近年、日本では歴史的な「低金利」が続いているにもかかわらず、景気が停滞したままです。これは、他の多くの国でコロナ禍から経済が回復し「利上げ」に転じているなかにあって、きわめて異例のことです。なぜでしょうか。かつて日銀で景気動向調査、金融業務、決済システムの開発に携わった経験をもつCFP・小松英二氏の著書『はじめての金利×物価×為替の教科書』(ビジネス教育出版社)から、一部抜粋して紹介します。

景気の循環と金利のサイクル

ここ数年、日本では歴史的な低金利が続いています。その原因について解説する前に、そもそも金利はなぜ変動するのか、説明をしておきます。

金利を動かす最大の要因は「国内の景気」です。景気は「経済活動の勢い」であり、「良い」あるいは「悪い」などと語られます。

景気が良いとモノやサービスがよく売れ、企業の利益が増え、従業員の給料や仕事も増えます。経済活動が活発な状態を「好景気」といいます。ただ、ずっと続くわけではありません。やがて経済活動の勢いも弱まり「不景気」が到来します。

過去には好景気・不景気が入れ替わりながら続いています。この好景気(好況)と不景気(不況)が山谷をつくるパターンを「景気の循環」といい、金利はこのサイクルに大きく左右されます([図表]参照)。

「好景気」だと金利はどう動くか

好景気だと企業の生産・販売活動は活発となり、売れるモノやサービスの供給も増えます。企業経営者は設備投資に前向きになり、金融機関からも資金を借りるでしょう。

個人の消費活動も、勤め先の利益が増え給料が上がることで活発になり、住宅や自動車など高額商品を買う人も増えることが期待されます。好景気だと経済全体が活発化することから、資金を借りたい人が増え「資金需給の逼迫」により金利は上昇していきます。

また、企業は資金需要の高まりから、保有している債券を売って資金を調達することもあります。債券の売却が増えると債券価格は下がり、利回りは上昇します。

このように、「景気が拡大(経済活動が活発化)→企業や個人が資金を必要とする→借り入れが増える等につながる→金利が上昇する」ということになるのです。

しかし、ある程度好景気が続いて金利が上昇すると、金利は景気を抑え、悪くする方向に働き始めます。企業経営者は、金利が高くなると設備投資に慎重になります。また、いつまでも好景気は続かないとの見方から資金需要は減っていきます。

個人も、金利が高くなると住宅ローンを借りて住宅を取得することに慎重になります。

このように、世の中の資金需要が減ってくると金利の上昇は止まり、やがては低下していく可能性が高まります。

「不景気」だと金利はどう動くか

一方、不景気だと、モノやサービスの需要が減ることから、企業の生産・販売活動は活気をなくします。企業経営者は設備投資に慎重となり、金融機関からも資金を借りなくなるでしょう。

個人も給料が上がりにくくなり、住宅や自動車など高額商品の購入意欲は衰えることが予想されます。資金需要も減退しますので、金利は低下していきます。このように、「景気が後退→企業・個人が資金を必要としない→借り入れが減る等につながる→金利が低下する」となるのです。

景気悪化に対して政府は、景気対策として財政出動を進めるでしょう。中央銀行も金利を下げる金融緩和により、景気対策をサポートします。金融機関の貸出金利などが下がると、企業などの資金の借り手の負担は減り、設備投資などに向けやすくなります。

金融緩和が企業業績の向上につながると賃金も増え、消費も活発となり、景気拡大が期待されます。再び景気拡大に向かえば、金融緩和も終え、資金需要の高まりから金利は上昇していくことが想定されます。

日本で金利が上がりにくくなってしまった理由

ここまで、景気が金利に与える影響を「教科書的な整理」として説明してきました。しかし、近年はこの関係が変化してしまっています。なぜなら、1990年代以降、日本経済は「低成長経済」に陥り、好景気と不景気の山谷が見えにくくなっているからです。そうなるにつれて、金利も低いところから上がりにくい状態が続いています。

1990年代に入り、それまで高騰していた株価や地価が一転して下落に転じるなか、日本経済の成長率は大きく落ち込みました。さらに1999年頃から継続的な物価下落の状態(緩やかなデフレ)となり、以来「デフレからの脱却」が急務とされてきました。

このような状況ですので、日銀の大規模金融緩和が続き、日本の金利は歴史的な低水準にあります。

この間、日本企業の資金調達をめぐる行動も変化しました。日本企業は、高度成長期には大幅な「資金不足主体」、つまり、資金が不足していて外から調達することが必要な主体でした。設備投資資金は金融機関からの借り入れに依存していたため、好景気となると資金需給が逼迫して金利が上がりやすい状態にありました。

しかし、1999年以降、日本企業はマクロの数字でみると「資金余剰主体」、つまり資金が余っていてそれを運用する主体へと転化し、その状態が続いています。好景気になっても金融機関から資金を借りる必要性は乏しくなっているのです。このことによって、景気が多少良くなろうとも金利は上がりにくくなっています。

小松 英二

CFP® FP事務所・ゴールデンエイジ総研

代表・経済アナリスト

(※写真はイメージです/PIXTA)