義母と娘のブルース
義母と娘のブルース』(桜沢鈴/ぶんか社

 ぱりっとしたスーツを着たビジネスマンの女性が、小学生の女の子に名刺を差し出す。名刺に載っている文字にはふりがながふってあり、びっくりした女の子が「やだこの人」と言うと、「クレームは成長へのカギ!」とビジネスマンはメモを取り出し、女の子に気に入らない点は何か尋ねる。彼女はまるで取引先とやりとりをしているようだ。ところが客観的に見るとくすっと笑ってしまいそうなこの出会いは、運命とも呼べるものだった。

 女の子の名前は宮本みゆき、実の母親を亡くした心の傷がまだ癒えていない少女だ。それなのに父親が新しい母親だと知らない女性を連れてきたら、ショックなのは当然だろう。しかも新しい母親、つまり義母がビジネスライクな人物であったらなおさらである。しかしみゆきに名刺を差し出した義母・岩木亜希子に悪気はなかった。勤め先で有能な若き部長である彼女は、取引先とやりとりをするためのスキルを生かして、みゆきにも最大限の敬意をはらって接している。仕事を辞めてもその敬意は損なわれることがない。

 漫画『義母と娘のブルース』(桜沢鈴/ぶんか社)。内容は知らなくてもタイトルは聞いたことがあるという人は多いのではないだろうか。知名度がぐんと上がったのは2018年7月期の実写ドラマ化(TBS系列)であった。斬新なストーリー展開と、綾瀬はるか竹野内豊といった豪華な俳優陣の出演が話題を呼び、SNSでは「ぎぼむす」という愛称もひんぱんに使われた。ビデオリサーチによると関東地区の平均視聴率は19.2%であったという。その後、2020年年始には単発のドラマが続編として放送、来年(2024年)の1月2日には、いよいよ完結編となる「義母と娘のブルースFINAL 2024年謹賀新年スペシャル」が放送される。

 ドラマから原作漫画を読むようになった読者の多くは、本作が4コマ漫画だったということに驚いたのではないだろうか。言わずもがな、世の中の4コマ漫画はギャグ漫画が多い。「ぎぼむす」も例外ではなくギャグ要素がたくさん詰め込まれている。亜希子がまだ心を開いていないみゆきに、自分のことを知ってもらうため履歴書を渡したり、スーパーで商品を値切るために知り合いの食品会社の社長に電話をしたりするシーンは笑いを呼ぶ。しかし「なるほど、原作はバリキャリの義母が仕事をするように娘を育てる、笑える漫画なんだ」と思い込んで読むと、上巻の中盤、衝撃を受けるだろう。私は漫画をたくさん読んでいるので、世の中にある一部の4コマ漫画は、ギャグをまじえない切ないエピソードもあると知っていた。しかし本作の場合、ギャグからシリアスへの切り替わりが早く、またシリアスの度合いが高い。前半で当たり前のように存在していた主要人物に死が訪れることもある。そこで亜希子がみゆきの義母になった理由も判明する。みゆきがようやく亜希子に打ち解け始めたころに起きた悲劇であり、再びみゆきは心を閉ざしそうになるが、そのとき、亜希子は初めてビジネスマンらしくないふるまいをする。泣きながらみゆきを抱きしめたのだ。このくだりは悲しい場面であると同時に、みゆきが亜希子のことを母だと認識する重要な転換点でもあった。

 本作はいわゆるサザエさん形式ではない。つまりみゆきはずっと小学生のままではなく、亜希子もみゆきの義母になった32歳から年月と共に年を重ねていく。みゆきは成長して高校生になり、亜希子はみゆきを大切に育てながらも、昔と変わらず家の中でもスーツ姿だ。いっしょにいる月日が長くなるにつれて、無意識のうちにみゆきも亜希子の影響を受けて、亜希子と似た一面を持つようになった。たとえば同級生から告白された時、「鋭意検討して善処します!」とビジネスマンのように答えるのである。告白してきた男子生徒たちは、「善処」や「鋭意検討」を前向きな意味としてとらえてしまう。あわてたみゆきの脳裏に亜希子の言葉がよみがえる。

相手を期待させといて断りを入れたい時 私はこうしたわ

 その後、みゆきのとった行動はまたもやビジネスマンそのものだった。実際にみゆきが何をしたのかは本作で実際に読んで楽しんでほしい。ただ笑えるだけではなく、成長したみゆきと亜希子が、確固たる信頼関係を築いていることがわかるエピソードだ。

「ぎぼむす」の実写ドラマは、年始にいよいよ完結する。その前に原作漫画を読むか、原作漫画を読んでからドラマを最後まで楽しむか……悩むところではあるが、原作漫画は上下巻に分かれている。まずは上巻を読んでみてから決めるのも良いだろう。「ぎぼむす」のほかにさまざまな漫画が映像化されており、どの作品にも言えることだが、原作漫画とドラマには違いがある。その違いを比較すると新たな「ぎぼむす」の魅力が明らかになるかもしれない。

文=若林理央

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