自動車を持つ人は、「自賠責保険」への加入を義務付けられています。自賠責保険は車検と同時に更新されることになるので、車検切れだと自賠責保険も切れていることが多いのですが、もしもその状態で交通事故を起こしたら、加入中の「任意保険」は使えるのでしょうか。自賠責保険と任意保険の関係、および現行の自動車保険制度の問題点について解説します。

自賠責保険と任意保険の関係

自賠責保険が切れた状態で事故を起こして人を死傷させた場合、任意保険は使えるのでしょうか。まず、前提として、自賠責保険と任意保険の関係についておさらいしておきましょう。

自賠責保険

まず、自賠責保険は「自動車損害賠償責任保険」の略です。交通事故を起こして人を死傷させた場合に支払い義務を負う損害賠償金等を一定限度までカバーする保険として、法律上、加入が義務付けられています。加入が強制されているので「強制保険」とも呼ばれます。

保険金の支払限度額は、被害者1名あたり、傷害を負わせたら120万円、後遺障害が残ったら4,000万円、死亡したら3,000万円です([図表1]参照)。

つまり、自賠責保険がカバーするのは、人身事故を起こした場合のみであり、しかも、補償してくれるのは最大でも4,000万円までです。

◆任意保険

次に、任意保険は、自賠責保険だけでは賄えない部分をカバーする保険です。任意保険は人身事故だけでなく、物損事故もカバーしてくれます。

自賠責保険は人身事故しかカバーしないうえに、補償額も限られており、不十分です。そこで、任意保険は、人身事故については自賠責保険の補償限度額を超えた部分の額をカバーし、さらに、物損事故もカバーします。しかも、賠償金の額を無制限でカバーするよう設計することもできます(対人賠償・対物賠償いずれも保険金を無制限に設定するのが一般的です)。

また、特約を付けることにより、以下のような補償も備えることができます。

・人身傷害保険・搭乗者傷害保険:自分や同乗者が死傷した場合の補償

・車両保険:自分のクルマが事故で損傷したり盗難被害に遭ったりした場合の補償

・個人賠償責任保険:日常生活における交通事故以外の対人・対物事故の補償

自賠責保険が切れていた場合、任意保険は使えるか?

では、自賠責保険が切れていた場合、任意保険は使えるのでしょうか。任意保険に加入する場合には車検証が必要なので、車検切れの状態で任意保険に加入することは不可能です。しかし、自賠責保険の契約期間と任意保険の契約期間がズレていることにより、車検期間・自賠責保険が切れている状態で、任意保険の期間が残っていることがありえます。

その状態で事故を起こして人を死傷させた場合、任意保険が使えるのか、という問題です。

この点について、これまで2,000件を超える交通事故事案を担当した荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所 代表)に聞きました。

【荒川香遥弁護士】

「多くの自動車保険の約款では、車検切れが明確に『保険金を支払わない事由』として列挙されてはいません。また、『保険金を支払わない事由』として、『故意又は重過失』の場合が挙げられていますが、この故意又は重過失は、あくまでも事故発生にかかわるものに限られます。

損害保険会社によって解釈が異なる可能性はありますが、無車検車を運転していたからといって、それが直ちに重過失に結びつくわけではありません。したがって、基本的に、任意保険は使えると考えてよいでしょう。

ただし、任意保険が使えるとしても、無車検で自賠責保険も切れている場合、人身事故を起こして損害賠償責任を負えば、任意保険がカバーする賠償金の額は

『全体の損害額-自賠責保険によって支払われる金額』

ということになります。したがって、本来ならば自賠責保険から支払われるはずだった分を自己負担しなければなりません。たとえば、人を死なせてしまい、被害者に対する損害賠償額が1億円だったとすると、自賠責保険の限度額の3,000万円はカバーされないので、その3,000万円を自己負担しなければならないということです。

なお、対物事故についても補足しておきます。自賠責保険は人身事故の場合のみが対象なので、対物保険の場合には、無車検であっても任意保険で全額支払われる可能性はあります」

無車検車で人身事故を起こした場合、任意保険は使えるものの、自賠責保険がカバーする部分については自己負担しなければならないということです。

もし、人身事故を起こして多額の賠償責任を負った場合、加害者に自賠責保険の保険金相当額(最大4,000万円)を負担する資力がなければ、被害者がろくに救済を受けられないことになりかねません。

交通事故の被害者ないしその遺族は、法律上の損害賠償請求権を持っていても、加害者に資力がなければ強制執行もできません。そうなれば、被害者が経済的に困窮することになってしまうのです。

「車検切れ」≒「自賠責保険の満期切れ」の状態で公道を走行することはきわめて危険な行為であるといえます。

「自賠責保険に入っていれば安心」…ではない!自動車保険制度の落とし穴

なお、上記は、自賠責保険が切れている一方、任意保険は切れていないというケースについての説明です。自賠責保険が切れたクルマで走行するのは論外ですが、もし自賠責保険に入っていたとしても、「任意保険」に入っていなければ、これも大変危険なことといわざるを得ません。

任意保険に加入していなかったら、本人はもちろん、被害者側も地獄をみることになります。前述したように、自賠責保険は人身事故のみ、しかも、傷害は120万円まで、死亡は3,000万円まで、後遺障害は4,000万円までしかカバーしてくれません。

[図表2]は、人身事故の損害賠償額が高額になったケースをまとめたものです。

事故で被害者が死亡したり後遺障害により働けなくなったりした場合、自賠責保険だけでは到底賄えない可能性があることがわかります。

もし、自賠責保険にしか加入していないと、被害者が賠償を受けられず苦しむだけでなく、自分自身も高額な賠償義務を負って生涯苦しむことになりかねないのです。

ところが、統計をみると、ほぼ4人に1人が任意保険に加入していません。2022年3月末時点で、日本全国の「対人賠償保険」「対物賠償保険」の加入率は、「対人賠償保険」が75.4%、「対物賠償保険」が75.5%です(損害保険料算出機構「2022年度 自動車保険の概況」P114参照)。

法律上は、「自賠責保険」への加入のみが義務とされています。任意保険への加入は文字通り任意です。したがって、最低限の法的義務だけ果たせばいいと考えている人が、「4人に1人」のなかに相当数いることが想定されます。しかし、実際には前述のように自賠責保険では被害者の救済が十分でないケースが考えられるのです(もちろん、車検切れ≒自賠責保険が切れた車両で走行するのは論外です)。

こうなると、自賠責保険の制度の存在が、かえって交通事故被害者の救済の妨げになりかねません。自動車保険制度が「自賠責保険」と「任意保険」の2段構えになっていることの落とし穴といっても過言ではありません。

自賠責保険の制度が創設された1955年当時は、自動車は贅沢品であり、交通量も現在より少なく、自賠責保険で十分だったのかもしれません。しかし、今日は当時とは比較にならないほど自動車が普及し、交通量も多くなっています。また、賠償額の高額化により、任意保険の役割が大きくなっており、自賠責保険の存在意義自体が揺らいでいます。

自賠責保険の内容を任意保険の「対人賠償」「対物賠償」と同レベルの補償とするか、あるいは自賠責保険を廃止し任意保険に一元化して加入を義務化するなど、制度を抜本的に見直すことが必要かもしれません。

(※画像はイメージです/PIXTA)