世界的な一流投資家たちは、みなそれぞれ独自の信念と哲学を有している──。本連載は、金融ジャーナリストであるウィリアム・グリーン氏の著書『一流投資家が人生で一番大切にしていること』(早川書房)より一部抜粋して紹介し、一流の投資家たちの成功哲学を探ります。今回は、世代を代表する投資家、慈善家であるモニッシュ・パブライ氏が、グリーン氏とともに、自らの財団が設立した、才能ある貧困層の子どもたちに教育の機会を提供するプログラムを実施する高校に訪れた際のエピソードで、彼の成功哲学が垣間見える箇所を抜粋して紹介します。

「他者の知恵で成功する」ということ

賢明な者はつねに、偉大な先人たちが踏み固めた道をたどり、傑出した人物の模倣に努めるべきだ。たとえおのれの能力は及ばずとも、せめてその香りだけでも身に移るように。

──ニッコロ・マキャベッリ(イタリアルネサンス期の政治思想家)

他人が編みだした最高の技を自分のものにしようとするのは有効な方法だと思います。ただ座って自分ですべてを考えだそうとしても、うまくはいかないでしょう。人はそんなに賢くはないのです。

──チャーリー・マンガー(ウォーレン・バフェットが会長を務める投資持株会社バークシャー・ハサウェイ副会長。投資家)

世代を代表する投資家、モニッシュ・パブライが訪問した先──

クリスマスの日の朝7時。スモッグで覆われたムンバイの空に朝日がのぼり、モニッシュ・パブライがミニバンに乗りこむ。私たちはこれから、ダードラー・ナガル・ハベーリーと呼ばれる地区へ向かってインドの西海岸沿いを何時間も走る。ときおり運転手はトラックやバスのあいだを曲芸のようにすり抜け、人の肝を冷やす。クラクションが全方向から鳴り響く中、私は目をつぶって歯を食いしばる。

アメリカの大学へ進むまでインドで暮らしていたパブライは穏やかにほほえみ、あぶない場面でも冷静さを失わない。ただし、その彼も認める。「インドで事故に遭う確率は高い」。

窓の外には見たことのない光景が次々と現れて目が離せない。あるときは、でっぷりした男がやせ細った女の頭の上にれんがをいくつも積んで運ばせようとしている脇を通りすぎた。田舎道に入ると、ずんぐりした草ぼうぼうの小屋がいくつも見える。あまりに粗末で遠い世紀の遺物のようだ。ようやく目的地に着く。村のJNVスィルバーサー高校だ。

世代を代表する投資家のひとり、モニッシュ・パブライがカリフォルニア州アーバインの自宅からはるばるここまでやって来たのは、この高校に通う10代の女子生徒40人に会うためだ。パブライが設立した、インドの貧困層で才能のある子どもたちに教育の機会を提供する、財団ダクシャナのプログラムの一環として女子生徒たちはここで学んでいる。授業料免除で2年間学び、超難関のインド工科大学(IIT)を受験するのだ。

IITとは工学系の名門大学の総称で、卒業生はマイクロソフトグーグルなど名だたる企業へ就職していく。

IITの受験者は年によっては100万人を超え、合格を手にするのは2%もいない。だがダクシャナはその厚い壁を打破した。12年間で2146人のダクシャナ奨学生がIIT入学を果たし、62%の合格率をあげたのだ。サンスクリット語で「贈り物」を意味するダクシャナの役割を、パブライはインド社会で最も恵まれない階層の人たちの生活向上を助けることにあると考える。

クシャナで学ぶ子どもたちの大半は、一日2ドル未満で暮らす貧しい農村家庭の出身だ。多くがカースト下位に属し、なかには長年にわたり差別を受けてきた「アンタッチャブル」層のものもいる。

パブライがダクシャナの教室を訪ねるときには、雰囲気をほぐすためにいつも同じ数学の問題を出す。正解した生徒はこれまで全員がIITに合格しているので、優秀な者を見定めることもできる。

誰も解けないような難問で、パブライもスィルバーサー高校の生徒のなかに解ける者がいなくても仕方がないと思う。それでも、教室前方の黒板にチョークで問題を書いていく。「nは素数で、n≧5である。n2−1がつねにで割りきれることを証明せよ」 。そうして、薄っぺらいプラスチック製の椅子にもたれ、生徒たちが必死に答えを導きだそうとするのを見守る。

この派手で人目を惹く人物──長身でがっしりした体格、薄い頭髪に立派な口ひげをたくわえ、ダクシャナのロゴ入りスウェットシャツとピンクのジーンズといういで立ちの投資家──は生徒たちにどう映っているのだろう。

声をあげた1人の少女

10分が経過して、パブライが声をかける。「解けそうな人はいるかな?」アリーサという15歳の女の子が声をあげる。「サー、筋道だけなのですが」 。おずおずとして自信がない様子だが、パブライは教室のまえへ来て解答を見せるように言う。アリーサは白い紙を渡すと、パブライのまえで下を向き、おとなしく判定を待つ。頭上の壁には、ぎごちない英語でこんな意味の標語が掲げられている。「自分を信じるかぎり、何物にも誇りを奪われることはない」。

「正解だ」パブライが言う。アリーサと握手をすると、解答をみんなに説明するよう促す。のちにパブライから聞いたところでは、それはIITの入試で上位200人に入れるほどのじつにエレガントな解き方だった。パブライはアリーサに「合格確実だ」と伝える。「あとはしっかり勉強を続けることだよ」 。

クラスが終わってから私は、彼女がインドでも最貧地区のひとつであるオディシャ州ガンジャム地区で育ち、「社会的および教育的に後進な諸階級」と政府が位置づける層の出身だと知る。まえに通っていた学校では、彼女は80人の生徒のなかでトップの成績だった。

パプライが写真を一緒に撮ろうとアリーサを誘う。「きみはきっと、ぼくのことを忘れるだろうな」といたずらっぽく言う。「でもそのとき、ぼくはこう言おう。『昔、一緒に写真を撮りましたよ!』ってね」 。生徒たちがおもしろがって笑いだす横で、私は泣きそうになる。目のまえで何かの魔法が起こるのを見た。貧しい世界から出てきた子どもが、自身と家族を豊かな世界へと導く知力のあることをいまここで証明したのだ。育ってきた境遇とこれまでの困難を考えれば、奇跡と言っていい。

「サー、どうやって、そんなにお金持ちになれたのですか?」

そのあとの時間、生徒たちはパブライに質問を次々と浴びせる。最後に、みなが訊きたかったことをひとりが思いきって訊く。「サー、どうやって、そんなにお金持ちになれたのですか?」。

パブライは笑って言う。「お金を増やす方法があるんだよ」どう説明しようか迷いながら話しだす。「私には尊敬する人物がいて、名前をウォーレン・バフェットと言う。聞いたことのある人は?」誰も手をあげない。きょとんとした顔ばかりがまえを向いている。

そこでパブライは、自分の18歳の娘モマチが高校卒業後の夏休みのアルバイトで4,800ドルを稼いだ話を始める。その金をパブライは、娘のための年金口座に投資した。このささやかな貯金が毎年15%の福利で60年間増えていったらどうなるか、パブライは生徒たちに訊いてみる。「5年ごとに額は2倍になる。ということは、2倍を12回繰りかえすよね」 。パブライは言う。「人生も倍々で大きくなる」。

一分後に生徒たちは計算を終えた。モマチが78歳になる60年後には、貯金の4,800ドルは2,000万ドルにもなっている。数学的に起こる現実のとてつもない力に、教室は驚嘆の空気に包まれる。「複利について、もう忘れないね?」パブライが尋ねる。インドの貧しい村からやってきた40人が声をそろえる。「はい。サー!」。

金融ジャーナリスト

ウィリアム・グリーン

画像:PIXTA