取材・文=吉田さらさ

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御祭神は梶原景正

 次第に秋が深まり、古都散歩に適した季節になってきた。今回は鎌倉の魅力的な散歩コースにある御霊神社をご紹介しよう。御霊神社と名のつく神社は各地にあり、ここ鎌倉にも二社ある。ひとつは湘南モノレール湘南深沢駅近くにある御霊神社、もうひとつは江ノ電長谷駅近くの御霊神社。観光客によく知られているのは後者であり、今回もそちらを中心にご案内するのだが、実はこの二社の御祭神はともに梶原景正という平安末期の武将である。

 前者の御霊神社がある場所は梶原という地名であるため梶原御霊神社、梶原景正は鎌倉権五郎景正という名も持っていたため後者の御霊神社は鎌倉権五郎神社とも呼ばれる。

 ということで、御霊神社を知るためにはまず梶原景正について知っておく必要がある。桓武平氏の流れを汲むと言われるこの人物は、現在の鎌倉付近を本拠地とした梶原氏の一族で、源義家に従って従軍した後三年の役で勇ましく戦ったことで知られる。歌舞伎十八番の中でももっとも人気が高い演目『暫』の主役はこの人、あの巨大な衣装と派手な隈取で現れる歌舞伎界一のスーパーヒーローである。

 そしてその子孫が、昨年の大河ドラマ『鎌倉殿の十三人』で中村獅童さんが演じた梶原景時だ。景時は荒くれ者が多い東国武士の中では教養もあり、源頼朝に重用されたが、他の御家人からは嫌われて失脚。鎌倉を追放され駿河の国で討たれる。当時の梶原氏の本拠地は現在の梶原御霊神社のあたりで、梶原景時の屋敷もその付近にあったと言われる。そのため周辺の地名も「梶原」なのである。

 もうひとつ知っておきたい大切なことがある。御霊神社と名のつく神社は「御霊信仰」と関係のある神社であることが多い。御霊信仰とは、疫病などの災いをもたらす神、あるいは非業の死を遂げ怨霊となって祟る人物を手篤く祀ると、その怒りが消えて世が平安になるという信仰のことで、京都の上御霊神社、奈良の御霊神社などがそうした御霊信仰に基づく神社である。

 しかし鎌倉の御霊神社の場合、祭神の梶原景正は疫病を流行らせたわけではない。中世以降の御霊信仰は、生前に強い意志や個性を発揮した人物を祀るといっそうパワーが増し、地域を守る神となってくれるという考え方に変化していったのである。つまり鎌倉権五郎神社という別名を持つ御霊神社は、スーパーヒーロー梶原景正を守護神として祀る神社なのだ。

ご利益の第一は眼病平癒

 さて、では実際に鎌倉権五郎神社に行ってみよう。江ノ電なら長谷駅極楽寺駅。天気がよければまず海辺の道に出て、ぶらぶら散歩してみるのもよい。そこから再び江ノ電の線路を目指して歩く。このあたりには昔ながらの住宅も多く、古きよき鎌倉の風情を満喫できる。茅ヶ崎や鎌倉にゆかりの深いミュージシャン桑田佳祐さんも御霊神社を含むこのエリアがお気に入りで、楽曲の歌詞にも使われているそうだ。

 やがて見えてくる古めかしい木製の看板と「力餅家」と書かれた暖簾。江戸時代から300年以上続く老舗の和菓子屋だ。建物は終戦直後に急ごしらえで建てたバラックをそのまま使っているというから驚く。こちらの名物はスーパーヒーローの名にちなんだ権五郎力餅。御霊神社の境内では、勇者権五郎景正にあやかろうした武士たちが力くらべを行い、その時使われた二つの力石が今も残っている。当時その力石に供えた餅が権五郎力餅としてこの店に伝わったということだ。

 たっぷりのあんこに包まれたやわらかいお餅。何はともあれ、これはあったらすぐ買わなければいけない。お参り後に買おうなどと思っていると売り切れていることが多いのだ。

 そこからほんの少し歩くと御霊神社の鳥居が見えてくる。少し待っていると、手前の線路を江ノ電が走る、鎌倉でも屈指の魅力的な光景を見ることもできる。鳥居と江ノ電を一緒に撮影できるこの瞬間のために待機する観光客も多く、とりわけアジサイの季節は人また人でごった返す。鳥居をくぐって境内に入ってからも鳥居の向こうを走る江ノ電が見られるので、シャッターチャンスを逃さないように。

 境内はさほど広くはないが、静けさに満ちた心癒される空間である。まずは本殿で権五郎様にお参りしよう。武勇をもって知られる人物だが、敵に片目を射抜かれたがそのまま闘い続けたというエピソードがとりわけ有名で、ご利益の第一は眼病平癒である。

 しかしもちろん、心願成就などのご利益も強大だ。稲荷神社、秋葉神社、御嶽神社、金比羅社など摂社も数々ある。鎌倉七福神の福禄寿も祀られており、長寿のご利益までいただける。9月18日例大祭で行われる鎌倉の無形民俗文化財、「面掛行列」もよく知られている。男性のみがユーモラスなお面をつけて練り歩く楽しい行列で、おかめさんのお面をかぶった人のおなかは膨らんでいる。女性関係も華々しかったとされる源頼朝のご乱行に端を発すると言われる祭だからだろう。

 最後にもうひとつ、ぜひともお伝えしておきたいことがある。こちらの神社は石の神仏像マニアにとっても聖地だ。そんなマニアがどこにいるのかと思われるだろうが、それはわたしだ。わたしは石で造られた神様や仏様の像を見たり写真を撮ったりするのが好きで本まで書いているのだが、この神社には、その一種である庚申塔が十二基も並んでいる。

 庚申塔とは何かという話を始めると長くなるので、ここではごく簡単に説明しよう。江戸時代から昭和30年代くらいまで、広く庶民に親しまれた庚申信仰というものがある。その一環で、集落ごとに神仏や文字などさまざまなものを彫った石塔を建立する風習があり、それを庚申塔と呼ぶ。

 庚申信仰は関東一円で盛んで、神奈川県でもあちこちで庚申塔群が見られる。鎌倉にも多いが、特にこちらのものは彫り物の種類がバリエーションに富み、見ごたえがある。このように、神社の境内では片隅にある石塔や石像をよく見ると、神道の本道とは違う庶民信仰の名残が見つかることがある。そんな発見も神社散歩の楽しみのひとつだ。

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鎌倉御霊神社 写真=アフロ