『伝説の騎士エルロンド』『バトルトード』『スーパードンキーコング』シリーズなどの音楽を手がけたゲーム音楽家、デビッド・ワイズの楽曲と活動に迫る短期連載。

参考:【動画】カミナリがデビッド・ワイズの“神曲”を紹介

 前回はレア社とともに迎えた成長期までを紹介したが、第2回となる本稿では、「スーパードンキーコング」シリーズへの挑戦から、レア社デビッド自身が迎えた転機までを取り上げる。

スーパーファミコン音源の限界に挑む試み──『スーパードンキーコング』シリーズ

 1994年11月に発売された『スーパードンキーコング』は、3Dグラフィックソフトウェアをいち早く導入しゲーム業界の最前線に躍り出たレア社が、任天堂セカンドパーティとして初めて開発を手がけた記念碑的タイトルだ。当時の日本の広告では「デジタルゴリラ出現!!」「最新のCG(コンピュータグラフィックス)が新種のゴリラを生んだ。「スーパードンキーコング」からデジタルアニメ世代がはじまります。」というコピーが躍り、革新的なグラフィックやモーションを実現したスーパーファミコンソフトとして大きく打ち出された。日本では最終的に約300万本の記録的な売り上げとなり、レア社の技術力を日本のユーザーに知らしめることにもなった。

 『スーパードンキーコング』の開発をレア社が担うことをデビッドが知ったのは、フランスでの休暇中のことだった。すぐさまアイデアを練りデモ曲の制作にとりかかるが、一方でドンキーコングのIPが任天堂にとっていかに重要なものであるか承知していたため、製品版では任天堂側のコンポーザーの楽曲に置き換わるだろうという心積もりでいたという。結果的に関係者の反応は上々で、デビッドの3つのデモ曲はすべて採用され、正式にコンポーザーを務める運びとなった。レア社デビッド正社員として雇用し、長らくフリーランスで同社に関わっていたデビッドのキャリアは一つの大きな節目を迎えることとなる。さらに社内に音楽制作部も創設され、イーブリン・フィッシャー(現:イーブリン・ノヴァコヴィック)とロビン・ビーンランドが入社。やがて『Ken Griffey Jr.'s Winning Run』『スーパードンキーコング3 謎のクレミス島』などを手がけるイーブリンと、『キラーインスティンクト』シリーズや『スターツインズ』『Conker's Bad Fur Day』『Sea of Thieves』の音楽などを手がけるロビン、2人のデビュー作が『スーパードンキーコング』であった。

 かつてレア社の公式ホームページには「Scribe」という開発スタッフのニュースレターコーナーが設けられており、ファンから寄せられた質問メールの回答を行っていた。2005年12月の回答では『スーパードンキーコング』における各コンポーザーの担当曲が明らかにされた。ロビン・ビーンランドは「ファンキーコングのテーマ FUNKY KONG PAGE【Funky's Fugue】」、イーブリン・フィッシャーは「キャンディーコングのテーマ CANDY KONG PAGE【Candy's Love Song】」「ドンキーコングカントリーマップ THE MAP PAGE【Simian Segue】」「森の隠れ家 THE EWOK LEVEL【Treetop Rock】」「森レベル FOREST LEVEL【Forest Frenzy】」「クリスタルトンネル THE ICE COVE【Ice Cave Chant】」「吹雪の谷 THE SNOW LEVEL【Northern Hemispheres】」「ノーティーの遺跡 THE TEMPLE【Voices of the Temple】」、それ以外の楽曲がデビッド・ワイズの作曲である(【】内英語表記は海外盤サントラの曲名に準ずる)。

 本作を象徴する楽曲であり、その後もシリーズや関連作品でさまざまにアレンジされている「ジャングルレベル JUNGLE LEVEL【DK Island Swing】」は、開発最初期にデビッドが制作した3つのデモ曲の合体である。環境音パーカッションが鬱蒼としたイメージを喚起させる導入から、躍動的なベースラインがリードするにぎやかな展開へと切り替わっていく。そこには、デビッドが当初打ち出そうとしていた1940年代のビッグバンドジャズの要素もうかがうことができるだろう。

When we worked on the Super Nintendo, it was a case of working with the sound chip. For me I very much wanted it to be all 1940s big band jazz, but that simply wasn't possible for SNES. To get around that problem at the time, we used a lot of small samples and made it very synthesized, so it seemed to be a fusion between the two types of sounds. It really was a blend of both of those.

スーパーファミコンでの制作時は、サウンドチップを扱う仕事でした。個人的にはすべてを1940年代のビッグバンドジャズでやりたかったのですが、SNESでは単純に不可能でした。当時、その問題を回避するために多くの小さなサンプルを使って入念に合成したので、2つのタイプのサウンドの融合のようでした。実際、両方をブレンドしていたんです。)

★Synth, big band jazz and the remaking of Donkey Kong Country's amazing sound
Polygon2014.03.05】
https://www.polygon.com/2014/3/5/5456852/donkey-kong-country-tropical-freeze-music

 デビッドは楽曲のデータサイズを効率的に抑えるために、ファミコン時代の楽曲制作スタイルを継続していた(スーパーファミコンの同時発音数が8チャンネル、内蔵音源SPC700のメモリが64KBだということにも留意したい)。また、限られたメモリで音響的な効果を生み出すために、環境音を楽曲に組み込むという工夫を行っている。水滴が落ちる音とマリンバ系の音色からなる「洞窟レベル THE CAVES【Cave Dweller Concert】」や、金属音+フルート系音色の「トリックトラックリフト MOVING PLATFORMS【Life in the Mines】」、金属音+ストリングス系音色の「廃坑レベル THE MINE LEVEL【Misty Menace】」は、コースの空気感が匂い立つような仕上がりだ。デビッド環境音の録音にも携わっていたが、これらもデータサイズを可能な限り小さくし、なおかつ音の本質部分を損なわないようにチーム内で時間をかけて調整が重ねられた。

 他方では、テクノ調のシーケンスに瑞々しいメロディが散りばめられた「工場レベル THE WAREHOUSE LEVEL【Fear Factory】」や、朗らかなメロディからエレクトリック・ギターのロングトーンをたっぷりと聴かせるハード・ロック調に変化する「キング・クルールの船 THE PIRATE SHIP【Gang-Plank Galleon】」は、どちらもクッキリした輪郭でコントラストの効いた楽曲だ。そして本作の極めつけとなった楽曲が「水中レベル WATER MUSIC【Aquatic Ambience】」だ。デビットKORGシンセサイザーWavestation」のウェーブ・シーケンス(短い波形を連結させて新しい波形をつくりだす機能)にヒントを得て、同様の効果を生み出すために試行錯誤を繰り返した。楽曲のプログラミングと再調整には、のべ5週間が費やされたという。スーパーファミコンの音源的限界への飽くなき挑戦が、至高のアンビエントミュージックを生みだしたのだ。

Data memory was at a premium. If we'd have used midi, this would have eaten into the available memory we could use. So I decided to code for the SNES. But this took a lot of time. Each tune would take at least 3 weeks to complete. I listened to the tunes on constant repeat over those 3 weeks.

I could have possibly left out some of the finer details. However, it would drive me crazy when I could hear a section I could improve upon, as I had no choice but to listen to it so very many times. Each part of the tune I could improve upon became a necessity for my own sanity. And it was probably this repeated attention to detail that helped shape the tunes on the SNES.

(データメモリは貴重でした。もしMIDIを使っていたら、使えるメモリが減ってしまう。そこで私はスーパーファミコン用にコーディングすることにしたのですが、かなりの時間を要しました。1曲完成させるまでに最低でも3週間はかかる。3週間、ひたすら曲を聴き返しました。細部を省くこともできたかもしれませんが、改善の余地があると何度も聴かざるを得ないので気が狂いそうになりました。曲の各部を磨くことは自分の正気を保つために必要だったんです。スーパーファミコンの楽曲は細部に対する繰り返しの気配りで形づくられていったのでしょう。)

Donkey Kong Country's David Wise Talks Legacy, Nintendo Switch, and More
ComicBook.com|2020年8月4日
https://comicbook.com/gaming/news/donkey-kong-country-david-wise-interview/

 1995年2月に『スーパードンキーコング』のサウンドトラックが発売された。ここにも興味深いトピックがある。「ほぼ同時期に」異なる2つの会社から2枚のサウンドトラックが発売されたのだ。ひとつは2月17日ポニーキャニオンから発売された『スーパードンキーコング ジャングル・ファンタジー』(ゲームオリジナル音源21曲に加え、伊藤ヨシユキによるアレンジヴァージョンを7曲収録)。もうひとつはNTT出版から2月25日に発売された『スーパードンキーコング オリジナル・サウンド・ヴァージョン』(ゲームオリジナル音源26曲収録)である。パッケージの仕様やアレンジ曲の有無という違いこそあれど、ゲームオリジナル音源を一通り収録した2枚のCDが相次いで発売されるというのは異例の出来事であり、発売時期の調整のためにレコード会社間でなんらかの協議があったのではないかと思われる。『スーパードンキーコング』の記録的なヒットがもたらした椿事というほかない。

 『ジャングル・ファンタジー』のブックレットに寄せられた伊藤ヨシユキのコメントには「時間的にレア社のサウンドプロデューサーと連絡がとれなかった」とあることから、タイトなスケジュールでのアルバム制作進行であったことがうかがえる。なお、同年3月に発売された海外盤サントラ『DK Jamz: The Original Donkey Kong Country Soundtrack』には、『ジャングル・ファンタジー』収録の「ジャングルレベル」のアレンジヴァージョンが再録された。

 1995年10月29日渋谷公会堂で行われた、すぎやまこういち企画・監修、神奈川フィルハーモニー管弦楽団演奏による「オーケストラによるゲーム音楽コンサート5」(主催:ゲームミュージアム設立研究会)では、「水中レベル WATER MUSIC【Aquatic Ambience】」が「ウォーターミュージック」としてオーケストラアレンジで演奏された(指揮・編曲:栗田信生)。ゲームメーカーの垣根を超えて数々のゲーム音楽オーケストラアレンジを実現させた同コンサートにおいて海外音楽家の作品がとりあげられたのは、『ポピュラス』のデビッド・ハンロンに続いて2人目であった。「ウォーターミュージック」は1996年1月21日ソニーレコードから発売された『オーケストラによるゲーム音楽コンサート5 ライヴ・ベスト・コレクション』に収録された(ただし、CDブックレットのクレジットでは、作曲者がデビッド・ワイズではなくイーブリン・フィッシャーと誤記されている)。

 レスターシャー州の閑静な村トウィクロスに古くからある農場に居を構えるレア社は、長らくクローズドな制作環境にあり、高い機密性を保っていた(ちなみに、同社にインターネット環境が導入されたのは1998年のことであった)。1995年4月19日任天堂レア社の株式の25パーセントを取得(後に49パーセントまで拡大)。レア社は社名/ブランドを「RAREWARE」と改称し、任天堂プラットフォーム向けのゲーム開発に邁進していくことになる。シリコングラフィックス社製の最先端のワークステーションを拡充し、社員の大幅な増員も図られた。サウンドチームにはグレーム・ノーゲートとグラント・カークホープが新たに加わり、音楽制作もさらなる分担が進んだ。グレームは『ブラストドーザー』『ゴールデンアイ 007』『キラーインスティンクト』シリーズなど、グラントは『ゴールデンアイ 007』『パーフェクトダーク』『バンジョーとカズーイの大冒険』『ドンキーコング64』『あつまれ!ピニャータ』などの音楽を手がけてゆく。

 音楽仲間のロビン・ビーンランドの薦めでレア社の門を叩いたグラントは、ヘヴィ・メタル・バンド SYARや、ホーンセクション The Big Bad Horns(ハード・ロック・バンド Little Angelsとの共演で知られる)など数々のバンドで活動し、ギタリストやトランぺッターとして確固たるキャリアを積んできた人物。Little Angels時代にはボン・ジョヴィヴァン・ヘイレンブライアン・アダムスのヨーロッパツアーに帯同し、エドワード・ヴァン・ヘイレンからギターを譲り受けたエピソードも持つ。ゲーム音楽デビュー作となったゲームボーイ用ソフト『ドンキーコングランドDonkey Kong Land 2)』(1996年9月発売。日本発売は同年11月)では、デビッドの手ほどきを受けて『スーパードンキーコング2』の楽曲のアレンジ移植を手がけた。それまでシンセサイザーMIDIでの楽曲制作に慣れていたグラントは、デビッドが行っていた作業のあまりの複雑さに当初は面食らったそうだが、たちまち順応し、レア社の主力コンポーザーとして頭角を現してゆく。

 1995年11月に発売(アメリカとヨーロッパでは同年12月発売)された第2作『スーパードンキーコング2 ディクシー&ディディー』はデビッドの単独作となった。1995年11月に海外盤サントラDonkey Kong Country 2 Diddy's Kong Quest The Original Donkey Kong Country 2 Soundtrack』、1996年3月25日NTT出版から日本盤サントラスーパードンキーコング2 ディクシー&ディディー オリジナル・サウンド・ヴァージョン』がそれぞれ発売された(以下、【】内表記は海外盤サントラの曲名に準ずる)。デビットは、メモリ節約のための波形の調整によって発生する微妙な歪みや倍音も活用しながら、前作以上に一音一音のブラッシュアップを重ねている。

 共通のモチーフが用いられた「タイトルページ【K.Rool Returns(Title Theme)】」と「たいせん! ボス・ゾッキーBoss BossanovaBoss Tune)】」や、「ゴーストコースター【Haunted Chase(Haunted Hall)】」「ロストワールドマップページ【Lost World Anthem(The Lost World)】」など、シリアス/スペクタクル映画的アプローチの楽曲も増えた。アイリッシュミュージックに雨風が重なる「メインマスト クライシス【Jib Jig(Mainbrace Wayhem)】」や、清涼感のあるメロディや音色に泡立ち/沸騰音が不規則に重なる「ようがんクロコジャンプ【Hot-Head Bop(Hot-Head Hop)】」など、環境音を楽曲のリズムパートの一部として機能させる手法がより有機的な仕上がりになっている点も見逃せない。沼コースのBGM「かいてんタルさんばし【Bayou Boogie(Barrel Bayou)】」と森コースのBGM「きりのもりForest Interlude(Web Woods)】」も、聴きこむほどに味わいが広がる楽曲である。

 『スーパードンキーコング2』を象徴する楽曲といっても過言ではない「とげとげタルめいろStickerbush Symphony(Bramble Blast)】」は、もともとはデビッドが海コースを想定して制作したが、『2』では海コースが存在しないため、最終的に茨コースのBGMとして使用された(デビッドは茨コースのBGMを新しく用意する予定だったが、時間が足りなかったという)。前作の「水中レベル WATER MUSIC【Aquatic Ambience】」と同様、シンセサイザーサウンドの透明感を再現するべくスーパーファミコンの限界まで追求したアンビエントミュージックの名曲であり、デビッド自身も深い愛着を示している。乾いた掘削音と愁いを帯びたメロディ、そして終盤のコーラス風のフレーズが特徴的な鉱山コースのBGMもまた、プレイヤーの琴線を強く揺さぶる。サウンドトラックCDには未収録であったため正式な曲名が公表されていない(ゲーム中のサウンドテストでは「MINE」と表記されている)のだが、ファンコミュニティから発祥した曲名「Mining Melancholy」が多くのプレイヤーの支持を集め、「とげとげタルめいろStickerbush Symphony(Bramble Blast)】」と双璧を成す高い人気を誇る楽曲となった。

 また、エキストラコンテンツ「ロストワールド」のジャングルコースBGM「クロコ ジャングルPrimal Rave(Animal Antics)】」には「水中レベル WATER MUSIC【Aquatic Ambience】」のメロディが織り込まれている。「クロコ ジャングルPrimal Rave(Animal Antics)】」はパーカッシブなサウンドにシャウトの合いの手が入るという「動」のイメージの強い楽曲であるだけに、前作プレイヤーの意表を突いたデビッドの遊び心が垣間見える。『スーパードンキーコング』『スーパードンキーコング2』はデビッドゲーム音楽家としての地位を不動のものとしたが、前述したように当時のレア社クローズドな制作環境であったため、デビッドがファンからの大きな反響を実感するのは後年になってのことであった。

 シリーズ第3作『スーパードンキーコング3 謎のクレミス島』は1996年11月にアメリカと日本、同年12月にヨーロッパで発売され、CD2枚組仕様の『スーパードンキーコング3 謎のクレミス島 オリジナルサウンドトラック』が徳間ジャパンコミュニケーションズから1997年1月22日に発売された。メインコンポーザーはイーブリン・フィッシャーが務め、デビッドは追加音楽制作を担当した。レア社の旧公式ホームページ内のQ&Aコーナー「Scribe」の2006年2月の回答では、「DIXIE BEAT」「CRAZY CALYPSO」「WRINKLY'S SAVE CAVE」「GET FIT A-GO-GO」「WRINKLY 64」「BROTHERS BEAR」「BONUS TIME」「BONUS WIN」「BONUS LOSE」がデビッドの作曲であると明かされた。このうち、「DIXIE BEAT」「WRINKLY'S SAVE CAVE」は第1作の「ボーナスステージ BONUS LEVEL【Bonus Room Blitz】」「ジャングルレベル JUNGLE LEVEL【DK Island Swing】」のアレンジであり、「WRINKLY 64」は『スーパーマリオ64』のBGM「ピーチのお城」(作曲:近藤浩治)のアレンジである。

 イーブリン・フィッシャーは幼少期にクラシック音楽の教育を受け、両親から演劇・バレエジャズを紹介されて育ち、やがて『地獄の黙示録』(カーマイン・コッポラ&フランシスフォード・コッポラ)や『U・ボート』(クラウス・ドルディンガー)、『プラスティック・ナイトメア/仮面の情事』(アラン・シルヴェストリ)などの映画音楽に強く影響を受けた。イーブリンは、デビッドが『スーパードンキーコング』シリーズ前2作で示した音楽性や、『3』に対するファンの期待感を十分に意識しつつ、デビットとは異なるアプローチのもとに音楽・サウンドの連携を意識した楽曲で臨んだ。舞台となるクレミス島が、従来のジャングルのイメージよりも、雪山に囲まれた森と湖のイメージが強く出たものであることも楽曲づくりに大きく影響している。

 「雰囲気を重視した楽曲」はイーブリンの作風の大きな特徴であり、『スーパードンキーコング』で彼女が手がけた7曲のなかにはドローン・シンセサイザー風の楽曲「吹雪の谷 THE SNOW LEVEL【Northern Hemispheres】」「ノーティーの遺跡 THE TEMPLE【Voices of the Temple】」があり、次に手がけた野球ゲーム『Ken Griffey Jr.'s Winning Run』(1996年6月)では球場全体に響き渡る環境音・付随音(大衆の歓声や鳴り物、場内アナウンスなど)そのものを再現したアンビエンス・トラックを制作するなど、早くからプレイヤーのオーディオ体験を意識していたことも興味深い。

 『3』の音楽は全体的にダークでミステリアスな雰囲気が濃厚だ。クレミス島のマップBGM「NORTHERN KREMISPHERE」や雪山コースBGM「FROSTY FROLICS」は、第1作の「吹雪の谷 THE SNOW LEVEL【Northern Hemispheres】」の後継的な楽曲といえよう。ボス戦BGM「BOSS BOOGIE」や川辺コースBGM「HOT PURSUIT」では徹頭徹尾タイトなシーケンスでプレイヤーの焦燥感を煽る。海コースBGM「WATER WORLD」は音数の少ないメロディが強い寂寥感をもたらし(デビッドの「水中レベル WATER MUSIC【Aquatic Ambience】」とはあえて対極のアプローチをとったようにも見受けられる)、野趣あふれる崖コースBGM「ROCKFACE RUMBLE」やインダストリアル・ロック調の工場コースBGM「NUTS AND BOLTS」ではダイナミックリズムパターンに差し挟まれるエレクトリック・ギターのフレーズがスリリングなアクセントを与えている。シリーズに新風を吹き込んだ『3』の音楽はイーブリンの作曲家キャリアにおける集大成となり、レア社サウンドチームが音楽的にも技術的にもすぐれた人材の集まりであることを示す一作にもなった。その後、イーブリンはオーディオ/サウンドデザインに関心を寄せ、2007年にゲーム業界を引退するまでに、『カメオ:エレメンツ オブ パワー』『あつまれ!ピニャータ』などの効果音制作に参加し、『ディディーコングレーシング』『スターツインズ』『パーフェクトダーク』などでボイスアクターを務めた。

任天堂ゲームへのリスペクトを込めた楽曲群──『ディディーコングレーシング

 デビッドに話を戻そう。1997年11月にNINTENDO64用ソフトとして発売された『ディディーコングレーシング』は、動物たちが暮らすティンバーアイランドを舞台にしたレーシング・アドベンチャーゲーム。イギリスのゲーム情報誌『GamesTM』の2009年1月号(通巻第79号)に掲載された特集記事「BEHIND THE SCENES DIDDY KONG RACING」でのリー・シューネマン(『ディディーコングレーシング』ゲームディレクター)のインタビューによれば、企画段階では『Wild Cartoon Kingdom』というタイトルで、ディズニーランドのアトラクションからインスピレーションを得たアドベンチャーゲームとして構想されていた。開発が進むにつれて『Pro-Am』シリーズの第4作『Pro-Am 64』として構想が固まり、トラのティンバーをメインキャラクターに据えていたが、任天堂側の提案を受けてディディーコングをフィーチャーする方針に転換。ドンキーコングシリーズのスピンオフゲームとして全世界で480万本を超えるヒットを記録した。余談だが、本作で初登場したクマのバンジョーとカメのティップタップは翌年発売のNINTENDO64用ソフト『バンジョーとカズーイの大冒険』のメインキャラクター/サブキャラクターとなり、リスのコンカーは1999年発売のゲームボーイカラー用ソフト『Conker's Pocket Tales』(日本未発売)のメインキャラクターとなる。

 デビッドは同作の音楽について「『マリオカート』の音楽をたくさん聴き、マリオカート以上にマリオカートらしいお決まりのサウンドを作りあげようとしたんです。サウンドが出来上がった時は難題を解決したと思いました」「仕事とは思えないほど楽しかった。朝起きると『さあ、やろうか!』と思うんです」と2011年のインタビューで語る。ディディーコングをはじめとするキャラクターたちの個性を加味して明るくキャッチーな楽曲をつくりあげ、任天堂ゲームに対するデビッドのリスペクトを多彩なポップセンスとともに味わえる会心の仕上がりとなった。

 「プレイヤーセレクト(Character Select)」はキャラクター別にアレンジがあり、ティンバーのアレンジにはハーモニカの音色、バンジョーのアレンジにはバンジョーの音色、ティップタップのアレンジにはマリンバの音色といった具合に、それぞれのキャラクターを象徴する音色が用いられている。ディディーコングのアレンジが「ジャングルレベル JUNGLE LEVEL【DK Island Swing】」を彷彿させる仕上がりになっているのも楽しい。「ディディーコングレーシング メインテーマ(Diddy Kong Racing Theme)」では全キャラクターの音色が盛り込まれ、「ゆうやけキャニオン(Fossil Canyon)」「くじらビーチ(Whale Bay)」「フローズンマウンテン(Everfrost Peak)」といったカントリーミュージックリゾートミュージックの要素をアクセントにした楽曲が充実している点も賑々しさあふれるゲームを印象づけている。また、インドの民族楽器の音色と女声チャントが耳を惹く「マグマかざん(Hot Top Volcano)」は、『スーパーマリオ64』の溶岩・砂漠ワールドBGM「ファイアーバブル」(作曲:近藤浩治)からインスピレーションを受けて制作された一曲だ。本作の日本盤サウンドトラック『ディディーコングレーシング オリジナルサウンドトラック』は1998年4月1日ポニーキャニオンの〈NINTENDO64 SOUND SERIES〉の第6弾タイトルとして発売された。『スーパードンキーコング』シリーズのサントラと同様にプレミア化が著しく、現在は極めて入手困難である。

■映像演出を支える音楽づくり──『スターフォックス アドベンチャー』

 『ディディーコングレーシング』発売後に企画が立ちあがった『Dinosaur Planet』は、レア社オリジナルタイトルとしてスタートした一作だが、開発が長期化した。やがて任天堂の提案で『スターフォックス』のIPを使用したアドベンチャーゲームとして仕切り直す形となり、対応ハードもNINTENDO64からニンテンドーゲームキューブに変更。2001年に『スターフォックス アドベンチャー ダイナソープラネット』のタイトルが発表され、2002年9月にアメリカと日本、同年11月にヨーロッパで『スターフォックス アドベンチャー』として発売された。結果的に数年がかりのプロジェクトとなった本作はデビッドがメインコンポーザーを務め、ベン・カラムジャズシンガー/ピアニストのジェイミー・カラムの兄)が追加楽曲制作を担い、『スターフォックス64』(作曲:近藤浩治若井淑)の楽曲アレンジ、アンビエンス・トラック(環境音)、未使用曲を含めると100曲以上もの楽曲が制作された。また、一部楽曲では同僚のグラント・カークホープジェイミー・ヒューズ、ロビン・ビーンランドスティーブ・バーク(本作がレア社での最初の仕事となった)が演奏で参加。タイトル画面のプレイデモやスタッフロールで流れる『スターフォックス64』の「オープニング」のアレンジのトランペット演奏はグラント、ジェイミー、ロビンによるもので、ゲーム序盤のグレートフォックス内のシーンやスタッフロールで流れるヘヴィ・メタル・チューンではグラントが泣きのギターソロを披露している。

 ゲーム全体でみれば野趣あふれるパーカッシブなリズムとシンフォニックなアレンジが多くを占め、メロディアスなアプローチよりもゲームの操作感(本作はアドベンチャーパートが中心で、従来のフライトシューティングはサブ的な位置づけにある)や映像的な演出とのマッチングを重視した楽曲づくりがなされている。さまざまなフィールドの臨場感を音で伝えるアンビエンス・トラックも入念な仕上がりだ。ゲームハードの進歩によるグラフィックや演出面の向上にあわせて、ゲーム音楽をよりインタラクティブに機能させようという目配りが感じられる。デビッドが2008年のインタビューで、ゲーム音楽の展望についてこう言及していたことも改めて興味深い。

「I see the industry trying to move more towards the film industry approach. However, unlike the film industry, games are non-linear, and ideally, the action is lead by the player. There are now so many elements that work together, such as graphics, physics, and so many variables, especially in a multiplayer environment. You can't just stick a sound effect in and hope it works for all scenarios, or have a tune play and hope it might suffice. I think the opportunities for great video game audio will be with interactive scores that react or prompt the player about the scenario in which they find themselves. I also think that as games become a little more involved, the mixing of game audio will have to adapt to be a little more dynamic.

So I think there is still much scope available to improve the audio experience available to players. It's definitely a different medium to film. Far more immersive, and I would hope that video game audio will carry on evolving to reflect this. 」

(ゲーム業界は、映画業界のアプローチに近づこうとしているように思います。しかし映画業界とは違ってビデオゲームは非直線的であり、アクションはプレイヤー主導であることが理想的です。グラフィックや物理演算、多くの要素が連動し、特にマルチプレイ環境では多くの変数が存在するようになりました。効果音を入れればあらゆるシナリオに対応できるとか、曲を流せばそれで十分というわけにはいきません。優れたビデオゲームオーディオの可能性は、プレイヤーが自ら置かれたシナリオに反応したり、促したりするようなインタラクティブなスコアにあるのではないでしょうか。また、ゲームがより複雑になればなるほど、ゲームオーディオのミキシングもよりダイナミックに対応していく必要があると思います。

 ゆえに、プレイヤーに提供するオーディオ体験を向上させる余地は、まだまだ多いと思います。映画とは異なるメディアだということは間違いありません。ゲームオーディオも、それらを反映した進歩を続けてほしいですね)

★Composer Interview: David Wise
【OverClocked ReMix2008年12月10日・2015年5月20日改訂】
https://ocremix.org/info/Composer_Interview:_David_Wise

■2002年~2009年 レア社の過渡期とデビッド・ワイズの転機

 2002年9月24日(現地時間)、マイクロソフトレア社を3億7500万ドルで買収したことを発表し、レア社マイクロソフト・ゲーム・スタジオの傘下となる。任天堂セカンドパーティとしてのレア社の開発作品は『スターフォックスアドベンチャー』が最後となり、2001年のE3で発表された『ドンキーコングレーシング』『ディディーコングパイロット』など、据え置き機で発表予定だった任天堂IP関連タイトルは開発中止となった。ただし、旧作タイトルの携帯型ゲーム機への移植版の開発はしばらく続けており、2004年にゲームボーイアドバンス版『スーパードンキーコング2』(日本発売は7月)、2005年にゲームボーイアドバンス版『スーパードンキーコング3』(日本発売は12月)、2007年にニンテンドーDS版『ディディーコングレーシング』(日本未発売)が発表された。

 リメイク版『スーパードンキーコング3』では、デビッドが新曲・新アレンジを制作している。当初はスーパーファミコン版のイーブリン・フィッシャーの楽曲のアレンジ移植を検討していたが、変換時に波形データの補完的な処理が行われない(音が粗くなる)ため必然的に非常に限られた帯域幅での作業となることと、携帯型ゲーム機であるゲームボーイアドバンススピーカーでは低音の持続音を多く含む原曲の質感を十分に再現できないという問題に直面する。イーブリンがつくりあげた繊細な雰囲気やダークな味わいはスーパーファミコンと不可分のものであったのだ。さらに、デビッドがリメイク版プロジェクトに加わったのは開発終盤であったため時間が残されておらず、原曲の移植・調整に多くの時間を費やすよりも、カスタムサウンドドライバーの性能を最大限に引き出す新曲を制作する方が現実的であると判断が下された。そうした数々の制約に直面しての制作だったが、楽曲のクオリティの高さはさすがというほかない仕上がりだ(以下、曲名表記はゲーム中のサウンドテストに準ずる)。輪郭の太いシンセ・ロックを聴かせる小屋コースBGM「Mill Fever」や、インダストリアルテクノ的なボス戦BGM「Arich Boss」、ファンキーなビートが炸裂するダクトコースBGM「Pokey Pipes」など、アップトゥデイトなアプローチが刺激的に響く。さらに「ジャングルレベル JUNGLE LEVEL【DK Island Swing】」や「水中レベル WATER MUSIC【Aquatic Ambience】」のアレンジが複数の楽曲で登場している。様々な点で賛否が分かれる内容となったリメイク版だが、イーブリンとデビッドのそれぞれの音楽性の魅力を再発見するきっかけとなったという点で、意義深いものがあったのではないだろうか。

 2008年にニンテンドーDS用ソフトとして発表された『Viva Piñata: Pocket Paradise』(日本未発売)が、レア社でのデビッド・ワイズの最後の仕事となった。本作は2006年発表(日本発売は2007年1月)のXbox 360、Windows用ソフト『あつまれ!ピニャータ』のリメイク移植作。デビッドはグラント・カークホープスティーブ・バークの原曲のアレンジ移植を行いつつ、いくつかの新曲を書き下ろし、決定版となるよう力を尽くしている。レア社の開発方針や制作環境の変化(創業者であるスタンパー兄弟の退社など)にともない、かつてのように自身のクリエイティビティを納得いく形で発揮することが難しくなったと感じたデビッドは、フリーランスとして第一歩を踏み出す決意を固め、レア社からの退職を2009年11月に明らかにした。

(文=糸田 屯)

デビッド・ワイズの挑戦とキャリアの転機