映画『マルサの女』で有名になった国税局査察部(通称マルサ)。脱税調査のスペシャリストである彼らは、脱税の証拠につながる手がかりを徹底的に洗い出します。そのようななか、元マルサの税理士である上田二郎氏は、脱税者の「お金の隠し方」について共通点を指摘します。“絶対にバレたくない多額の資産”があるとき、人はどこに隠すのか、具体的な事例を交えてみていきましょう。

脱税で“溜めこんだ”お金「タマリ」…どこに隠す?

内偵調査の手がかりを端緒(たんしょ)と呼ぶ。端緒はなんでも良く、繁華街をふらついて流行っている店を見つけたり、国税局に寄せられる脱税情報だったり、テレビや雑誌の繁盛店紹介だったり、国税の内部資料から架空取引が浮かび上がることもある。

※国税では“たんちょ”で通っていた。

しかし脱税情報にはガセネタも多く、架空取引には粉飾決算やキックバックもある。また、影のオーナーが利益を吸い上げていることもあって、“真の脱税者”を見極めるのは難しい。

一方、脱税で溜めこんだお金を「タマリ」と呼ぶ。いわゆる蓄積した裏金のことで、タマリが真の脱税者を証明してくれる。どんな手段で脱税しても、果実である不正資金がどこかに溜まる。

仮名や借名の預金だったり、金塊だったり、外国へ資産を逃す「資産フライト」によって、多くの金がタックスヘイブンへ逃れた。近頃ではバレにくいとされる暗号資産も増え、国税が躍起になって解明している。

脱税を疑う端緒を発見しても、ターゲットから話を聞くことや、帳簿を見ることができないために、裏付けとなるタマリを探す。ところが、長期間の張り込みで内偵がバレると重要物証のタマリを隠されてしまう。

映画やドラマのような“派手さ”はないが…「タマリ」の隠し場所

映画やドラマでは隠し部屋やプールの底に沈めた金塊を探し出すシーンが描かれているが、実際はもっと現実的な場所に隠されている。

金融商品は足がつきやすく、発覚を恐れて現金で隠すケースが一番多い。金塊も多かったが、2012年に導入された金地金の支払調書制度(売却額が200万円を超すと税務署に把握される)によって、200g以下のゴールドバーが主流になった。

宝石や絵画の裏取引もある。絵画や宝石を裏金で売買し、購入者は裏金を資産に替え、売り手は売上を除外する。需要と供給が合致している取引だ。隠し場所は人によってさまざまだが、怖いのは盗難と火災のため、最も安全な貸金庫が選ばれる。

貸金庫に地方のレンタル倉庫…脱税者たちが好む“隠し場所”

7つの貸金庫に「現金2.1億円」隠した“高級クラブのママ”

ターゲットは高級クラブのママ。同じ部門の別班が解明した事案だ。ママが出勤前に必ず立ち寄る店の近くの貸金庫。調査をすると同じ銀行に7つの貸金庫を借りていることが判明した。しかも、2年前から3ヵ月ごとに借り増ししている。相手は水商売。貸金庫のなかは現金と睨んだ。

強制調査の可否を検討する会議に用意したのは、段ボールで作った実物大の貸金庫の模型と新聞紙で作った100万円の札束。そして、マルサの幹部を前に「貸金庫のなかは現金しか考えられません。ひとつに3,000万円入ります。7つ借りているので脱税額は2.1億円です」と言い放った。

マルサの経験に裏打ちされた勘だけが頼りだが、はずれれば脱税をしていない納税者に強制調査をかけることになる……。

結果は想定どおり。7つの貸金庫に2.1億円の現金がぎっしり詰まっていた。

レンタル倉庫に10億円

レンタル倉庫に現金を隠していたケースもある。強制調査によってレンタル倉庫のキーを発見したのだが、場所は東京からはるか離れた博多。

タマリが隠されている可能性がある場所はその日のうちに確認しなければならないが、倉庫は本人がキーを持参しなければ絶対に開錠しない規約になっている。

担当査察官がキーを持って東京から博多に飛ぶ。博多のどこかに必ずタマリがあると睨んで待機していた筆者は、東京からの指令を受けて福岡地裁で追加の強制調査令状を取って合流。その日のうちにどこへでも飛び、必要な調査を行うのがマルサの機動力だ。

倉庫に踏み込むと、空調が利いた3畳程の部屋に段ボール箱が10箱積んであった。箱のなかは100万円ごとに輪ゴムで留めた総額10億円の現金。輪ゴムで留めたお金は「ゴム止めの現金」と呼ばれる裏金の特徴だ。

総額を確認するために査察官20人を集結させて徹夜で数えたのだが、朝になっても数えきれない。結局、銀行に預金して通帳を差し押さえたのだが、銀行の入金機で数えても3時間かかるほど大量の現金だった。

フィットネスルームに100憶円…しかし「無罪放免」のワケ

地下倉庫に100億の現金が隠されていたケースもあった。お金があるところにはあるもので、踏み込むと地下室に作られたフィットネスルームのロッカーに、無造作に100億円の現金が入っていた。

給料袋に入ったままのものもあったが、その多くは聖徳太子の1万円札。

聖徳太子の1万円札は1986年に支払停止になり、1984年から福沢諭吉の1万円札が流通している。踏み込んだのは2005年。租税時効は7年。貯めこんだ時期が1998年より前なら時効が成立する。結局、この事案は無罪放免になった。

脱税があれば必ずどこかにタマリがある。この両輪が揃ってはじめて強制調査の許可が下りる。ただし、脱税の果実を誰かが吸い上げている可能性もあるため、真の脱税者が見つかるまで張り込みが続く。

タマリを発見するために社長の行動を掴み、貸金庫や隠し事務所、さらには愛人までも暴いていくために長期間の張り込みをしているのだ。

上田 二郎

元国税査察官/税理士

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