首相や閣僚等の「特別職公務員」の給与を引き上げる法案が、11月17日の参院本会議で可決・成立しました。首相は年46万円増額、閣僚は年32万円増額となります。首相らは増額分を自主返納する意向を示していますが、その理由として、公務員全体の給与体系を維持するためということを挙げています。現行の「公務員の給与体系」はどうなっているのか、その問題点にも触れながら解説します。

公務員の給与を決める基礎的ルール「人事院勧告」とは

首相・閣僚の給与引き上げは、一般職の公務員の給与を引き上げるのに足並みを揃えて行われたものです。一般職の公務員については後述するように8月の「人事院勧告」で民間企業の給与上昇に合わせて増額が勧告されていました。

首相・閣僚等の「特別職国家公務員」の給与については、もともと、一般職の国家公務員の給与の動きに準じて昇給等を決めるという運用が行われてきました。今回の給与等の引き上げも、従来の運用に則ったものです。

今回、「給与の引き上げ⇒差額分の自主返納」という形をとるのは一見、回りくどく感じます。その理由について、松野博一官房長官11月8日の記者会見で以下のように述べました。

【松野官房長官の発言要旨】

・特別職の国家公務員には、総理、国務大臣の他にも、会計検査院長や人事院総裁、各種委員会の委員長等、様々な職種がある

・一般職の国家公務員とのバランスを図るとともに、公務員全体の給与体系を維持するため、一般職の国家公務員の給与改定に準じて改定してきている

・賃上げの流れを止めないためにも、民間に準拠した改定を続けていくことが適切

つまり、首相や閣僚等の特定の職種についてだけ、一般職の国家公務員と著しく異なる扱いをすると、公務員全体の給与体系が崩れる可能性があるというのです。

給与を引き上げておいて、当人が受け取ってから自主返納させるというのは、いかにも迂遠に見えますが、あくまでも、公務員全体の給与体系を維持するためということのようです。なお、今回の件が問題となる以前から、首相は給与の3割、閣僚は2割を自主返納しており、それに加え、さらに増額分を返納するということになります。

SNS等では賛否について様々な議論が交わされていますが、それはともかく、従来、首相・閣僚の給与の引き上げ等は一般職の国家公務員の給与に歩調を合わせて決められてきているということです。

そして、一般職の国家公務員の給与は「人事院勧告」という制度によって決められてきています。

一般職公務員の給与を決定づける「人事院勧告」はどんな制度か

人事院勧告は、国の独立行政委員会である「人事院」が年1回、一般職の国家公務員の給与・期末手当(ボーナス)等について、国会と内閣に対し、必要な見直しを勧告する制度です。公務員には民間の労働者と異なり「争議権」等の「労働基本権」が大きく制限されているので、その代わりの制度としておかれています。

人事院勧告を踏まえて、政府が法案を作成して国会に提出し、国会の議決を経て決まることになっています。

人事院勧告は、国家公務員と民間との給与格差を埋めるという「民間準拠」というルールに基づいて行われます。「月給」と「期末手当(ボーナス)」のそれぞれについて、国家公務員と民間とを比較して行うルールになっています。

「ラスパイレス比較」という手法で、企業規模50人以上の民間企業を対象とし、「役職段階」「勤務地域」「学歴」「年齢階層」ごとの給与水準を比較するものです。

2023年の人事院勧告は8月7日に行われ、一般職公務員の給与の引き上げを勧告しています。なお、人事院は2022年に3年ぶりに引き上げの勧告を行っており、2年続けてということになります。今回、この人事院勧告を受けて一般職公務員の給与を引き上げる法案が提出され、首相・閣僚らの給与の引き上げとともに可決されています。

いまの人事院勧告と公務員の給与体系が抱える課題

ただし、今日、この人事院勧告の制度も課題を抱えています。

たとえば、現行のラスパイレス比較で用いられている4つの指標(「役職段階」「勤務地域」「学歴」「年齢階層」)は、正社員として終身雇用され年功序列という旧来のモデルケースを前提としているとの指摘がなされています。公務員の雇用形態・働き方が多様化し、任期付き、非正規雇用公務員も存在するなか、十分に対応しきれていないのではないかということです。

また、公務員の人材不足が問題化しており、優秀な人材を確保するには、「民間準拠」という従来の考え方から転換する必要があるのではないかとの指摘もあります。一つの現れとして、人事院の発表によれば、日本の最高学府である東京大学からの国家公務員採用総合職試験の合格者が、2013年は454人だったのが2022年は217人、2023年は200人を切り193人へと大幅に減っています。

人事院自身も、2022年の人事院勧告において、以下の課題があることを記載しており、上記の課題に対する危機感がうかがわれます。

・初任給や若年層職員の給与水準を始めとして、人材確保や公務組織の活力向上の観点を踏まえた公務全体のあるべき給与水準

・中途採用者を始めとする多様な人材の専門性等に応じた給与の設定

・65歳までの定年引上げを見据えた、60歳前の各職員層及び60歳を超える職員の給与水準(給与カーブ

・初任層、中堅層、ベテラン・管理職層などキャリアの各段階における職員の能力・実績や職責の給与への的確な反映

・ 定年前再任用短時間勤務職員等をめぐる状況を踏まえた給与

・ 地域手当を始め、基本給を補完する諸手当に関する社会や公務の変化に応じた見直し

人事院勧告は一般職の公務員の給与等に関するものですが、事実上、首相・閣僚といった特別職公務員の給与等にも影響を及ぼすものです。いわば、公務員の給与体系の全体のあり方を決定づけるものになっているといえます。

その人事院勧告が様々な課題を抱えているところに加えて、今回の首相・閣僚の給与の引き上げの件が物議を醸しているということです。今後、公務員の給与体系の全体が、人事院勧告のあり方も含め、変革を迫られていくことになりそうです。

(※画像はイメージです/PIXTA)