僕はあの時死んだ――…。でも体はあるし、目の前には、やけに実家感が強い民家の庭が広がっている。死後、この世に再び出現した少年に待っていたのは、同じような存在の仲間たちと過ごす、意外に明るく穏やかな日常。不思議な世界観の漫画「冥途の狭間」の作者・よみ野朝一さんに話を聞いた。

【本編を読む】町の暮らしを守るため、不思議な存在・サマビトが右へ左へ今日も奔走(したりしなかったり)!

■死んだはずが現世に肉体付きで現れる。「サマビト」って?

「冥途の狭間」の主人公は「死んだ」という自覚を持つ少年。迎えに現れたヤマシキという男から、現在は死から3年経った2024年であること、自分がヤマシキと同じく挟間人(サマビト)という存在であることを聞かされる。

ヤマシキ曰く、サマビトはこの世に”再出現”した「一回死んで甦ったゾンビ的に実体を持ったユーレイ」。実体もある、脈も打つ、鏡にも映る、でもヒトとは違う。サマビトはヒトと霊の狭間にいる者だという。

この作品を描こうと思ったきっかけは「自分が読みたいものは自分で描くしかないと思ったからです!」と話す、よみ野さん。きちんとしたストーリー漫画を描くのは小学生以来だという。「小さいころは一生懸命ノートにオリジナル漫画を描いたりしていましたが、それ以降はたまに趣味で版権ものの絵やギャグ漫画を数ページ描くくらいで、同人活動もしたことがありません。怠惰なうえ体力もないので、社会人になったあとは一年で絵を描く日の方が少なかったです。 だから今、ものすごくヒーヒー言いながら描いています。ツケは重いです」

物語の舞台は2024年。今よりほんの少し先の未来だ。この設定については、「今後描くストーリー上の都合が一番大きいですが、新型コロナも理由の1つです。pixivに投稿を始めたのがコロナ禍真っ只中の21年夏なのですが、現代日本が舞台の本作でノーマスクのキャラをしれっと出しづらかったんです。わりと『年代』や『世代』を意識した漫画なのに、今後史実として残るレベルの出来事を切り捨てるのはちょっとなぁ…と。ただ同時に、実際の24年にコロナが落ち着いていようがいまいが、『本作の世界線ではコロナは短期間で収束しました!』という設定で乗り切る腹積もりでいました(笑)」

カナメという名であることが判明した主人公がヤマシキに連れられて向かったのは、現在14人いるというサマビトのなかでも、4人が暮らす”アジト”のような場所。サマビトは10年に1人ぐらいのペースで現れるそうで、亡くなった年代も享年もさまざまな面々と出会い、共同生活を送ることになる。

■世界は救えない。地に足がついた生活を送る、ヒトとは違う存在

現世でヒトと同じように暮らし、「町の便利屋さん」として部屋の整理代行や話し相手、網戸の張り替え、時には内職など、さまざまな仕事を請け負うサマビトたち。7年前に現れたという明るく元気なアコウや面倒見のいいナルオ、怠惰なところもあるが時代に順応するのが早いヨツヤ、”アジト”の責任者・サガミとの暮らしの中で、カナメは少しずつ、サマビトについて知っていくことになる。

よみ野さんにこの設定の着想元を聞くと、「異世界から来たり不思議な能力があったり、人外だったり…、現実では存在しないからこそ魅力的な『漫画的キャラクター』たちが、特に大きな目的もないまま現実で地道に生きていくとしたら、自分ならどう描くかなーと。そういう漠然とした興味が物語の出発点だったかと思います。また、『いろいろな制限や規制の多い状況下で、フィクションのキャラにできるだけ泥臭い生活をさせてみたい』という衝動もありました。かなり怪しい衝動ですね。キャラクターとその設定自体はストーリーより先に大方決まっていたので、そちらを最大限活かせるような形で話を整えていきました」とのこと。

主要キャラであるサマビトについては、「”誰が主人公になっても漫画が描けること”を意識して作ったので、全員同じくらい思い入れがあります」というよみ野さん。彼ら以外には、2話で出てくる依頼人(野中さん)がお気に入りなんだとか。「モデルがいるわけではありませんが、”なんかどこかにいそうなおじさん”感が出せた気がして悦に入っています」とのこと。お気に入りのエピソードは6話で、主人公が霊力を振り絞ってなんとか空き缶を転がすものの、疲れ果ててそのままダウンするところだという。「どうあがいても世界は救えなさそうだな、という規模の小ささがこの漫画らしい感じです」と話してくれた。

ちなみに本記事ライターのお気に入りは、4話でアコウとカナメが出かけた映画館にて、B級映画「サメとゾンビと時々リング」を幸せそうな笑顔で見ていた幽霊。

作品を描くときに気を付けていることについては、「いい意味で、『自分の作品に対してドライな視点を持つこと』でしょうか。 少なくとも本作のメインストーリーは娯楽として気軽に楽しめるものにしたいので、今後多少シリアスな展開があったとしても、陰鬱さに描き手自身がのめり込まないようにしたいなとは思っています。個人的にはバッドエンドな暗い作品も好きなのですが。 あとはもう、『描きたいものを描くために、恥は捨てること』です…! まだまだ絵も話の作りも拙い作品なので、常にどこかしら恥ずかしいし不安だし見返したら新たに粗は見つかるし、真剣に考え始めたらキリがありません。『どうせいつかはみんな死ぬんだ!!』という意味のわからない勢いでいつも投稿ボタンを押しています」と話してくれた。

漫画の方向性については、「『この展開までは必ず描く』『このエピソードはどこかに入れたい』というものはある程度決めています。日常系漫画と言い張っているので、今後巨悪に立ち向かう展開もないでしょうし、本作で描きたいと思っていたものを描き切って、『もういいかな』と感じたら、その時が潮時だろうと考えています。 遅筆なので、もしかしたらライフワークとしてずっとダラダラ描いているかもしれませんが… 」というよみ野さん。今後については、「『冥途』は当初自分が予想していた以上に”お行儀のいい”漫画になった気がするので、全然毛色の違う漫画もいつか短編で描いてみたいなと思っています。たまには血とかバーッと出してみたいです」とのこと。

最後に、「『冥途の狭間』をpixivで読んでくださっている皆様、リアクションや応援コメントをくださる方々には、毎度感謝の気持ちでいっぱいです。 もし普段漫画を読んでくれていて、この記事をご覧になった方がいらっしゃれば、『アナタのことですよー!!!』と声を大にして伝えたいです。本当に本当にありがとうございます」と話してくれたよみ野さん。

ほかのサマビトも登場予定だそうで、今後の展開から目が離せない「冥途の狭間」。肉体的劣化はない、固形物は吐くので摂取できないが、液体はOKといったガバガバ判定なルールもあれば、ヒトには自分の下の名や個人情報を伝えられないなど、「この世に居るための約束」とされるサマビトの掟まで…。少しずつ明かされていくサマビトの生態(?)と、物語のカギになりそうなカナメに記憶がない理由など、さまざまな謎が明かされる日が待ち遠しい。

取材・文=上田芽依

固形物は食べられないけど仕事はするしちゃんと寝る…不思議な存在・サマビトが主人公。/画像提供=よみ野朝一