11月8日に中国の浙江省で開幕した政府主催のイベント「世界インターネット大会」。オンライン登壇した習近平主席は「より安全なインターネット空間を目指す」ことを強調
11月8日に中国の浙江省で開幕した政府主催のイベント「世界インターネット大会」。オンライン登壇した習近平主席は「より安全なインターネット空間を目指す」ことを強調

投資や不動産詐欺、さらには各種海賊版や怪しい医薬品の販売などなど。日本以上に危険がマシマシ状態の中国のインターネット界隈。中国政府はこれまでも規制を強め続けてきましたが、今年はインフルエンサーへの「SNS実名表示」という最終手段を決行! そのストロング規制の内容や目的などを徹底解説です!

【写真】実名を表示する中国インフルエンサー

■実はメリットもある!? 中国式の新ネット規制

10月31日より、中国でメジャーなSNSやブログメディアに大異変が起きている。これまで本名をもじった愛称やハンドルネームなど、匿名で情報を発信していたインフルエンサーたちが、自身のアカウントで〝実名〟を表示する事態に!

中国の【SNSの実名表示】という世界的にも類を見ない新ネット規制を、中国のIT事情に精通するジャーナリストの高口康太さんに解説してもらいます!

――今回の規制は、どのような経緯で始まったのでしょうか?

高口 今年7月の段階で、中国政府の中央サイバーセキュリティ・情報化委員会がSNSやブログメディアの運営会社に対し、〝SNSの実名表示〟を含む13項目の強化対策を通達しました。それを各運営会社が10月31日から施行したものになります。

日本人でも木村拓哉さんや蒼井そらさんがインフルエンサーとして有名な中国最大のSNS・微博(ウェイボー)、Tik Tokの中国版である抖音(ドウイン)、そしてスーパーアプリのWeChatなど、中国IT大手のプラットフォームから実名の表示が始まっています。

――これは、どのようなインフルエンサーが実名表示の対象に?

高口 実名の表示を求められるインフルエンサーには細かい条件があります。運営会社によってバラつきはありますが、フォロワー数は50万から100万人の間に設定。そして、主に発信しているジャンルも実名表示の条件となり、例えば微博の場合なら【時事・軍事・金融・経済・法律・医療】を扱うインフルエンサーが対象。

対象となったインフルエンサーには運営側から通達が届き、実名表示を拒否した場合には閲覧者数を減らす、あるいはアカウント停止といった罰則があります。

また今回の規制では、これらのジャンルで意見を投稿する場合は、ちゃんと情報ソースも表示する必要があり、それが守られない場合にも処罰されます。

今年7月、中国政府の中央サイバーセキュリティ・情報化委員会は「個人メディア管理の強化に関する通知」としてSNSやブログメディアの運営に対し、インフルエンサーの実名制導入などを含む新強化項目を通達済み
今年7月、中国政府の中央サイバーセキュリティ・情報化委員会は「個人メディア管理の強化に関する通知」としてSNSやブログメディアの運営に対し、インフルエンサーの実名制導入などを含む新強化項目を通達済み

――これは、いきなりの強ネット規制かと!

高口 いえ。中国政府は毎年のように〝新ネット規制〟が登場しており、何も今年から強化されたわけではありません。昨年はユーザーのネット接続場所を大まかに特定できる【IPアドレスの表示】というものがありました。

――IPアドレスの表示にはどんな意味があるのですか?

高口 例えば、【本日はドバイで仮想通貨投資の会議に参加しました!】と投稿したとしても、IPアドレスが中東でなくほかの地域のものだったら、ウソ投稿の可能性が高くなります。

――それ、日本でも投資詐欺系アカウントのあるある投稿じゃないですか!

高口 はい。中国でもネットを起点とした金融・不動産の投資詐欺は社会問題化しており、そういった犯罪グループをSNS上で活動しにくくする規制でもあります。そして、今回の【SNSの実名表示】も、その側面が強いといえるでしょう。

例えば、【金融・経済・法律・医療】に関しての詐欺事案でもSNSを起点にして、オンラインセミナーに誘導するのが中国でも定番のやり口です。インフルエンサーの実名とIPアドレスを検索するだけで、個人でもそのバックボーンを簡単に調べられ、これらネット犯罪の予防策として機能します。なので、この部分に関してネットユーザーからも不満の声は聞こえてきません。

――その一方、【時事・軍事】は中国の政治事情からセンシティブなジャンルな感じですけど?

高口 【時事・軍事】に関してはフェイクニュース対策です。このジャンルのインフルエンサーは政府よりも上から目線で「台湾、侵攻すべし!」と鼻息が荒く、情報源が曖昧で軍事的に根拠のない話を発信しているケースが多い。

そういったユーザーを自重させるための実名表示でもあります。プラットフォームによっては実名だけでなく職業も表示されますから、【職業/無職】で「侵攻すべし!」だとさすがにインフルエンサーとしての影響力はなくなります(笑)。

また、該当するジャンルを扱うVTuberも、実名もしくは運営する企業名を表示する必要があり、〝中の人〟が微妙に見えてしまった視聴者が〝投げ銭〟を躊躇(ちゅうちょ)するという効果も考えられます。若者による〝投げ銭やりすぎ問題〟も中国では深刻ですから。

中国の主要SNS、微博、WeChat、小紅書、TikTokの中国版である抖音が10月31日から段階的に実名表示を導入。微博の王高飛CEO(写真上)やカリスマ医師の徐歩芳さん(写真下)など、これまで愛称を使ってきたインフルエンサーはさっそく実名を表示。プロフィール欄に実名、居住地、職業を表示、アカウント名そのものが実名&職業になるなど、まだプラットフォームによって表示形式はばらばらだ
中国の主要SNS、微博、WeChat、小紅書、TikTokの中国版である抖音が10月31日から段階的に実名表示を導入。微博の王高飛CEO(写真上)やカリスマ医師の徐歩芳さん(写真下)など、これまで愛称を使ってきたインフルエンサーはさっそく実名を表示。プロフィール欄に実名、居住地、職業を表示、アカウント名そのものが実名&職業になるなど、まだプラットフォームによって表示形式はばらばらだ

――なんか、ここまで話を聞くと、中国式のネット規制は犯罪対策、情報の精査面であっても悪くないかと思えてきました。ところで、中国にはひろゆきさんや滝沢ガレソさん的なインフルエンサーっていないんですか?

高口 すでに全滅しています。中国のSNS文化は2010年代初頭の胡錦濤(こきんとう)政権時代から始まり、黎明(れいめい)期は中国政府発表や大手メディアの報道を〝引用して物申す〟、そして〝大企業の悪事をリーク〟するユーザーがトップインフルエンサーになっていました。しかし、習近平政権による14~15年のネット規制で、そのようなインフルエンサーは完全に消滅しています。

――発言の自由がまったく許されなそうなんで、やっぱ中国式のネット規制は無理! では今後、中国のインフルエンサーはどういった人間が残ると思いますか?

高口 肌色の露出が少ない健全なエンタメとスポーツです。ひろゆきさん的なインフルエンサー壊滅後の人気路線ですし、今回の実名表示の対象になりません。

一方、実名表示の対象となる文化人路線のインフルエンサーは【本名/○○大教授・医師】といった、それなりの肩書がないと、これまでのような拡散力は得られず、〝案件で稼ぐ〟というのも難しくなるでしょう。

――犯罪防止につながるけど、それ以前に問題アリの中国式ネット規制。これを各国がマネするのは難しいかと!

取材・文/直井裕太 写真/新華社/アフロ

11月8日に中国の浙江省で開幕した政府主催のイベント「世界インターネット大会」。オンライン登壇した習近平主席は「より安全なインターネット空間を目指す」ことを強調