多くの高齢者にとって「終活」は大きな関心事でしょう。終活の一端を担う「相続」や「金銭管理」について、シングル高齢者の準備状況はどのようになっているのでしょうか。本稿ではニッセイ基礎研究所の坊美生子氏が、シングル高齢者における終活準備の現状について、データに基づいて解説します。

はじめに

これまでのシングル高齢者に関する基礎研レポートシリーズでは、高齢者の性・配偶関係別に、経済基盤や住まい、交流範囲、長寿化に対する希望や不安などについて、公益財団法人生命保険文化センター(以下、文化センター)が2020年に実施した「ライフマネジメントに関する高齢者の意識調査」の高齢者調査の結果等を基に、筆者独自の分析結果を紹介し、増え行くシングル高齢者の暮らしぶりや心理を少しずつ解明してきた1

当シリーズの最終稿となる本稿では、「終活」の一端である相続や金銭管理の準備状況について取り上げ、シングル高齢者が安心して人生の最終期を迎えられる状況になっているのかについて、考えたい。


1 全国の60歳から101歳までの男女を対象に、留置聴取法にて実施。回収は2,083。本稿の分析では、その中から65歳から90歳以上までの回答結果を使用した(有効回答数は1,730)。

相続の備え

高齢者にとって、「終活」は大きな関心事だろう。

しかしシングル、特に未婚の場合は、頼れる子などが身近にいないため2、例えば認知能力が低下した後の財産管理や生活支援、死後の手続きなどについて、不安や戸惑いも大きいのではないだろうか。あるいは、不安が大きいからこそ、準備をしっかり進めているのだろうか。

この点について知るため、「相続」と「金銭管理」の2点に関して、実際にどのような備えを実施しているのか、文化センターの調査結果を基に、性・配偶関係別に分析した。

始めに相続について、「ご自身に万一があった場合のための相続準備をしていますか」(複数回答)という設問に対し、該当する項目の回答割合を、性・配偶関係別に比較したものが[図表1]である。

まず男性について見ると、「全体」では約6割が「特に何もしていない」と回答しており、残る約4割が何らかの対策を行っていることが分かった。具体的な内容をみると、最も多いのは「生命保険加入」(約3割)で、「生前贈与」(約1割)と「遺言の作成」(約1割)が次ぐ形となった。

これを配偶関係別に比較すると、「未婚」では「特に何もしていない」が全体よりも約10ポイント高く、「生前贈与」や「生命保険加入」を準備している割合も、全体よりも有意に低いなど、準備が低調であることが分かった。

そもそも相続の準備状況は、世帯の資産状況と関連があると考えられる。

文化センターの調査報告書(2021年)によると、相続の準備状況を世帯保有金融資産の階級別に比較したところ、「生命保険加入」や「生前贈与」は概ね高資産層ほど高く、「特に何もしていない」は最も低い階級である「100万円未満」の層で高くなっていた3

また、当シリーズの別稿「シングル高齢者の増加とその経済状況~未婚男性と離別女性が最も厳しい」によると、未婚男性は、世帯資産「100万円未満」という低資産層が約4割に上り、すべての性・配偶関係のうち、ダントツで割合が大きかった。

従って、未婚男性の中には「そもそも相続する資産が無いので、準備することもない」という人が多いと考えられる。


2 当調査結果を用いた筆者の分析では、シングル高齢者のうち独居している割合は、未婚男性は75.0%、未婚女性は67.7%、離別・死別男性は59.2%、離別・死別女性は47.2%である(「シングル高齢者の住宅と生活~未婚女性の6割は1日60分以上歩くアクティブ層、未婚男性と離別・死別男女の1割弱は殆ど歩かない不活発層」)。

3 公益財団法人生命保険文化センター「ライフマネジメントに関する高齢者の意識調査」(2021年)。同報告書の分析対象は60歳以上であり、65歳以上に絞った本稿の対象よりも幅広い。

相続の準備状況と「配偶者の有無」の関連性

また、当然ではあるが、「財産を残したい親族がいるか」という点も、相続の準備状況に違いを生んでいるだろう。当シリーズの別稿「シングル高齢者の住宅と生活~未婚女性の6割は1日60分以上歩くアクティブ層、未婚男性と離別・死別男女の1割弱は殆ど歩かない不活発層」によると、未婚男性のほとんどは子や孫がいないため4、準備が低調だと考えられる。

男性のうち「配偶者あり」と「離別・死別」は、全体比べて有意な差は見られなかった。

次に女性について見ると、「全体」では、男性と同じく約6割が「特に何もしていない」と回答し、何らかの準備をしているのは約4割だった。

具体的に準備しているものの傾向も、男性と同じで、最も多いのが「生命保険加入」(約3割)、次いで「生前贈与」(約1割)と「遺言の作成」(約1割)となった。

配偶関係別にみると、「未婚」は「特に何もしていない」割合が、全体より低かった。上述した世帯の資産状況との関連をみると、未婚男性とは逆に、未婚女性は「100万円未満」という低資産層の割合が約1割で、すべての性・配偶関係の中で最も低かった。

これが、相続準備のプラス要因になっている可能性がある。具体的な対策をみると、「遺言の作成」は全体より10ポイント以上高かった。未婚女性のほとんどは子や孫がいないが5、「生前贈与」や「生命保険加入」の割合も、全体と同水準だった。

前稿「人生100年時代のシングル高齢者の不安と備え~未婚女性はポジティブで備えも進み、未婚男性はネガティブで備え不足」では、未婚女性は、すべての性・配偶関係の中で、長生きする意欲が最も強いことや、老後に向けた経済的な備えが最も進んでいることを紹介したが、相続についても、最も計画的に実施していることが分かった。

長寿を見据え、あらゆる面で、準備を着々と進めている様子が伺える。但し、子や孫がいない中で、未婚女性が進めている生前贈与の内容や生命保険加入の目的等については、当調査では明らかではなく、筆者の今後のテーマとしたい


4 未婚男性のうち、「つき合いのある親族」として「子(未婚)」を選んだのは0%、「子(既婚)」は3%、「孫」は0%(「シングル高齢者の住宅と生活~未婚女性の6割は1日60分以上歩くアクティブ層、未婚男性と離別・死別男女の1割弱は殆ど歩かない不活発層」。

5 未婚女性のうち、「つき合いのある親族」として「子(未婚)」を選んだのは0%、「子(既婚)」は0%、「孫」は3%(同)。

判断能力低下後に向けた備えと希望

判断能力低下時に向けた準備状況

次に、判断能力低下時に向けた準備状況を、性・配偶関係別に分析したものが[図表2]である。まず男性についてみると、「全体」では、「特に準備はしていない」が6割強で、残る4割弱が何らかの準備をしていることが分かった。

具体的な対策のうち、1割を超えたのは「家族に自分の希望を伝えている」(約3割)と「ノート等での意思表示」(約1割)だった。配偶関係別にみると、独居割合が高い「未婚」では「特に準備はしていない」が全体よりも10ポイント以上高かった。

具体的な対策では、「家族に自分の希望を伝えている」が全体より低く、「任意後見制度」は全体より高かった。「配偶者あり」と「離別・死別」では、全体と有意な差は見られなかった。

女性についてみると、「全体」では、「特に準備はしていない」が6割弱で、残る4割強が、何らかの準備をしていることが分かった。具体的な対策のうち、1割を超えたのは「家族に自分の希望を伝えている」(約3割)と「ノート等での意思表示」(約1割)だった。全体的に、男性に比べると、女性の方がやや準備が進んでいるようだ。

配偶関係別にみると、「未婚」では、「特に準備はしていない」が全体よりも高かった。具体的な対策では、「家族に自分の希望を伝えている」が全体より低く、「信託制度」は全体より高かった。

認知症については、75歳を超えると、有病率が男女ともに1割を超えると報告されていることに鑑みれば6、判断能力低下後の財産管理や介護サービスの契約等を、事前に信頼できる相手に依頼しておく「任意後見制度」などは、特にシングル高齢者では、必要になる人は多いと考えられる。

今回の分析によって判明した、未婚男女で準備が進んでいないことや、任意後見制度の利用がわずかであることの背景には、認知能力低下後の高齢者を支える制度に関して、周知不足や理解不足があるのではないだろうか。


6 政府会議「認知症施策推進のための有識者会議」第2回(2019年3月29日)配布資料。

判断能力低下時の相談相手

次に、「将来、判断能力が不十分になったときにどのような相談相手がいますか」(複数回答)との問いに対する回答を性・配偶関係別に比較したものが、[図表3]である。

まず男性についてみると、「全体」では、回答割合がダントツで高いのが「子ども」(約8割)と「配偶者」(約7割)の二つであり、他には「その他親族」(約2割)、「友人」(約1割)などがある。配偶関係別にみると、子や孫がいない「未婚」では、「その他親族」が最大の約7割に上った他、「友人」(約3割)は全体より20ポイント以上高かった。「地域包括支援センター」(約2割)も全体より高かった。

別稿「シングル高齢者の住宅と生活~未婚女性の6割は1日60分以上歩くアクティブ層、未婚男性と離別・死別男女の1割弱は殆ど歩かない不活発層」では、未婚の高齢者は、男女ともに、配偶者や子がいない代わりに、兄弟姉妹との結びつきが強いことを報告した。

そのため、当設問でも未婚の多くが挙げた「その他親族」には、兄弟姉妹が多く含まれると考えられる。「地域包括支援センター」との回答が高い理由は当調査からは明らかではないが、日常生活や介護に関する相談等を通じて、関係性が強いのかもしれない7。いずれにせよ、血縁者以外の回答割合が、全体に比べて高かった。

次に女性についてみると、「全体」で回答割合が最大だったのは「子ども」(約9割)で、男性よりも10ポイント高かった。回答者のうち「配偶者あり」の割合が男性に比べて小さいことなどから、当設問では「配偶者」を選択した割合は約5割にとどまった。

配偶関係別にみると、「未婚」では、「その他親族」が約8割に上り、未婚男性以上に、配偶者や子以外の親族との結びつきの強さを示唆していた。

「友人」(約2割)や「弁護士」(約1割)も全体より高く、未婚男性同様に、血縁者以外の回答割合が、全体よりも高かった。


7 筆者による同調査の分析では、未婚男性では「現在介護を受けている」と回答した人は8.8%で、男性全体(5.2%)と比べて有意差は無かった。

判断能力が低下しても回答者の約2割は「金融資産」の適切な運用を望むワケ

判断能力低下時の金融資産に対する取り扱いの希望

最後に、「将来、判断能力が不十分になったときに株や証券などの金融資産を家族や成年後見人にどのように扱って欲しいですか」との問いに対し、回答を性・配偶関係別に比較したものが[図表4]である(グラフは略)。

まず男性についてみると、「全体」のうち、そもそも金融資産を「保持していない」との回答が約5割弱で、最も多かった。

保持している層では、「適切に運用する」(約2割)、「売却して現金資産にする」(1割強)、「そのまま保持する」(1割弱)の順に多かった。配偶関係別にみると、「未婚」で「そのまま保持する」が全体より低かったが、その他には大きな差はなかった。

次に女性についてみると、「全体」の傾向は男性と類似していた。そもそも金融資産を「保持していない」との回答が約4割で、最も多かった。保持している層では、「適切に運用する」(約2割)、「売却して現金資産にする」(約1割)、「そのまま保持する」(約1割)の順に多かった。

配偶関係別にみると、「未婚」では「保持していない」が約2割で、全体より20ポイント以上低く、すべての性・配偶関係の中でも、保持している人の割合が最も大きかった。また「適切に運用する」も4割弱に上り、すべての性・配偶関係の中で最も大きかった。

前稿「人生100年時代のシングル高齢者の不安と備え~未婚女性はポジティブで備えも進み、未婚男性はネガティブで備え不足」では、未婚女性は、老後に向けて、預貯金を所有する割合が大きいだけでなく、4人に1人がNISA(小型投資非課税制度)を保有するなど、金融リテラシーが高く、投資に対しても積極的であることを紹介したが、当設問でも、そもそも金融資産の保有割合が高く、自身が判断能力低下した後についても「運用」という希望が大きいことが分かり、改めて金融行動の積極性を示唆する結果となった。

女性のうち「配偶者あり」や「離別・死別」は、全体と比べて有意な差は見られなかった。

終わりに

本稿でみてきたことを整理すると、まず相続については、未婚男性は「何もしていない」割合が、すべての性・配偶関係のうち最も高く(約8割)、未婚女性では最も低い(約5割)など、属性によって準備状況に差が見られた。

これには、そもそも低資産層が未婚男性では最も多く(約4割)、未婚女性では最も少ない(約1割)ことが関連していると考えられる。

当シリーズのこれまでのレポートで、未婚女性は、長い老後を見据えて、金銭的備えが最も進んでいることを紹介してきたが、相続についても、すべての性・配偶関係の中で、最も計画的に準備を進めていることが分かった。

「相続」と言えばこれまで、子や孫がいる高齢者が、最も準備が進んでいるというイメージを持っていた人もいるかもしれないが、本稿の分析からは、資産状況や本人の意識との関連が強いと言えるだろう。

次に、判断能力低下後に向けた準備状況としては、男女とも、未婚で「特に準備はしていない」と回答した割合が7~8割に上り、いずれも全体より高かった。

いざという時に身近で助けてくれる家族がいないシングル高齢者の場合は、認知能力が低下した時に備えて、「任意後見制度」などの制度を利用することは、有効な選択肢の一つになると考えられるが、現状では、未婚男性を除いて、利用が低迷していることが分かった。

計画的な未婚女性でさえも、利用が低迷しているということは、まだまだ制度の周知不足、理解不足が背景にあると考えられる。

判断能力低下時の相談相手としては、未婚では男女いずれも、配偶者と子を除く「その他親族」が多く、兄弟姉妹との関係性の深さが改めて推察された。

また、「友人」など、血縁者以外の回答も目立っており、子や孫のいないシングル高齢者にとって、身の回りで頼れる知り合いを増やし、いざという時のネットワークを築いておく重要性を示唆していると言える。

判断能力低下時の金融資産の取り扱いについては、未婚女性の金融資産の保持割合の高さと、運用への希望が目立つ格好となった。既出レポートで報告してきた、「未婚女性は金融に関する知識や行動力が旺盛」という仮説を改めて裏付ける結果となった。

以上のことをまとめると、「終活」のうち、相続に関しては、未婚女性が最も準備が進んでいるが、判断能力低下時の金銭管理については、未婚は男女いずれも準備が遅れていることが分かった。

シングルだと身近に頼れる家族がいないこと、一定割合の高齢者が認知症になることを考えると、シングル高齢者をサポートする任意後見制度等の社会的な仕組みを、もっと機能させていく必要があるだろう。未婚率や長寿化の進行を考えれば、今後もシングル高齢者は増えると予想される。

いざという時に、日常生活に支障を来して本人も周囲も困ることがないように、また、シングルであっても安心してエンディングを迎えられるように、高齢者を支える社会の仕組みについて、もっと周知を図っていくことが必要ではないだろうか。

(写真はイメージです/PIXTA)