【研究の要旨とポイント】

  • 深層学習を利用して粉末X線回折パターンを分類し、目的の結晶構造をもつ新規相の存在を検出できる方法を開発しました。

  • Al-Si-Ru(アルミニウム-ケイ素-ルテニウム)合金の多相混合物中に、新たな正20面体準結晶相が存在することを発見しました。

  • 本研究をさらに発展させることにより、粉末X線回析パターンの解析が容易になり、新規物質探索の迅速化が期待されます。

【研究の概要】

東京理科大学防衛大学校、物質・材料研究機構(NIMS)、東北大学、統計数理研究所の研究グループは、粉末X線回折パターンの解析において、深層学習を利用して相同定プロセスを容易にすると同時に、目的の結晶構造をもつ新規相を検出できる新たな手法を開発しました。また、実際に測定して得た回折パターンを本手法で解析することにより、Al-Si-Ru合金中に新たな正20面体準結晶(i-QC)相が含まれることを発見しました。

粉末X線回折は結晶性物質の同定や構造の解明に欠かせない汎用性の高い分析手法です。しかしながら、実際に得られる回折パターンは複雑であることが多く、正確に解析するためには熟練者の知識と経験が必要となることが課題の一つでした。

そこで本研究グループは、深層学習を活用した新たな粉末X線回折パターンの解析法を開発し、新規相を同定する手法としての妥当性の評価を行いました。特に、専門家でも存在を区別が難しいとされる多相混合物中での準結晶相の検出を目的として研究を進めました。

本研究では、人工的に作製した多相混合物の回折パターンで深層ニューラルネットワークを学習することで、実際の回折パターンから92%以上の精度で準結晶の存在を判定することができました。学習済みの分類器を使用して、実際の粉末X線構造解析で得た440個の回折パターンをスクリーニングし、そこからAl43Si32Ru25やAl44Si31Ru25の組成を有する準結晶相を識別することができました。Al-Si-Ru合金系での準結晶の発見の報告は本研究が初めてです。

本研究は、多相試料の場合でも回折パターンから目的の結晶構造をもつ新規相を識別できる点で非常に優れています。本研究をさらに発展させることにより、熟練者の知識や経験を必要とせず正確な同定ができるようになるので、新規物質探索への活用が期待されます。

本研究成果は、2023年11月14日に国際学術誌「Advanced Science」にオンライン掲載されました。

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図1 本研究の概要

【研究の背景】

材料科学分野では、結晶性物質の同定や構造解析に粉末X線回折が広く利用されています。しかしながら、試料が多相混合物の場合、回折パターンの分析は非常に困難で、正確に各相を同定するためには、高度な専門知識と経験が必要となります。近年、人工知能や機械学習を活用して新たな物質を予測する研究が世界中で広く進められており、特に粉末X線構造解析においては、機械学習を活用した相同定や対称性分類の手法の開発が行われてきました。その甲斐あって、既知の結晶構造であれば、高精度で同定することができるようになってきました。しかしながら、多相混合物の試料における、新規相の同定に成功した例はほとんどありませんでした。また、狙い通りの物質ができたか否かの判定は最終的には人の手で行うため、試料一つ一つを詳細に分析するには時間と労力がかかってしまうのが現状です。

準結晶は結晶と同様に原子や分子が規則的に配列してできており、長距離秩序を有していますが、周期性を持たないことが知られています。この特性から準結晶は、結晶や非晶質(アモルファス)に分類されない固体の第三の状態であると考えられています。準結晶はその構造的な特徴から、普通の結晶では見られないユニークな物性を有することから、基礎的な研究に加え、コーティング剤や触媒など新たな機能性材料の開発に向けた道筋が模索されてきました。

以上の背景を踏まえ、本研究グループは粉末X線回析で得られる多相混合物の回折パターンを用いて、正20面体準結晶(i-QC)相を対象とした未知相同定のための深層学習ワークフローの確立を目的として研究を行いました。

【研究結果の詳細】

今回、深層学習を活用して、複雑な多相混合物の回折パターンから既知のi-QC相だけでなく、新規のi-QC相も検出できる手法を開発しました。本手法では畳み込みニューラルネットワークを使用して得られた回折パターンごとの分類確率を評価することで、試料中にi-QC相が存在するかどうかを判断することができます。人工的に合成した多相回折パターンを学習に使用して分類精度を上げた後、人工的に作製した回折パターン(人工データセット)と実際の実験で得られた回折パターンのデータ(実験データセット)に基づいて、識別性能を評価しました。

はじめに開発した分類器の再現率と精度について評価しました。具体的な再現率と精度の値については、人工データセットで0.989と0.990、実験データセットで0.959と0.700という値が得られました。実験データセットの精度は人工データセットの精度よりわずかに低かったものの、いずれのデータセットでも再現率が高いレベルで維持されていることがわかりました。

次に、学習済み分類器を使用して440個の回折パターンをスクリーニングしました。回折パターンについては、1.Al-Si-Ru系(アルミニウム-ケイ素-ルテニウム)、2.Al-Fe-Ir系(アルミニウム-鉄-イリジウム)、3.Al-Mn-Ir系(アルミニウム-マンガン-イリジウム)、4.Al-Cu-Pt系(アルミニウム-銅-白金)、5.Al-Pt-Co系(アルミニウム-白金-コバルト)、6.Al-Cu-Ir系(アルミニウム-銅-イリジウム)の6種の合金を実際に測定して得られたものを使用しました。また、スクリーニング時には、各データの分類確率pに応じて4つのクラスA (p > 0.999), B (0.990 < p ≤ 0.999), C (0.950 < p ≤ 0.990), D (p ≤0.950)に分類し、合金系ごとのスコアを評価しました。その結果、Al-Si-Ru系が六つの合金系の中で最も高いスコアを示すことがわかりました。また、Al-Si-Ru系の237個の回折パターンのクラス分類については、クラスAに4個、クラスBに16個、クラスCに53個、クラスDに164個という結果が得られました。

さらに、これらの回折パターンのうち四つを選択(クラスA: ASR(I), クラスB: ASR(II), ASR(III), クラスC: ASR(IV))し、走査型電子顕微鏡(SEM)、エネルギー分散型X線分光法(EDX)、後方散乱電子回折(EBSD)などの各分析方法を用いて、組成や構造の詳細を評価しました。ASR(I)については、Al43Si32Ru25、Al26Si34Ru20、Al38Si42Ru20の三つの異なる相が存在することが明らかになりました。また、Al43Si32Ru25の相のみ正20面体対称のi-QC相であることが確認できました。ASR(II)についてはAl73Si1Ru26の単相で、ASR(III)についてはAl69Si5Ru26とAl61Si3Ru36の異なる二つの相から構成されており、いずれもi-QC相ではないことが確認されました。ASR(IV)については、Al44Si31Ru25、Al55Si17Ru28、Al53Si23Ru24の三つの異なる相から構成され、Al44Si31Ru25の相のみ正20面体のi-QC相であることが判明しました。以上の結果から、ASR(I)とASR(IV)では多相混合物中に未知のi-QC相が存在することが明らかとなりました。さらに、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いてこれら二つのサンプルを調べた結果、i-QC相は準格子定数0.8706 nmをもつF型i-QCであると判明しました。

本研究を主導した山田講師は「新規物質探索の過程で作製される試料の大半は複数の異なる相が混在します。このような多相試料では、観測される粉末回折パターンは各相のパターンを重ね合わせたものとなり、目的の新物質を見逃してしまう可能性も考えられます。本論文は多相試料中に存在する新しい準結晶相を高い精度で検出できることを示しました。これは多相試料の相同定プロセスを大幅に加速する可能性を示す重要な成果であり、材料学分野において大きなブレークスルーをもたらすものと確信しています」と、本研究の意義についてコメントしています。

※本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(19H05818, 19H05820, 19H01132)、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST; JPMJCR22O3, JPMJCR19I3)の助成を受けて実施されました。

【論文情報】

雑誌名:Advanced Science

論文タイトル:Deep learning enables rapid identification of a new quasicrystal from multiphase powder diffraction patterns

著者:Hirotaka Uryu, Tsunetomo Yamada, Koichi Kitahara, Alok Singh, Yutaka Iwasaki, Kaoru Kimura, Kanta Hiroki, Naoki Miyao, Asuka Ishikawa, Ryuji Tamura, Satoshi Ohhashi, Chang Liu, Ryo Yoshida

DOI:10.1002/advs.202304546

URL:https://doi.org/10.1002/advs.202304546

【発表者】

瓜生寛堂  東京理科大学大学院 理学研究科 応用物理学専攻 2022年度修士課程終了

山田庸公  東京理科大学 先進工学部 物理工学科 講師 <責任著者>

北原功一  防衛大学校 電気情報学群機能材料工学科 講師

Alok Singh 国立研究開発法人物質・材料研究機構 技術開発・共用部門 材料創製・評価プラットフォーム

電子顕微鏡ユニット NIMSエンジニア職

岩崎祐昂  国立研究開発法人物質・材料研究機構 ナノアーキテクトニクス材料研究センター  

      ナノ材料分野 熱エネルギー変換材料グループ 研究員    

木村薫   国立研究開発法人物質・材料研究機構 ナノアーキテクトニクス材料研究センター  

      ナノ材料分野 熱エネルギー変換材料グループ NIMS特別研究員

廣木寛太  東京理科大学大学院 先進工学研究科 物理工学専攻 修士課程1年

宮尾直哉  東京理科大学大学院 先進工学研究科 マテリアル創成工学専攻 2021年度修士課程終了

石川明日香 東京理科大学 総合研究院 技術員

田村隆治  東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 教授

大橋諭   東北大学 多元物質科学研究所 技術職員

Liu Chang 大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 統計数理研究所 特任助教

吉田亮   大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 統計数理研究所

      ものづくりデータ科学研究センター 教授(センター長

【研究に関する問い合わせ先】

東京理科大学 先進工学部 物理工学科

山田 庸公(やまだ つねとも)

E-mail:tsunetomo.yamada【@】rs.tus.ac.jp

【報道・広報に関する問い合わせ先】

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