富豪刑事
富豪刑事』(筒井康隆/新潮文庫

 累計発行部数116万部を突破している筒井康隆の小説『富豪刑事』(新潮文庫)。2005年に深田恭子主演でドラマ化されたイメージが強いが、原作の主人公は神戸大助という男性で、捜査会議中もハバナから取り寄せた1本8500円の葉巻を吸い、10万円もするライターをしょっちゅうそこらに置き忘れ、愛車のキャデラックを乗り回す大富豪の一人息子であり、また捜査一課の刑事でもある。

 2022年に放送されたアニメ版では、オリジナルキャラクターの人情派刑事と対比的に、クールでちょっといけすかないが有能な人間として描かれていて、それはそれでそそるものがあったけれど、どちらかというとお人好しでピュア、世間ずれしていない性格ゆえに、周囲からいじられる対象になっている原作の神戸大助も、全力で推していきたい。

 というかまず、小説としての完成度がとにかく高くて、おもしろすぎる。第一話では、時効が迫る5億円強盗事件の犯人をあぶりだすために「容疑者4人が大金を使わざるを得ない状況に追いやればいいのでは?」と盛大なハニートラップを仕掛けるのだが、犯人が「これは罠では……⁉」と疑う余地もないほど、その規模がでかい。容疑者のひとりに近づくために、なじみのおでん屋にキャデラックで乗り付け、うまいうまいとおかわりを重ねたあげく、財布を忘れて当の容疑者に立て替えてもらうなんていう計算外のドジを踏む大助の性格こみで、まったく疑われることなく事は進んでいく。「ボロを出すとすれば金持ちとしてのボロで、やらかせばやらかすほど刑事らしくなくなる」という同僚の指摘はまったくそのとおりで、笑ってしまう。

 ちなみに第3話で子どもが誘拐された事件で、大助が「子どもの命の値段がたった500万だなんて人命軽視もはなはだしい」と憤る場面がある。だがその次の瞬間、彼は自分の刑事としての年収がそれより低いことに思い至る。巨万の富を手にしているからといって、一杯のコーヒーにはその金額ぶんの価値をちゃんと見出し、自分の手で稼ぐ金の価値をおろそかにしたりしない彼だからこそ、富豪刑事は同僚にも読者にも愛されるのだと思う。

 密室殺人を解決するために「容疑者がもう一回、同じ状況で同じ手口で人殺ししようとする状況をつくっちゃえ☆」と、それだけのために新しい会社を設立して自分が社長におさまったり、ヤクザの抗争を防ぐために、街のホテルをすべておさえて満室にし、全員を同じホテルに宿泊させたりするなど、金に物を言わせて前代未聞の誰にもまねできない捜査を展開していく本作。だが全4話、その金の使い方はもちろん、事件のトリックもひとつとして似たところがなく、毎回「そうきたか!」と驚かされる。ただ派手なだけじゃない、文体の妙技を駆使したミステリーの最高傑作を、ぜひ未読の方には味わっていただきたい。

文=立花もも

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筒井康隆が描く累計116万部突破の異色の警察ミステリー小説。大富豪の刑事、事件解決のために金を使いまくる!?