もうじき50歳になるある男性は、だれもがうらやむ超一流企業に勤務しつつも、やりがいのない仕事に心底ウンザリしていました。いま希望しているのは、中小企業への転職、あるいはフリーランスへ転身して、やりがいのある仕事に没頭すること。しかし、そこには厳しい実情があるようです。FP資格も持つ公認会計士・税理士の岸田康雄氏が解説します。

超一流企業勤務のサラリーマンの「密かなホンネ」

私は大学卒業後、いまの会社に就職して30年近く経ち、もうじき50歳になります。いまさらですが、大企業での仕事は窮屈でやりがいもなく、絶望しています。もっと〈やりがいのある仕事〉に挑戦してみたいので、中小企業へ転職をしようかと考えていますが、先生はどうお考えですか? なお、私は中小企業診断士の資格を持っているため、場合によっては独立もアリかと思っています。

49歳会社員・男性(東京都港区在住)

上記は、ごく最近筆者のもとに寄せられた相談です。この方は、世間では超一流企業といわれる大企業にお勤めで、収入も高いエリートです。はたから見れば、まさかこのような悩みを抱えているとは想像もつかないのではないでしょうか。しかし、大企業にお勤めの方からのこの手の相談は本当に多く、ある種の普遍性を感じます。

皆さんもご存じのように、大企業に勤めるメリットはたくさんあります。給与水準は高く、福利厚生も充実していますし、社会的信用が高いため、住宅ローンも借りやすい傾向にあります。会社が安定していれば失業するリスクも少なく、家庭を優先したい方には最適な環境でしょう。

しかし大企業での仕事は、相談者の方がおっしゃるように「やりがいを感じにくい」というデメリットもあります。

大企業での仕事にやりがいがないと感じる原因として、リーダーである経営者がなにを考えているのかわからない、という点が挙げられます。

大企業というのは、文字通り「大きな会社」です。大きな会社にはたくさんの人が働いているので、個人の存在感が小さくなりがちなうえ、社長をはじめとする経営者と、先端のサラリーマン社員との距離が遠くなってしまいます。

そして、社長と社員の間には、たくさんの中間管理職がはさまっているため、お互いの顔がわからなくなり、タテマエだけがひたすらに増えていきます。結果として、リーダーである経営者が実際になにを考えているのか、一社員は推し量ることができません。その結果、会社から自分が何を求められているのか、よくわからなくなってしまうのです。

また、一般のサラリーマン社員は、会社を構成する「パーツ」として、それなりに機能することを求められるだけで、個人の頑張りを評価されにくく、どれだけ貢献できているのかが実感しづらい、という点もあります。

このような要因が重なっていった結果、どれだけ働いてもやりがいを感じにくくなってしまうのです。

方向転換に時間がかかる…大企業ならではの問題点

配属はいわゆる「ガチャ」の要素が大きく、昇給や昇格も運の影響が少なからずあります。上司との相性がよければいいのですが、悪ければ地獄という環境になります。

成果が報われにくいことも、問題点のひとつだといえます。大企業の給与体系は業績に連動するものではなく、安定的なものです。頑張って成果を上げても、給与に直結することは、なかなかありません。

逆に、あまり頑張らず成果が出なくても、給与にそこまで大きな影響が出ることもありません。そのため、社員の当事者意識が薄れてしまい、世間でよくいう「働かないおじさん」問題が発生してしまうのです。

また、大企業には「ダメなビジネスがダメなまま生き残る」という問題もあります。大企業は組織の規模が大きいため、方向転換に時間がかかります。しかし、方向転換するより同じ仕事を続けるほうがラクなので、一定の割合で変化を嫌う人が発生します。その結果、IT化が進む昨今でありながら、時代にそぐわないビジネスを続ける…という大企業も少なくありません。

時代に合わないビジネスは、会社にとってはお荷物ですが、大企業は体力があるがゆえに、ダメなビジネスをダメなまま残せてしまうのです。

ほかにも、ほぼ無関係な人まで参加を強制される「ムダな会議」、申請書にひたすらハンコを集める「スタンプラリー」、必要性が理解できない「謎ルール」、そして、そこここに散見される「働かないおじさん」…といった、ダメなものやムダなものが多くあります。しかし、これらも会社に体力があるゆえに刷新する必要がなく、ダメなもの、ムダなものがまだまだ残ってしまっているのです。

中小企業への転職、フリーランスへの転身…失敗すれば悲劇に

ムダな仕事とわかっていながらも、その仕事をするしかないと思うと、やる気がどうしても起きないでしょう。そこで冒頭の相談者の方をはじめ、やりがいのある仕事を求める方々が検討するのが「中小企業への転職」です。

しかし、大企業から中小企業への転職で失敗すると、目も当てられない悲惨な状況が待っています。

率直な話、中小企業は「当たり外れ」が非常に大きく、中小企業の労働環境は「社長がどんな人か」によってかなり差がつきます。従業員のことを尊重する社長であれば、とても働きやすい職場になります。しかし、従業員のことを考えないワンマン社長もいて、そのような社長が経営する会社は、過重労働に低賃金、パワハラの横行といった、地獄のような労働環境であることも珍しくありません。

最悪の事態を回避するためにも、中小企業に転職する際には、社長の資質を見極めることが重要なのです。

また、今回の相談者の方は、独立も視野に入れているようです。フリーランス、自営業者として働く場合は、経営者は自分自身です。したがって、自分のやりがいを遠慮なく追求し、やりたい仕事を選んで働くことができます。成果はまるごと自分のモノとなり、ダメだと思ったビジネスは即刻止めることもできます。上司から意に沿わない業務を命令されたり、無駄な会議に参加したりする必要もありません。

とはいえ、フリーランスにも、フリーランスならではの問題があります。仕事を選べる立場になれば、やりがいを持って自由に楽しく仕事ができ、働き方も自分の裁量で決めることができます。しかし、もし仕事がない場合、やりがいなどといっているヒマはありません。報酬をギリギリまで下げてでも仕事を受注し、働かなくてはいけません。もっとひどいと、本当に食べていくこともままならない、といった、これもまた地獄の入り口のような事態も考えられます。

このように、大企業中小企業、フリーランスも、それぞれメリットがある一方で、デメリットがあるのです。

大企業で仕事のやりがいを感じられないのは、業種・上司・社長の問題というより、仕組み上致し方ないものでもあるのです。その点をよく踏まえたうえで、慎重に検討されることをお勧めします。

岸田 康雄 公認会計士/税理士/行政書士/宅地建物取引士中小企業診断士/1級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)

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