褒められたい、世間に認められたい、有名になりたい。
こうした承認欲求は、誰もが大なり小なり持っている。この欲求があるからこそ人は努力したり、一つのことに集中して取り組むことができるが、あまりに承認欲求が肥大化すると自分を実際以上に大きく見せたり、ウソをついて体裁を取り繕ったりといったことにもなる。

まさに諸刃の剣である承認欲求に振り回される人々を描いたのが、『地図と拳』で直木賞を受賞した小川哲さんの新作『君が手にするはずだった黄金について』新潮社刊)だ。

SNS全盛の今、肥大する承認欲求は「現代病」。今回は小川さんにお話をうかがい、この連作短編集の成り立ちについて、そして承認欲求との付き合い方についてお話をうかがった。その後編をお届けする。

■小川哲が新刊『君が手にするはずだった黄金について』で描く「承認欲求」と「オリジナリティ」

――「偽物」も承認欲求が大きく関わっている作品ですね。漫画家の「馬場」は人から聞いた話をもとに漫画を描いているわけですが、聞いた話を脚色することなくそのまま描いてしまう。一方で、「僕」もまた脚色は加えるものの、人から聞いた話を小説として書くこともある。両者の違いはどこにあるのか、と考えるのは「オリジナリティとは何か」を考えることです。

小川:簡単に答えが出る問題ではないですよね。「完全なるオリジナル」で小説を書いていると言い切れる作家はいなくて、みんな恐る恐る創作をやっているのだと思います。

ただ、作家それぞれに「踏み越えてはいけない一線」というのもあって、それを越えないように何とかやりくりしているということなのでしょう。

極端なことは言えば「オリジナルなんて存在しない」と言えますし、同時にその人が生きてきた過程で見聞きしたことが、その人の考えや思想を通してアウトプットされるのが小説なので、「すべてがオリジナル」とも言えます。あらゆる創作はこの両者の間にあるんだと思います。

――漫画は作画の要素もありますから、単に人の話をそのまま描いたからといって「パクり」と言い切れるのかは議論の余地がありますよね。

小川:そうですね。ただ作画もトレースできたりしますから、ある意味検証がしやすいと思います。小説の方が盗作の検証は難しいと思いますが、今後AIが進歩したらできるようになるかもしれません。

――「真のオリジナルなんて存在しない」というのは音楽の世界では古くから言われてきました。音階は限られていますし、コード進行もある程度パターンがあるという意味では確かにそうなのですが、たとえばエレキギターであれば「どんなエフェクターを使うか」で変化をつけることはできます。こういった変化のつけ方は小説の世界にもあるのでしょうか。

小川:小説も、物語のパターンはある程度限られていると思います。それこそコード進行が限られているのと同じことです。ただ、同じ話でも作家が違うとまったく違った作品になるもので、その違いを生み出すものが作家性なんだと思います。

――小川さんの「踏み越えてはいけない一線」はどこにありますか?

小川:小説を書く最終地点を「読んだ人がおもしろいと思うかどうか」に置くことは常に心掛けています。情報や知識をどう脚色して小説に書くかというところで、どうやったら読者がおもしろいと思うのかを最優先する、というのが自分の中でエクスキューズにはなっています。

「オリジナルとは何か」という問題は難しくて答えが出ないですけど、「少なくとも俺は誰かのためにこれを書いているし、その人におもしろいと思ってもらえるためにベストを尽くした」という感覚は信用できます。読者のおもしろさのために書くことをサボらない、ということですね。盗作というのはベストを尽くさずにサボる行為なので。

――「偽物」の中で馬場に盗用された話の一つに、「物語の最後は、その時点での話の弱みを束ねて収拾する」というのがありました。これは「プロットを作らない」という小川さんの小説の書き方と関係しているのでしょうか。

小川:必ずしもそうではないです。僕がプロットを作らないのは、作ると書いていておもしろくないからです。「この話はこれからどうなるんだろう」と考えるのがたのしいので。でも、こういう書き方をしていると「さて、この先どうしよう」ということにもなりがちなのですが(笑)。

――物語の長さにかかわらずプロットは作らないんですか?

小川:作らないです。短いものはプロットなしでも頭の中で話を組み立てられますし、長いものは、続きがどうなるか自分にもわからない状態で書き進めて、どうにかなったものが世に出ています。どうにもならなかったら書き直すので。

――小説家というお仕事の大変さはどんなところにあるとお考えですか?

小川:同業者に怒られるかもしれませんが、こんなに楽な仕事はないと思っています。嫌だったことはすぐに忘れて、都合のいいことばかり覚えている自分の性分もあるのかもしれませんが、大変なこともつらかったことも特にありません。上司もいないし、嫌いな人とは会わなくていいし、朝も早く起きなくていいですからね。

――本作のテーマは承認欲求ですが、小川さんご自身の承認欲求はどんなところに表れていますか?

小川:僕自身が僕を許せるかということは考えますが、あまり他人からの目を基準に考えないんですよね。今は自分で自分を認めてあげることができているんじゃないかと思います。家族とか友達とのコミュニケーションで満足しているので、SNSで何か発信したい気持ちもないですし。

――最後に小川さんの読者の方々にメッセージをお願いいたします。

小川:僕にしては珍しく身近なものがテーマになっている。僕の作品が難しくて敬遠している人とか、普段小説を熱心に読まない人でも読みやすいと思うので、軽い気持ちで手に取っていただればと思います。もし気に入ったら、他の作品も読んでみていただきたいです。

(新刊JP編集部)

『君が手にするはずだった黄金について』(新潮社刊)の作者・小川哲さん