2023年の坂元裕二。第76回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した『怪物』に続いて発表される新作は、吉沢亮&宮崎あおい主演のNetflix長編オリジナル映画『クレイジークルーズ』(11月16日配信)となる。本作は坂元裕二にとって初めてNetflixと組んだ作品であり、その後の5年間に及ぶNetflixとの新作独占配信契約も大いに注目を集めている。

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史上最大級の豪華クルーズ船の航海中に起こった殺人事件を巡るミステリーを軸に展開される『クレイジークルーズ』は、坂元裕二にとって久々となるラブストーリーの要素も満載。その製作規模、そして大人向けの洒落たロマンティックコメディというジャンル、いずれも現在の地上波の連続ドラマではなかなか実現が困難な企画であることは言うまでもないだろう。2010年代初頭から現在にいたるまで、日本で最も「新作」が待たれている脚本家であり続けてきた坂元裕二が、本作にいたった経緯や近況をリラックスして語ってくれた貴重なインタビューをお届けする。

■「ずっと、見てくれない人に向けて脚本を書いてきたような気持ちだったので(笑)」

――映画とテレビドラマでは脚本を書いてから作品が世に出るまでの間隔が違うわけですが、『クレイジークルーズ』の脚本を執筆したのは、どのタイミングだったんですか?

「『大豆田とわ子と三人の元夫』のあと、『初恋の悪魔』の前ですね。2021年の年末から2022年の2月くらいにかけて書きました」

――公開のタイミングはそれらのテレビドラマとも前後しますが、『花束みたいな恋をした』以降、『怪物』、今回の『クレイジークルーズ』、そして既に発表されている作品としては2024年公開予定の『片思い世界』と、このところ映画の仕事が続いてます。そこにはどんな理由があるのでしょうか?

「『花束みたいな恋をした』に関して言うなら、それまでの10数年、自分にはオリジナル脚本のヒット作なんてほぼ存在しなくて、まあ『Woman』がちょっとよかったくらいで」

――いや、それは謙遜しすぎです(笑)。『Mother』や『Woman』は海外でもリメイクされたりもしてますし。

「そういう海外での展開も含めて、視聴者の一部の方には、作品の放送後に評価をしていただくことはありましたけど、業界内にいると、放送時の視聴率だけで判断されるのがテレビドラマの世界だったので。自分もそれ自体に不満はなく仕事をしてきたわけですけど、脚本家だけではなく、プロデューサーも、ディレクターも、放送中は肩身が狭いばかりで、放送後の評価なんて慰めくらいにしかならないんですよ」

――そういうものですか(苦笑)。

「だから、『花束みたいな恋をした』みたいなわかりやすく作品が大ヒットして、関係者みんなが笑顔になるみたいな経験は、35年間脚本を書いてきて、久しぶりの感覚だったんです。『なんだ、見てくれる人ってこんなにいるんだ』って。ずっと、見てくれない人に向けて脚本を書いてきたような気持ちだったので(笑)。そうすると、映画をもっとやろうかなとは思いますね。あと、テレビドラマはストーリーよりもキャラクター主導で、自分の脚本の書き方だと会話劇が基本となるんですが、歳をとったせいもあるかもしれませんが、それを続けていると『また同じことをやってるな』みたいなことを思うようにもなっていたんです」

――視聴者としては、そんな印象まったくありませんが。

「ただ、少なくとも『花束みたいな恋をした』『怪物』『クレイジークルーズ』『片思い世界』は映画ということで、コンストラクション(構成主導)で作っていて、プロット勝負みたいなところで脚本を書いていったので、自分の中では新しいことをやってる感じがして、すごく楽しめたんですよね」

■「かつてのウディ・アレンのように、同じ会社と、同じようなスタッフと、同じような座組で作品を作っていくみたいなやり方って、憧れがあった」

――『クレイジークルーズ』は、 Netflixで初めて手掛けた作品となったわけですが、そこで意識した点はありましたか?

「Netflixの作品はよく見ていたので、単純にそこで自分もやってみたいという想いはありましたが、それ以上はそんなに深く考えていなかったかもしれません。ただ、これまでテレビドラマの仕事では、作品ごとにスタッフの顔ぶれがまったく違って、1話ごとのリアクションに周りが一喜一憂し、そのプレッシャーの中で放送と同時進行で脚本を書いてきたので、その環境の変化は想像以上に大きかったですね」

――先日、Netflixと5年契約を結んだことも発表されました。

「今回Netflixとやってみて、とてもやりやすかったんですね。例えばかつてのウディ・アレンのように、同じ会社と、同じようなスタッフと、同じような座組で、1年に1作みたいなルーティンで作品を作っていくみたいなやり方って、憧れがあったんですよ。ウディ・アレンほどじゃなくても、理想はデアゴスティーニみたいに届けることなんで(笑)。同じペースで出せるかはわかりませんが、もう年齢的にも、いろんな人に会って、いろんな話をして、企画が通るかどうかわからないみたいな、先が見えない感じでやっていくのもしんどいなって(笑)」

――今回、クルーズ船を舞台にしようと思った理由は?

「スキー場とか南の島とか、そういうリゾート地を舞台にしたミステリーにラブコメディを絡めた作品をずっと書きたいと思っていて。そのバリエーションとして『クルーズ船はどうですか?』と提案してみたんです。実は以前も船を舞台にした作品を提案したことはあったんですけど、その時はとにかくめちゃくちゃお金がかかると言われて。でも、それをNetflixが実現してくれたということです」

■「世の中があまりにも“清貧”みたいな方向になっているので、その抵抗として少しでも煌びやかな世界を書いてみたい」

――近年、社会派的な要素が注目されがちだった坂元脚本作品ですが、エンターテインメントに振り切った『クレイジークルーズ』は、ある種の原点回帰とも言えるような作品なのではないかと。

「こういう言い方をすると誤解されるかもしれませんが、基本、僕はトレンディドラマの人間だと思っていて、その時代その時代に必要だと思う作品を書いてきたつもりなんです。90年代はトレンディドラマが必要とされていたし、そこから多様な作品が生まれていきました。それが2010年代になると、テレビドラマ自体の影響力がなくなってきて、そうした逆境の中で、自分がそれでも時代を捉えるには、もっと言うなら時代を愛せるようになるには、どんなドラマを作ればいいのかを考えて脚本を書いてきました。だから、作風に変化があったとしたら、それは時代の変化の影響が大きいと思うんです。『大豆田とわ子と三人の元夫』にもそういう要素はありましたが、今回の『クレイジークルーズ』に関しては、テレビドラマの制作環境も含め世の中があまりにも“清貧”みたいな方向になっているので、その抵抗として少しでも煌びやかな世界を書いてみたいと思って」

――世の中にただ「合わせた」作品ではなく、世の中に「必要とされている」と思う作品を書いてきた。そういう意味において、坂元裕二は一貫して「トレンディ」ドラマの作家だったということですか?

「そういうことだと思います。時代に必要とされているというとちょっと偉そうですけど、作品を書くことで時代を愛せるようになりたいとはずっと思ってます。クルーズ船だって舞台として取り上げてること自体が僕にとっては肯定なんです」

――細かいところですが、『クレイジークルーズ』の中に出てくるカンヌ国際映画祭や昆虫食についての会話とか、まさに未来を先取りしているようで。

「脚本を書いたのは2021年なんですが(苦笑)。放送と同時進行で書いてきたテレビドラマの脚本と違って、『花束みたいな恋をした』くらいから世の中と妙に合うようになってしまったんですよ。随分前に書いたものなのに、作品が世に出たころにそれが流行ってるみたいな」

――とてもいいことじゃないですか。

「その結果、いろいろといいことも起こるようにもなったのかもしれないですけど、脚本家としては作品が世に出た時に『一体これはなんなんだろう?』みたいなことも言われたいわけです。3年後くらいになって、その意味がようやくわかるみたいなのが理想としてはあって(苦笑)」

――ストーリーには直接関係のないところまで、登場人物の詳細なプロフィールを作り込んだ上で脚本を書くというのが坂元さんの脚本の書き方だと伺ったことがあるのですが。

「今回、その手法は使ってないんですよ。脚本の書き方をちょっと変えたいと思って。それと、連ドラと違って長編作品の場合、あまり登場人物を掘っていくと、ストーリーが動き出すまでに時間がかかりすぎてしまうんです。なので、今回はキャラクター主体ではなくストーリー主体で作っていきました。とはいえ、それでも頭の中にはそれぞれのプロフィール的なものはありましたが」

――特に吉沢亮さん演じる生真面目なバトラーの役は、これまでの坂元脚本作品ではあまり出てこなかった新鮮なキャラクターと思ったのですが。

「例えばカズオ・イシグロの『日の名残り』とかもそうですけど、“執事もの”というジャンルにちょっと興味があって。執事であったり、バトラーであったり、そういう誰かに仕える仕事をしている人は、誰も見てないところでもやっぱり生真面目なのだろうか?だとか、そういうことを考えると、そこにユーモアを感じるんです」

■「フレッド・アステアがダンスしている姿を眺めながら、『こういうものが作れたらなあ』ってことばかり考えていて」

――今回『クレイジークルーズ』の脚本を書く際に、具体的に参考にされた作品があったら教えてください。

「参考にしたというわけではないですが、ここ数年はエルンスト・ルビッチ監督の作品みたいな、古い映画しか見てないんですよ」

――ジャンルでいうと、スクリューボール・コメディですね。確かに、『クレイジークルーズ』のストーリーはルビッチ作品に通じるものがありますね。

「仕事机の前にはフレッド・アステアのポスターを貼っていて。アステアがダンスしている姿を眺めながら、『こういうものが作れたらなあ』ってことばかり考えていて」

――へえ!

「トレンディドラマを書いていたころから、日本でどうやったらあの時代のハリウッド映画のようにソフィスティケートされたラブコメディ作品が作れるかというのが、大きな課題としてあって。男女の粋な会話だったり、素敵なパーティのシーンであったり、そういうものをなんとか日本でも成り立たせられないかというチャレンジを、会話の応酬やそこに挟み込むアフォリズム的な台詞といった日本語の文脈の中で立ち上げていきたいという思いは変わらないです」

――『クレイジークルーズ』の乗客のように、もし時間とお金の余裕があったらクルーズ船に乗ってみたいと思いますか?

「まったく思わないです。長期のクルーズだと、どうしてもほかの乗客と顔見知りになっちゃうじゃないですか。そこで見知らぬ人とフレンドリーな関係になるとか、まったく考えられないですね(笑)」

取材・文/宇野維正

※宮崎あおいの「崎」は「たつさき」が正式表記

『クレイジークルーズ』の舞台は巨大な豪華クルーズ船・MSCベリッシマ