“医師といえば高い給料をもらっている”というイメージをもつ人は多いでしょう。しかし実際には「無給」「薄給」で働いている医師も少なくないと、小児科医の秋谷進氏はいいます。今回、現役の医師である秋谷進氏が、日本の“医療業界の闇”を紹介します。

日本の医療業界にはびこる“悪しき習慣”

医師といえば、「高い給料が支払われる職業」のひとつ。もし普通に働いていれば高い給料がもらえるはずです。しかし現実には、主に若い世代のあいだで「無給医師」が存在します。

無給医師とは、ほとんど無給か薄給で働かされている医師のこと。無給ならほとんど働かないのかというと、そういうわけでもなく、本来なら給料がもらえるはずだった医師と同等のレベルまで働かされます。

どうしてこのような現実が日本でまかりとおっているのか。「無給医師」にまつわる医師の事情と医療業界の深い闇について解説していきます。

本来なら「高給取り」であるはずの医師だが…

そもそも医師が普通に1年間働いたとして、どれくらいの収入があるのでしょうか。

厚生労働省が発行している「第23回医療経済実態調査の報告(令和3年実施)」や「令和4年賃金構造基本統計調査」によると、

病院勤務医の平均年収は約1,468万円、一般診療所の開業医の平均年収は約2,700万円となっています。

無給医師の多くは「勤務医」ですので、本来なら年収約1,468万円をもらえていた、ということになりますね。

なお、診療科別で見てみると次の通りです。

多くの「無給医師」は後述する理由から、20〜30代が中心です。また、診療科による変化はあまりないと考えられます。

平均でみていくと、20代後半は約700万円、30代前半は1,000万近くの給料をもらえているはずです。他の職業から考えると、かなり「高給取り」ですよね。

にもかかわらず、ほとんど「無給」で働いている医師がいる……どうしてこんな現状がまかりとおっているのでしょうか。1,000万以上を損してまで、無給医師であろうとする彼らの意図はなんなのでしょうか。

なぜ日本には「無給医師」が存在するのか?

ではどうして「無給医師」という現状がまかりとおるのか。大きくわけて3つの理由があります。

①給料を放棄してまで「学びたいもの」があるから

後述する特別な事情がなければ、本来「医師側」が希望して病院を選ぶもの。にもかかわらず、「無給でもいいから働きたい」と考えるのは、「お金に変えられない価値がある」と、その病院に感じているからです。

そのひとつが「経験」になります。

たとえば「普通の病院では到底できない、最先端の高度な治療を行っている病院」での経験は、ほかには変えられません。しかもそういう病院に限って、患者さんがその治療を求めて殺到するため、需要と供給の関係で、多忙を極める場合が多いです。

そういった場所での経験は、お金に変えられない価値がある……そう彼らは考えるのです。

もちろん病院側も、給料が安くても来てくれるならそれに越したことはありません。そのため「病院での経験」を売りにして、安い賃金で労働力を手に入れるのに成功しているわけです。まさしく「医師の研鑽」という名の労働搾取でしょう。

②医局配属による「カリキュラム」に従わないといけないから

医師が早々にフリーランスとして独立するのはごく少数のケースであり、多くは「医局」に所属することになります。

なぜなら、1〜2年働いたところで身につけられるスキルは限られているからです。そして、“一人前の医師”として認められるには、膨大な経験や実績が必要となります。

“一人前の医師”としての「経験」や「実績」を身につけるため、もっとも手っ取り早い方法が「医局配属」です。医局配属になると、医局の名前でいろんな病院に配属されるので、フリーランスでは行くことができないような、大きな病院や有名な病院で豊富な実績を身につけることができます。

しかし、医局に配属されている以上、組織の「命令」には従わないといけません。ある程度自分の主張を通すこともできますが、自分が望んでいたよりも大幅に低い給与の先に配属され、薄給で働かないといけないというケースがでてきます。

特に、大学病院の場合「大学病院に有給職として雇えるのは〇人」と決めているケースがあり、それでは人手が足りないため、無給医として働かせることがあるのです。

大学院生としての「カリキュラム」に従わないといけないから

また、キャリアアップの一助として考えられているのが「大学院生生活」による「医学博士の取得」。

みなさん、「医学博士」と書いてあると「通常の医師とは違うのだろうな」と思いませんか?

実際、医学博士を取得するのは大変で、4年間の間、大学に所属しながら研究や論文で実績をあげて、卒業論文も書かなければなりません。臨床業務は通常の医師と変わらず、なおかつ講義に出席し、授業料も払い、そして通常の医師よりも薄給です。

たとえば、大学の授業料とほぼ同額の給料が大学から支払われ、そのまま授業料に消えていく……そんな大学もあるのです。こうなると本当に「無給医師」となってしまいます。

もちろん、無給で生活できるわけはないので、「バイト」に行く時間が許されており、「バイトの時間」で主な生活を行います。そうなると大学病院はほとんど給料を支払わないまま、大学院生を労働力として使えるというわけです。

しかし、彼らも「医学博士」の肩書もほしいですし、カリキュラムに従うと契約した以上、逆らうことはできません。こうして「無給医師」が誕生するというわけです。

「無給医師が日本の医療を支えている」という現実…正しいと思いますか?

医師が無給で働いている。これは言ってしまえば「労働の搾取」です。

医師が高給取りなのは、もちろん社会的意義も大きいですが、「それに見合う仕事」をしたからに他なりません。給料に見合った分の「売上」がそこにあります。

その売上を「カリキュラム」や「実績」「経験」などの目に見えない形に変え、巧妙にかすめ取っている……これが無給医師の実体なのです。なんとか早急に是正されなくてはなりません。

この問題による「医師の自殺」のニュースもありました。無給医師はいま、日本の医療界で社会問題となっているのです。

こうした現状を改善すべく、労働基準監督署から以下のような解決策が提案されています。

①労働実態の明確化と調査

厚生労働省は無給医師問題を医療の現場で解決すべき課題として明確に位置付ける必要があり、各労働基準監督署長に対して無給医師の労働実態を明らかにするための実効的な調査を行うように通達を発出する。

②法令に基づく適切な措置の実施

上記の調査により明らかとなった無給医師の実態に対し、労働基準法などの関係法令に則った適切な措置をとる。

ただし、これらの解決や歩み寄りはまだはじまったばかり。

全国医師ユニオンが2019年9~11月に行った無給医のアンケート調査「無給医労働実態調査 2019 」では、「無給医の73.2%が、無給医問題の解決のためには労基署が大学を調査することが必要である」と答えていますが、いまだに調査はごくわずかな状況です。

一刻も早く「無給医師」という不当な労働搾取が行われない社会を願っています。

秋谷進

小児科医

(※写真はイメージです/PIXTA)