えんじゅ)という女子生徒に対して酷いいじめを繰り返す少女、美術部で懸命に頑張っているおとなしい少年・寺田悟(てらだ・さとる)を見下す生徒たち、受講生に暴言を吐くピアノ教師など、他人を傷つけている自覚がない人物ばかりである。千夏は外では明るく親しみやすい人物を演じながら彼らを標的にする。その標的に対して憎しみに近い感情を抱いている人物をすばやく見きわめ、その心の闇に付け入って標的を絶望に陥れるのだ。なお、標的に苦しめられている人物が千夏自身だというエピソードもある。

 例えば2巻に収録されているエピソードで登場するピアノ教師は、子どものころの千夏に対して暴言や暴力を繰り返していた。教師は今も変わらず、受講する子どもに対して攻撃している。教師の暴言や暴力に怯える教室に通う子どもに、千夏はやさしく「きっとどんどんエスカレートしていくよ」と語りかける。そして解決案を提示して、子どもを思うように動かし、千夏の望む結果に導くのだ。千夏はいつも天使のようにやさしく、誰も彼女を警戒しない。

 千夏はなぜ人の悪意を引き出そうとするのだろうか。彼女が破滅させようとする人物はみな問題のある人たちなので、読者は復讐モノのように本作を読んでカタルシスを得ることができる。しかし一方で、千夏の心を歪ませたのは何なのか断定することはまだできない。彼女は生まれながらのサイコパスなのか、それとも何か理由があってそのような性格になったのか考えるのも、本作を読む醍醐味だろう。

 ここでタイトルをもう一度見てほしい。『私の胎の中の化け物』。なぜ「腹の中」ではなく「胎の中」なのだろうか。本作は千夏が中学校の入学式の前日、初めての生理を経験するところから始まる。ところがこの場面は一瞬で、すぐに時は1年後に切り替わる。生理で体調が良くない千夏は、せめて午前中だけでも休ませてほしいと母親に頼むのだが「女の子はみんな我慢してる」「辛いのはみんな一緒」と言われ、千夏の頼み事を「ワガママ」と断定する。この母親が一般的な家庭の主婦に見えるのが恐ろしいのだが……。現実の世界でもこういうことはあり、私自身も生理痛を感じない体質の友人から「生理を理由に休むのは良くないんじゃない?」と注意されたことがある。

 作中で千夏が何度か生理日を迎えることからも、私は千夏の生理に対して無理解な千夏の母親が本作のキーポイントになるのではないかと思えてならない。また、もうひとつ気になる点がある。1年前の千夏は生理が来るまで無邪気で明るい雰囲気を身にまとっていた。2年生になっても千夏は笑顔でいることが多いが、そこに無邪気さは感じられない。家でも外でも張り付いたような微笑をたずさえているように感じられるのだ。続く2巻では、マラソン大会当日、千夏は生理になるのだが、千夏はもう母親には何も伝えず「あの人に何か言ったところでしょうがないんだよね…」と自分の部屋でひとりごとを言う。彼女にとって生理が重くのしかかっているのは明らかであり、「胎の中」との関連性もここから裏付けることができるのではないだろうか。

 2巻終盤から3巻にかけて本作はそれまでとは異なる展開になった。相手が善人であろうと悪人であろうと快楽殺人を楽しむ青砥和芭(あおと・かずは)という男が千夏の前に現れたのだ。青砥はいわゆるサイコキラーである。彼に対峙したときの千夏の反応とふたりの決定的な違い、そして青砥によって生命の危機に瀕したとき、千夏がどのような気持ちになるかは、3巻の見どころだろう。2023年11月16日発売の4巻では、いよいよ千夏と青砥の争いに決着がつくようだ。以前、千夏によって復讐を遂げることができた中山や寺田は千夏と共闘することを望んでいる。このふたりがどうなるのかも含めて4巻を読んでみてほしい。

文=若林理央

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彼女はセクハラ教師やいじめを繰り返す女子高生を破滅に導く…『私の胎の中の化け物』タイトルの「胎」の意味は?